第53話 蜂の巣
野営地を構築して休んだが、結局、翌日まで蟲は出てこなかった。
蟲の襲撃があるかもしれないという緊張から、浅い睡眠にしかならなかったがそれでも休めたのは大きい。
蟻の巣を壊滅すれば休憩できると分かった。移動に関してはどうしようもないが、休憩できると分かっただけ大きな収穫。もっとも、前提条件として蟻の巣がなければ使えない方法なのだが。
旅立ってから、五十四日目。山から降りて四日目。
蟻の巣が見つからなかった場合どうするかと考えていたが、定期的に蟻と遭遇するため、森の中にはかなり蟻の巣があるのだと分かった。おかげで、休むことはできている。
降りた山は遠くなってきた。
「森の外まで、もう少しか?」
「おそらく」
方角を間違えないようには注意しているが、今の状態で細かい距離を計算するの余裕はない。おおよその距離がわかる程度。
もう少しだろうという希望を胸に進んでいるが、もう少しで二ヶ月の旅、疲れが溜まっていないわけがない。
「一応休めてはいるが、皆の顔色が良くないな」
「ええ、疲れが溜まっています。それに、怪我を負っていない人の方が少なくなりました」
「大きな傷は治しているが、細かな傷や打ち身に魔法を使うのはな……」
「ええ、魔法での治療は傷の大きさに関わらず気絶してしまうため使えません」
アンナの言う通りで、もう少し使い勝手が良ければいいのだがな。
いや、切断された腕を治療できると考えれば、多くを望み過ぎか。
アンナと話していると、隊列が進み始めた。
今日もまた、忌避剤の煙をまといながら、隊列は進んでいく。
蟻の縄張りだった地域を出ると、蟲に襲われ始め、砂糖で気を引いている間に進む。
忌避剤の煙たい匂いに、砂糖の甘い匂い。どちらも慣れた匂いとなった。
——ブーン
断続的な音が聞こえ始める。
耳元で虫が飛んでいるような不快な音であるため、耳元を手で払ってみるが音は消えない。なんの音かと周囲を見回す。
皆も警戒しているのか、俺と同様に周囲を見回し始めた。
「蜂! 前方、上空!」
木々の間から見えるのは確かに蜂。
蜂は十メートル以上、上空にいるのにはっきりと蜂だとわかる。距離があるのにわかる大きさからして魔物なのだろう。
蜂は蟻と同様に集団を形成する社会性昆虫。
「まずい」
昆虫の場合、蟻より蜂の方が縄張り意識が強い。昆虫と蟲では生態が違う場合もあるが、こちらに都合がいい意味で違う場合は非常に少ない。
都合のいいという意味では、蟲は体の大きさゆえに飛ぶ速度が遅くなりがちというのはあるが、全く飛べないわけではない。むしろ飛ぶことでの優位は蟲側にある。
「はい、蜂は非常に危険です。蜂に刺された場合、毒以前に刺された場所によっては即死すると聞いたことがあります」
「巨大な蜂の針が短いわけがないか」
針の長さが十センチもあれば大半の部位は貫通するだろう。胴体であっても、針が内臓にも届くことになり、非常に危険。
そもそも毒針が十センチで収まる長さかどうかわからない。
「もし刺された場所が問題なかったとしても、毒を注入されることになります。そこまで強い毒ではないと言われていますが、用意した解毒剤に即効性はありません」
毒針だけに注意していればいいわけではなく、顎も蟻と同様に強力だろう。人間を持って飛ぶことは不可能だと思いたいが、飛行を補助する紋様があれば話は変わってくる。
蟻とは危険の度合いが違う。
「蜂を避けるように移動したいが……前方にいるな」
避けるにしても左右どちらにいくかが問題となる。選ぶ方向の選択肢を失敗すれば、下手をしたら巣に近づくことになりかねない。しかも、避ければ避けるほど遠回りになるという切実な問題もある。
「ゲオルク、蜂が降りてきます」
蜂が羽音にしてはゆっくりとした動きで、地上に近づいてくる。
どの方向へ向かうべきかと森を確認していると、随分と近くまで蜂が近づいていた。移動しているのもあるが、羽音が随分と大きくなっている。
