第55話 ゼーヴェルス
景色を見ていると、強い風が吹いて花びらを飛ばす。
飛んでいった花びらを自然に目で追うと、今出てきた森の方向へと視線が向いた。森の奥で煙がもうもうと立ちこめている。
「うわ……」
自分のやったことではあるが、やはり森の中で対策もしないで火を使ったのは不味かったか……。
「火は見えていませんが、燃えていそうですね」
「他の方法を取るべきだった」
「致し方ないことだとは思いますが、謝罪する必要はありそうです」
これは最初から印象最悪だ。
流石に申し訳なく凹む。
「アンナ様、あの煙は何かとの戦いで?」
「ええ、イルゼ。森の中で大きな蜂の巣を破壊しました」
「それで蜂に追いかけられていたのですか。」
蜂は森を出る直前までオレたちを追いかけていた。
イルゼたちが森の中まで迎えにきてくれなければどうなっていたことか……。
「しかし、蜂ですか。実は森に詳しいものを雇い、森の中に入って迎えにいく予定を考えていたのですが、誰に相談しても入るのを断られておりました。皆、蜂がいるので森の中に入るのは危ないと同じことを断りの文句としていました」
「もしや、この一帯が花畑になっているのは、蜂を森から出さないためですか?」
「正確なところは分かりかねますが、その可能性がございます」
「予想通りであれば、蜂の巣を壊したのであれば喜ばれる可能性が高いですね」
思わぬ方向に話が進んだ。
実際のところは分からないが、印象が悪くなることはない可能性が出てきた。
「五日ほど前から煙が近づいているのは確認しておりましたが、案内もなく森に入るわけにもいかず、大きな煙が上がるまで耐えておりました」
「五日前からの煙……? もしや忌避剤の煙ですか」
「おそらくは」
予想外にも忌避剤を大量に焚いていたのが目印となっていたようだ。
それに、蜂の巣を燃やさなければ、森の中に入ってくることはなかったか……。
「アンナ様、まずはゼーヴェルスへと向かいましょう。日が暮れてしまいます」
イルゼと話していると、気づけば夕日が地平線に消えようとしている。
ここまできて森の横で野宿はしたくないと、ゼーヴェルスへと移動を開始する。
ゼーヴェルスにいた者たちの先導で進む。
花畑を越えると道が出てくる。道は森へ向かうような方向に作られているようだが、花畑で行き止まりになっていたようだ。道の両脇には小麦を育てているであろう畑が広がっている。
ヴァイスベルゲン王国であれば王都周辺でしか見ないような規模の畑。畑には、まだ小さな芽が出ているだけだが、一体どれだけの麦が収穫できるのだろうか。
南西方向に少し走ると、巨大な城壁が見えてくる。
城壁には明かりが灯っており、石造りの巨大な影が浮かび上がっている。
街は直接的に国境を接していないが、蟲に対する対策のため城壁が必要なのだろう。
「アンナ様、事情を説明して参ります」
そう言ってイルゼは城門の方へと向かって行った。
合流したイルゼたちを合わせると二百人近い。そのような人数、何もなしに入れるわけにはいかないのは理解できる。森の中ではないのだし、ゆっくり待とうと思っていると、意外にもイルゼはすぐに戻ってきた。
「許可が降りました」
「早いですね?」
「こちらに到着してすぐ、ゼーヴェルスを管理する行政府の長官と連絡をとっており、事前に説明しておりましたので、すぐに対応していただけました」
「お礼を申し上げる必要がありますね」
「明日、予定を伺っておきます」
「そうですね。今日は皆を休ませるのが先です」
荷物の確認もなく、オレたちは街の中に通される。
ハーゼプラトーとそう変わらない風景を想像していたが、ヴァイスベルゲン王国の王都に近い街並みだ。真っ白な王都とは違うが、石畳で舗装された道に、石造りの建物が並ぶ。
地方都市であろうゼーヴェルスで、ここまでしっかりとした建物が建っているとは思っていなかった。
