第58話 皇帝陛下の勅令

 王都でも大きな船は見たため、海を越える船団が組めるのはなんとなくわかる。

 しかし、新大陸発見とは……。

 帝国は今、大航海時代だったらしい。

 ヴァイスベルゲン王国の国王が帝国派貴族を排除していたが、帝国はそのようなこと気にすらしていなかったのではないだろうか……。完全に国王の空回りだとオレにもわかる。


「新大陸の探索にはリラヴィーゼ王国も関わっておりますゆえ、帝国がヴァイスベルゲン王国に干渉した結果、戦争へと発展させるわけにもいかず、皇帝陛下も大変悩まれておられました」

「新大陸の探索にリラヴィーゼ王国も関わっている……?」

「はい。現在グリュンヒューゲル帝国とリラヴィーゼ王国は利害の一致により、安定した状態になっております」


 おかしい、だったらなぜヴァイスベルゲン王国は分裂するような状態に……?

 アンナも同様の疑問を持ったようだ。


「ではなぜ、リラヴィーゼ王国がヴァイスベルゲン王国に干渉を?」

「国同士は良好ですが……リラヴィーゼ王国の貴族が独断で動いているようです。申し訳ありませんが、貴族の名前を私の口から言うことは戦争のきっかけとなる可能性があり、お伝えすることはできかねます」

「意図をお教えいただいただけで十分ですループレヒト閣下。そうですか、リラヴィーゼ王国は歴史が長い分、一枚岩ではありませんか……」


 つまりリラヴィーゼ国王の意向を無視した貴族がいるということか。しかも、ループレヒト様が貴族の名前を言わないほどの大物。

 大国であるリラヴィーゼ王国と、小国のヴァイスベルゲン王国では国力の差が大きいだろうとは予想できる。しかし、国の意向を無視した貴族に操られるほど国力の差があったのか。


「リラヴィーゼ王国、ヴァイスベルゲン王国どちらににしても、帝国として抗議はできますが、直接の手出しは他国への干渉となり、手出しができませんでした。結果、多くの人が亡くなったことは憐憫の情を禁じ得ません」

「ループレヒト閣下。他国の主権を尊重する帝国の判断には感謝しております。それに、今回もそうですが、以前にも亡命を受け入れていただいております」

「助けを求められた旧友の手を払うことなど帝国はいたしませぬとも」


 ループレヒト様の言い方からして、直接の支援をヴァイスベルゲン王国の貴族は求めなかったのだろうな。それもあり内政干渉できなかったと、歯がゆい思いがあったのだろう。


「ループレヒト閣下、改め亡命の受け入れ感謝いたします。閣下のお話を聞いた限り、私たちは新大陸へと送られるのでしょうか?」

「その判断は私が下すべきものではありませんが……」


 アンナと喋っていたループレヒト様がアンナから視線を外し、オレの顔を一瞬見た。

 正確には魔眼を見ていたのだろう。視線には嫌悪するような要素は見て取れない。


「アンナ伯爵閣下。失礼ですが、その男性は転生者ですね?」

「ええ、彼はゲオルク」

「ループレヒト様、ゲオルクと申します」


 アンナから紹介された後、目配せされたので名乗る。

 オレの名乗りにループレヒト様が頷いた。

 それを見たのかアンナが再び喋り始めた。


「ヴァイスベルクの森を抜ける方法を考え、誰一人欠けることなく帝国へとたどり着けたのは彼のおかげです」

「なるほど。それは詳しくお話を聞きたいところですが、今は亡命についての話を進める必要がありますな。アンナ伯爵閣下は現在帝国が転生者を集めていると言うのはご存知で?」

「彼のため、うちのものにも調べさせておりましたが、詳しいことは調べられておりません」


 調べていたことを正直に話すようだ。

 イルゼが行政府に尋ねていると言っていた、ループレヒト様の耳に入っていると想定するのが当然か。

 ループレヒト様はアンナの言葉に不快感を示すことなく頷いた。


「転生者を集めるのは、皇帝陛下からの勅令であります」

「勅令!?」


 勅令!?

 言葉には出さないがアンナと同じ反応をしてしまう。

 今までの話を聞いた限り、新大陸の探索に便利だからと集めているくらいに考えていた。

 アンナの驚きようから多分アンナも同じようなことを考えていたのだと思う。

 帝国がどのような立法で動いているかはわからないが、何かしらの組織があって法を制定する議会がないとは思えない。勅令はその議会を通さず皇帝陛下が直接命令を下したと言うこと。

 急を要する取り決めということは、帝国が転生者を集めることに本気だとわかる。

 これはヴェリとモニカを隠すのは無理では……。


「転生者を重用するという噂を手に入れておりましたが、勅令だとは……」

「重用すると噂を流しているのは我々ですな。皇帝陛下の勅令が捕まえろと勘違いされるのを避けるための措置です」


 勅令で転生者を見つけろと命令が出た場合、確かに無理やり捕まえてでも連れてくる人がいそうだ。違う形で噂を流そうと考えた人は優秀だな。


「では重用されるというのは?」

「それもまた本当です。転生者の持つ魔眼が新大陸の探索に貢献しております」


 これは新大陸送りが決定か?


「ループレヒト閣下、転生者の身分は保証されているということで? 恥を晒すようですが、ヴァイスベルゲン王国では転生者を忌み子とする風習が多く残っており、帝国ではどのような対応をされるのか杞憂しております」

「帝国では都市部であれば忌み子とする地域はありませんでしたが、地方であれば似たような状況でした。ですが、二十年ほど前から地方でも改善しております。よほど田舎の高齢者でなければ忌み子とされることはないかと」


 こういってはなんだが、意外に転生者が忌み子と言われないようになったのは最近なのだな。多民族国家の帝国であれば気にしないのかと思っていた。

 むしろ多民族だからこそ、地方まで意識の改革ができなかったのかもしれない。


「転生者が穏やかに暮らせるのですね、良かった。では、私たちはやはり新大陸に向かうことになりそうですね」


 生きづらさから解放されるのは嬉しいが、また未踏の場所に向かうことになりそうだな……。

 新大陸という響きは嫌ではないが、ちょっとは休ませてほしい。

 そんなことを考えていると、ループレヒト閣下が首を横に振った。


「いや、それはまだ分かりません。勅令ゆえに、皇帝陛下の裁定が必要になります。ですが、魔眼には向き不向きがあるのはよくわかっておりますし、皇帝陛下も転生者の意思を無視してまで無理に送ろうとはしますまい」


 こちらの意見も聞いてもらえるのか。

 しかし、アンナとの関係を考えると新大陸に向かって身をたてるのが一番早い気がする。結局は新大陸へと向かうことになりそうだ。


「皇帝陛下の裁定……。私たちは帝都へ向かう必要があるのですね」

「転生者だけ帝都へと向かうのでも問題ありませんが……。お二人の立ち位置を考えればそうなりそうですな」


 隠そうとすらしていないので当然だが、ループレヒト様にしっかりと意図は見通されているようだ。

 ループレヒト様が続けて話す。


「転生者は魔眼にもよりますが、皇帝陛下からその場で叙爵していただける可能性があります。役割を振られることになるとは思いますがね」


 叙爵することで、貴族になるのなら当然役割は振られるか。

 仕事があるということは、いい方向に考えれば、亡命者の皆が生活の手段を手に入れられるかもしれない。


「皇帝陛下から直接叙爵」

「そのような例も過去にございますな。失礼ではありますが、どのような魔眼かお尋ねしても?」


 魔眼について尋ねられ、アンナと顔を合わせる。

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