近づいてくるが、威嚇行動である口を鳴らす行為がない。
少し離れた位置にある甘い匂いを発生させている砂糖へとフラフラとした挙動で飛んでいく。
「蜂も砂糖を好むのか」
「砂糖を好むと知れたのは幸いです」
ミツバチのような姿ではなく、スズメバチのような形をしているため、肉食かと思ったが砂糖を好んでくれて助かった。
蜂が砂糖を食べている間に、隊列は進んでいく。
どちらの方向に進むべきかと迷っていると、凄まじい量の羽音がし始めた。そして、今までこちらによってきていた蟲の数が急激に減った。
「蟻より縄張りが随分と狭い。飛んでいるからか?」
「分かりません。できれば巣は避けたいですが……」
避けたいが、蜂たちが威嚇行動の口を鳴らすカチカチという音が響き始める。これはもう巣が目の前なのではないだろうか。
前方を注意深く確認すると、妙な形の木を見つける。
円錐方の木があり、まるで巨大な蟻塚のよう。いや……木ではないのだろう。
「あれは……蜂の巣?」
「え?」
最初はアンナも戸惑った様子だったが、巨大な木に見える蜂の巣に気づいたのだろう。絶句している様子。
「アンナ、大量に砂糖を撒こう。どれだけの蜂が巣の中にいるかわからない」
「指示を出します」
大量に砂糖が撒かれ、地上に近い蜂は砂糖に群がり始めた。しかし、巣からは追加で蜂が空を飛んで出てくるため、甘い匂いが届いていないのか警戒状態。いつ攻撃されてもおかしくはない。
しかも巣は完全に進行方向にあり、蜂は増え続けている。
どうにかして巣から方向をずらそうとするが、急激に進行方向を変えるには木が邪魔。
進みが遅くなると、上空を飛んでいた蜂が腹側をこちらに向ける不思議な動作をした。次の瞬間腹から何かが飛び出たように見え、同時に兵士から悲鳴が上がった。
「なんだ!?」
すぐに報告が来て、蜂の針が飛んできたという。
蜂の針は内臓と繋がっているのではないのか!? スズメバチなどの蜂は何度でも針を刺せると聞いたことがあるが、内臓に繋がっている針を飛ばしたら流石に死ぬのでは……? いや、それは昆虫の話か。
「ゲオルク、蜂が!」
アンナの叫びに上空を確認すると、複数の蜂が腹をこちらに向けている。どこに針が飛んでくるかわからない!
蜂の腹から針が飛んできて、兵士たちに当たる。
オレやアンナに当たっていないのは偶然。このまま続けばどうなるかわからない。しかも、進もうにも前方に蜂が集まり始めている。
「針が馬に当たれば軍馬といえども暴れてしまいます!」
「クソ! こうなったら馬を守りながら倒すしかない!」
蜂を処理するため、隊列はほとんど止まってしまう。
魔法、魔術、モニカの銃で蜂を必死に倒していくが、巣から追加で蜂が出てくる。
巣が邪魔なら——。
「ヴェリ! 巣を壊すぞ!」
「分かった!」
追加で蜂が出てくるのなら、元を潰す。
魔力を大量に使うことになるが、倒すしか選択肢は無くなっている。横を通るのを見逃してくれれば巣を壊す必要などなかったのだが……。
『内に眠る蟲と共に燃え盛れ、紅蓮の炎』
オレと同時にヴェリの魔法も発動し、蜂の巣が一気に燃え上がる。
長文であるため、魔力がすごい勢いで無くなっていく。単語で燃やすには巣の大きさが大きすぎる。森の中で火を選択することで、延焼する怖さはあるが、他の方法で蜂ごと巣を壊す方法が思いつかなかった。
「皆も巣への攻撃を!」
アンナの指示によって、兵士たちが魔術で巣に攻撃を始めた。
土台となっている部分に魔術が打ち込まれると、簡単に穴が開く。どうやらそこまで固い巣ではないようだ。
ーーーーーー
本来の37話の投稿を忘れ、本来38話になる予定の話が37話となっており、1話投稿がずれておりました。申し訳ありません。
第37話 プロローグを改め投稿いたしました。
1話追加により、37話以降が1話ずつ数がずれております。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます