第56話 共犯者

 ゼーヴェルスに来て三日目。

 初日は夜だったため、二日目のような気分ではある。


 今日はゼーヴェルスを管理する行政府の長官に会う予定だが、その前に皆に話があるとイルゼから呼ばれた。

 集合場所は食堂。応接室となるような部屋も寝具が入れられ、寝られるようになっているため、集まって話をする部屋がないのだ。


 食堂で皆が来るのを待っていると、呼ばれたのはオレとアンナだけではなかったようで、アルミン、ヴェリ、モニカまで部屋に入ってきた。


「アンナ様、お伝えしていないことがございます」

「イルゼ?」


 アンナに対して話すのになぜオレたちが呼ばれたのかと不思議に思っていると、イルゼがこちらを見た。


「去年の秋、ベーゼン商会がある噂を持ち帰ってまいりました。内容は、グリュンヒューゲル帝国は転生者を重用しているというものでした」


 重用? 転生者が忌み嫌われない場所を求めていただけなのだが……。

 しかし、重用とはどういう意味なのだろうか?

 イルゼはアンナに話しているというより、オレたち転生者に向けて喋っているため、質問して問題はないだろう。


「重用されるとはどのように?」

「噂は具体的な内容はございませんでした。ゼーヴェルスに来てから、行政府に直接尋ねましたが、重用されるのは本当だと返答をいただきました。しかし、具体的な例を尋ねましたところ、転生者によって違うと返答をもらっております」

「転生者で違うか……。確かに魔眼の種類で専門にすることは違いそうだ」


 オレの転写眼は分類するのは難しいが、ヴェリの魔法眼はどちらかというと戦闘向き、モニカの生命眼は農業の適性が高い。

 転生者だからと同じ場所に配置しては効率が悪いだろう。魔眼の適性まで考えているということは、本当に重用している可能性が高い……。

 ヴァイスベルゲン王国とグリュンヒューゲル帝国のあまりの待遇の差に唖然とする。


「イルゼ、なぜ私に噂の内容を伝えなかったのですか?」

「ハーゼプラトーにいた時点では噂が不確かなものであったため、アンナ様が噂に振り回されないかと私が勝手に判断いたしました」

「振り回される?」

「ゲオルク様と出会う前のアンナ様は色々なことに振り回され、随分と塞ぎ込まれていた。しかし、出会って以降は以前のようにとまではいかないまでも、随分と明るく楽しそうだと見守っておりました」

「ですから私とゲオルクのことについて何も言わなかったのですか」

「はい。私としては貴族としての過ちよりも、心を守って欲しかった。そのために、アンナ様とゲオルク様が二人でいられる時間を多く取られるように采配しておりました」


 アンナとの距離に口を出されなかった理由はこれか。

 イルゼの話は続く。


「お二人を見守っている時、亡命者の第一陣を連れて行ったベーゼン商会から噂が持ち込まれました。伝えるかどうするか迷いましたが、結局伝えるのを取りやめました。あの時……明るくなったアンナ様が、再び真偽が定かではない噂に振り回され絶望してしまえば、次はどのような状態になってしまうかと私は心配してしまったのです」

「私はそこまで壊れそうに見えたのですか?」

「はい、もう一度絶望に落ちれば再起できないのではないかと思うほど……。正確な情報をお伝えするため、旅立つ直前まで噂が本当のことかと調べてはおりましたが、ハーゼプラトーから調べるのは不可能でした」