「怪我人の治療、馬の面倒はお任せください。アンナ様を含め、皆様今日はお休みください」
「イルゼ、あとは任せます」
案内された建物に入ると、安心したのか疲れが急激に襲ってきて、今にも寝てしまいそうだ。イルゼたちにお礼を言ってあとは任せることにした。
食事も早々に用意された部屋に入り横になる。
泥のように眠り、気づいた時には昼を過ぎていた。
流石に寝過ぎたと思ったが、同室のアルミンとヴェリはまだ寝ている。しかも、まだ起きる様子もない。ほぼ二ヶ月の旅、疲れないわけがないか。
二人を起こさないように部屋を出る。
二人が同室なのは部屋数が足りないという事情から。他も複数人で泊まっているらしい。森から来たのは百人だが、千人を超える数がカムアイスから来たわけで、部屋の数が足りているだけすごいと言える。
そんなことを考えながら屋敷の中を歩く。
家ではなく、屋敷である。
よく空いていたなと思える広さの屋敷であるが、迎賓館のような来客用の屋敷なのだろうか。豪華な作りで、守りを意識した作りにはなっていない。
屋敷を探索していると、カムアイスから来た侍女と出会い、サウナが空いているので入るように勧めらた。同時に真新しい服を渡され、旅に使った服を洗うなら出しておいて欲しいと言われた。
確かに服はボロボロで、捨ててしまって構わない気がする。そんなことを考えながら、サウナに向かい体をきれいに洗ってしまうことに。
「おや、ゲオルク様。サウナに来たということは今起床されたので?」
「ああ、ラルフもか?」
「ええ、起きてすぐ、入るように勧められました。昨日はそのまま寝てしまいましたので」
「オレもだ」
他にも今起きた兵士がサウナに入っており、起きた順番にサウナに入れられているようだ。
そのため侍女の手際が良かったのだな。
「ゲオルク様、我々は一人も欠けることなく、グリュンヒューゲル帝国へたどり着けました。感謝しております」
「いえ、むしろ皆のおかげでたどり着けたと思っています。それに、ラルフの腕が……」
「腕だけで済んだのが奇跡です」
どこかしら怪我を負った兵士たちからも全員生きているのが奇跡だと言われる。
「オレだけ力ではない、皆で掴み取った結果だ」
「そうですな……」
皆、考え深い様子で黙り込んだ。
サウナの中で旅の思い出を語りながら、じっくりと体を労る。
サウナから出ると、アンナの元に案内された。
「ゲオルク、休めましたか?」
「ああ、随分と体が軽くなった。アンナこそ休めたか?」
「ええ、私も先ほどまで寝ていました」
よく見るとアンナの血行がいいのか顔に赤みがある。オレと同様に先ほどまでサウナに入っていたのだろう。
後ろに控えていたエマヌエルが飲み物を出してくれ、オレは思わず一気に飲み干してしまう。思った以上に喉が渇いていたようだ。
エマヌエルがおかわりをくれ、軽食を用意すると下がっていった。
今更ながらに、空腹であることに気づく。
「ゼーヴェルス側との会談は明日となりそうです」
「思ったより対応が早いな」
「ヴァイスベルクの森を抜けたという、特殊な事情を考慮してくれたのだと思います」
「確かに、人間で森を横断したのは初めてだろうな」
横断した話を聞くだけでも、重要な情報になりそうだ。
アンナが改めたように真面目な表情を作った。
「ゲオルク、私たちは誰一人欠けることはありませんでした。ありがとうございます」
先ほどラルフからも言われたお礼をアンナからも言われるとは。
「オレ一人の力じゃない、皆で力を合わせた結果。それに、旅立つ前、皆で生き残り帝国へ行こう、そう約束したからな」
「ええ。約束を守ってもらえました」
アンナは笑顔でそういった。
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