第51話 足の治療
魔法で足を癒着させた兵士は運ばれていく。
まだこの場所は危険であるため、当然のことだろう。
治療が一段落ついたところで、倒された蟲を確認する。
頭部を切り落とされ、腹から魔石を取り出された蟲はカマキリだった。カマキリと言っても、まるで木のような色合いをしており、木と同化しやすい色合いをしている。
「しかし、気づかないほどではないと思うのだが……」
「紋様による擬態が考えられます」
「色合いが似ている上に、紋様で擬態していたら見つけられないか」
カマキリの腕を確認すると、一部だけが鋭い刃物のようになっている。足を切り落としたことから切断系の紋様かと思っていたが、そうではないようだ。そういえば、カマキリは捕食するとき切り飛ばすのではなく、捕獲して捕食する。
「注意していたつもりだが、まだ足りなかったか」
「我々も気づけませんでした……」
「カマキリがいると気がついたのは彼だけか」
カマキリが動き出すまで、何が起きたのかすらよく分かっていなかった。巧妙な擬態に気がつけたことの方がすごいのかもしれない。
気づけた兵士は凄いが、オレは砂糖を使う暇もなかった……。いや、砂糖を使えば周囲の蟲を呼び寄せ、野営地を変える必要性が出ていたかもしれない。移動中は囮としての効果が高いが、野営地では逆に呼び寄せてしまう。
砂糖は使い所が難しい。
再び木を叩く作業を再開する。
擬態した蟲への警戒はより一層強くなり、魔術を打ち込むなどして蟲が隠れていないか探し出す。
いつも以上に時間をかけながら、なんとか全員が休む範囲の調査が終わった。
オレが木を叩いていたわけではないのに、とても疲れた……。治療に魔力を多く使ったせいもあるかもしれないが、いつも以上に緊張している時間が長かった。
調査が終わって、調べた範囲外から蟲がやってくる可能性は当然あり、いつも以上に厳重な見張りを立てる。
休む暇がない印象を受けるが、隊列が進んでいる時よりは緊張が薄くはある。
テントを張り終えると、今やることはなくなった。
「蟲が冬眠から覚めた森はここまで大変か」
オレは大きく息を吐く。
休憩していると、アンナが近づいてきた。
「ゲオルク、怪我人が出たと聞きました」
「カマキリの魔物に足を切り飛ばされた。きれいに切断されていたので繋げてみたが、動くかはわからないな」
「切り飛ばされた足が元に戻ったとは聞いたのですが、繋げたとはどういうことです?」
「そのままの意味だ。足が切断されて間もなかったことと、切断面がきれいだったことから試してみた。初めての試みなので、さっき言った通り、繋がっているようだが動くかはわからない」
オレとしては動いて欲しい。
何度も同じことを繰り返したのはオレの願いでもあるからだ。せめて今まで通りに動かないとしても、多少でも動かせられればいいのだが……。
手を失ったラルフは元気にしているが、手がないというのはとても不自由だろう。もっとも、ラルフは不自由しているところを見せたりはしないが、体の一部がなくなって不自由しないわけがないのだ。
ラルフの時は噛み切られた腕を回収できなかったが、今回は切断された足を回収できた。地球では切断された指でも、状態が良ければ動かせるようになると知識では知っていたため、可能性があるのならと試した。
できることは可能な限りしたい。
「アンナ、治療をした兵士はどうしている?」
「怪我を負った足は問題ないと報告を受けていますが、まだ気絶しているようです」
「魔法で治療した痛みからの気絶、最低でも一時間は起きないだろうな」
「目が覚めたらすぐに報告するように、言ってあります」
「オレも様子を見に行きたい」
「分かりました」
足が動いてくれるといいのだが……。
アンナにまだ戻ってこないヴェリについて尋ねる。
「ヴェリの方でも別の蟲が出たようです。蟲の数が多いため、そのまま見張りに回ったと聞いています」
「ヴェリの方もか。カミキリムシは?」
「カミキリムシの報告はなく、木の外に別の蟲がいたと報告を受けています」
「森の中に倒れた木を見るから、カミキリムシはすでに木の中から外に出ているのか? しかし、新たな幼虫が木の中にいる可能性もある……木を叩くのをやめるわけにはいかないか……」
「ええ。これだけ蟲の数が増えたのです、今まで以上に確認すべきでしょうね」
アンナの言ったことにオレは頷く。
人の手が一切入っていない未開の地、本当に蟲の数が多い。嫌になる程の数。
怪我をした兵士が起きたと報告が来た。
足を切り飛ばされた兵士の目が覚めたと報告が来るまでにも、一度蟲の襲撃があった。幸いなことに強い蟲ではなかったようで、すぐに対処したとアンナに報告されていた。
「足の調子は?」
青白い顔をした足を切り飛ばされた兵士に尋ねる。
「まだ大きく動かしていませんが、感覚はあります」
「足の指は動くか?」
「はい」
「触れて感覚を試したい」
「分かりました」
オレは足の指先から傷口があった位置まで触れていく。
「感覚があります」
「成功していそうだな。治療が成功しているのなら大きく動かしても問題はないと思うが……オレも初めての治療でどのようになるかわからない。ゆっくり動かしてみてくれ」
兵士が緊張した様子で頷くと、ゆっくりと足を動かし始める。
いきなり足がちぎれるようなこともなく、普通に動いている。様子を見ながら、ゆっくりと立ち上がる。
「ほんの少し違和感が……」
「今後違和感が治るのか、残ってしまうのかがわからないな。すまない、オレの力不足だ」
「いえ、むしろ足があることに感謝しています。正直、足を付け直すことは無理だと思っていましたから、起きて足があるのに驚きました」
感謝の言葉に頷くしかできない。
見る前は多少でも動けばいいと思っていたが、動くと分かった時点で完璧な状態で治ったらと思ってしまった。違和感もなく治したかった。
兵士に食事を多めに食べてゆっくりと休むように伝え、オレはアンナを連れて怪我人がいたテントから外に出る。
「アンナ、切断されるような怪我を負った場合、可能な限り切断された部位を持ってくるように伝えてほしい」
「兵士たちに伝えておきます」
繋げられると分かったのだ、可能な限り治療をしたい。
「頼む。オレは魔力を使いすぎたので、少し寝ようと思う」
「ヴェリに伝えておきます」
「助かる」
起きていると魔力はそこまで回復しないため、寝てしまうことにする。どちらにせよ見張りを交代でしないといけないため、睡眠時間が不足することは分かりきっている。夕方前だが寝てしまう。
夜中まで睡眠をとり、ヴェリと見張りを交代する。
朝までの見張りを終わらせ、出発の準備を始める。
早めに寝たのがよかったのか、魔力はほぼ回復している。全回復といかないのは、見張りの間に蟲が来たため、魔法を使ったからだ。数時間に一度蟲が現れ、襲いかかってきた。
幸いなのは群れで襲ってくるような蟲が出なかったことだ。
「夜中にも蟲が定期的に現れましたか」
「魔術や魔法の光は蟲をあまり寄せ付けませんが、完全に寄せ付けないわけではありませんから、蟲が冬眠を終えた状態では遭遇率が上がるのは仕方がない。仕方がないが、大変だな……」
「はい。長めに休憩を取り、疲れで注意が散漫にならないようにしなければいけませんね」
「進みが遅くなるが致し方ないな」
アンナと話し合い、移動距離を見直していく。
兵士たちの意見を聞き、昼過ぎには野営の準備を始めると決めた。
多少出発に遅れが出たが、隊列は進み始める。
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