 全てはアンナのことを考えての采配だったのか。

 噂の真偽を調べるのは国境から遠いハーゼプラトーでは当然無理だろう。噂の真偽を調べられたベーゼン商会は亡命者を連れて行ったまま、雪のため帝国で足止めをされていた。

 ベーゼン商会が戻ってくる前に、オレたちがハーゼプラトーを出ていたはず。


「アンナ様、処分を受ける覚悟はできております」


 イルゼは真剣な表情。

 どのような処罰も受けるという覚悟が表情からも見て取れる。


「私のためを思ってのこと、罰するつもりはありません」

「アンナ様、それでは示しがつきません」

「では皆を罰しろと?」


 アンナの言葉にイルゼが黙った。

 噂を知っている人がどれだけいるかは知らないが、オレとアンナは違和感を抱いていなかったわけではない。むしろ違和感が大きすぎるため、定期的に色々な人に尋ねていたが誰も答えることはなかった。

 つまり、イルゼが代表して謝罪しているが、皆共犯なのだと理解できる。


「転生者であるゲオルク、ヴェリ、モニカが許すのであれば私は問題にしようと思いません」

「オレは問題にする気はない」

「ボクもないよ。嫌われない場所を求めていただけで、重用されることは興味がないし」

「モニカも問題ない」


 正直、真偽が定かでない噂を聞いてもな。元々、忌み嫌われないという噂なだけで、帝国へ来ようと思っていたほどだし。噂が増えた程度では誤差としか思えない。


「イルゼ、処罰についての話はこれで終わりです」

「承知いたしました」


 イルゼは思ったより簡単に引いてくれた。

 強く処罰されるのを望むかと思ったが、そうではなく安心する。まだ亡命は成功したところであり、これからもイルゼの力がどう考えても必要。どう考えても、抜けられて困るのはアンナやオレ。


「丸く収まってよかった」


 アルミンが安心したように言葉を発した。

 ……そういえば、随分前だがアルミンにアンナとの距離感を注意され、今後も注意して欲しいとお願いした記憶がある。しかし、あれ以降注意されたことはなかった。

 注意されるのなら、城の関係者からだと思い込んでいたため、アルミンのことをすっかり忘れていた。

 アルミンがお願いしたことを忘れるとは思えない。

 つまり意図的に注意しなかったのだ。


「アルミン、知っていたな?」

「手伝って欲しいと言われて仕方なく。ゲオルク兄さんにも悪い話ではなかったでしょ?」

「それはそうだが、全く……」


 いい笑顔のアルミン。

 これは怒るに怒れない。


「イルゼ、転生者が重用されるのであれば三人とも連れて行くつもりですか?」

「迷っております。今は様子見すべきかと考えております」

「様子見?」

「はい。嫌われる様子がないのはわかっておりますが、どのような対応されるのかが未知数にございます。亡命してきた私たちの立場は弱い、転生者を連れ去られる可能性を考慮しております」

「帝国がそのようなことをするとは思えませんが、考慮しないのも問題ですか……。イルゼ、こちらに転生者がいるのは伝えているのですか?」

「はい。しかし、人数は伝えておりませんので、一人だと思われているかと」


 オレたち転生者は街に入った時、魔眼を露出していたが夜だったため気付かれてない可能性が高い。昨日は一日建物の中で過ごしていたので、転生者が何人いるかはおそらく知られていないだろう。

 元々転生者は珍しい、三人もいるとは思っていないだろう。

 不誠実になってしまうかもしれないが、イルゼのいう通り、誰か一人が行って様子見するのが正解な気がする。


「アンナ、それならオレが一緒に行こう」

「ゲオルクが?」

「ヴェリとモニカならまだしも、オレとアンナの関係を考えると、オレが隠れ続けるのは不可能。先に関係を知らせ、地位が必要だと伝えておくべきだと思う」


 アンナとの今後を考えるなら、オレは地位を求める必要がある。

 隠れていては地位を手に入れられない。

 それに、転生者を本当に重用するのであれば、心象を悪くするような行為をするとは思えない。しかし、オレたちは亡命者であるためどのような扱いをされるかわからなく、注意する必要があるのも事実。


「ですが、それではゲオルクの重荷となってしまいます」

「アンナと共にいると決めた時から背負うべきものだ」

「ゲオルク」


 アンナが抱きついてきたため、抱きしめる。

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