第50話 雪が溶けた森
休み英気を養った次の日。
山を降り、冬眠の終わった蟲たちが活動しているであろう山中を進む。
今まで夜や朝方は息を吐けば寒さから白くなっていたが、雪が溶けた地域に入ってからそのようなこともない。
「ゲオルク、蟲が出たようです」
「まだ木がまばらに生えている程度の場所でか?」
「ええ。何かの幼虫とのことで、すでに倒して回収したと」
「幼虫のまま越冬したか、もしくは卵から孵ったということか……」
蟲の幼虫は人を襲わない場合と、人を襲う幼虫の二種類に分かれる。カミキリムシのように、木の中で過ごす場合は襲うことはないのだが、外に出ている場合は襲ってくることが多い。
人間を襲うとはいっても、幼虫は一部の例外を除いてそう強くもなく、簡単に倒せるのだが。
「問題はこの位置でも蟲が出るということは、かなりの遭遇率になりそうだな」
「ええ」
当たってほしくない予想はよく当たる。
短時間で何度も蟲と遭遇し、進む速度が著しく落ちていく。
今までは蟲が冬眠中だったから数は少なかったが、活発に活動する時期に入ると森の中は魔境。そこは人の領域ではない。
全方位に警戒しているせいで、消耗が激しい。
「集団で活動する蟲が現れた場合が問題か」
「戦わないのが一番ですが、逃げた先に蟲がいる可能性が高そうです」
「忌避剤と砂糖の併用で逃げるしかない」
忌避剤は普段から身につけて使っていたのだが、今は蚊取り線香のように焚いて煙を発生させている。火をつけ焚いたほうが効果は高くなるのだが、人間にも毒性があるため煙を発生させることは稀だ。それでも今はそんなことを言ってられない。
オレたちは煙の尾を引きながら進み続ける。
——蟻だ!
前方から叫び声が聞こえた。
すぐに砂糖を使ったのか甘い匂いが周囲に漂い始める。砂糖を熱するための魔術はアルミンが用意しており、兵士たちは各自の判断で砂糖を使用できる。
蟻が砂糖に引かれている間にオレたちは急ぎ横を通り過ぎる。
蟻は追いかけてくる様子もなく、移動速度を落とし安堵したところで次の蟲が現れる。
「なん——」
少し前にいた兵士の一人が疑問の声を上げたところで、空中に持ち上げられる。意味のわからない挙動に上を見上げると、蜘蛛の魔物が木と木の間に巣を作っているのが見えた。しかし、巣は随分と高いため見上げるように見る必要がある。
兵士を糸で一本釣りのように釣り上げたのだと理解したが、蜘蛛なら巣を張って待ち構えているのが普通だろっ。普通とは違う挙動をする蜘蛛に、思わず悪態をつきたくなる。
——ダンッ
銃声が響く。
オレはまだ銃を使っていないため、モニカが使ったのだろう。
銃弾が蜘蛛に当たったようで、蜘蛛は痙攣している。
蜘蛛は兵士を持ち上げている糸から意識が逸れたのか、上に上がっていた兵士が今度は真下に落下し始めた。高さ的に軽症では済まない上に、落下先はオレたちの進行方向で、まだ完全に止まれていない。このままでは落下死してしまう。
兵士の顔が恐怖に染まっているのが見える。
「落ちてくるぞ!」
『減速』
兵士の警告とともに魔法を発動する。
しかし、落ちる一瞬前だったため、どこまで効果があったかわからない。落ちる速度に対して瞬時に魔法を発動するのは無理だった。
「生きているか!?」
「息はある!」
「ヴェリ、治療を頼む! オレは蜘蛛の相手をする」
モニカが銃を撃ち続けているが、蜘蛛は高い位置にいるため致命傷になっているのかがわからない。
「蜘蛛を落とす、距離を取れ」
警告を出し、怪我人や兵士たちが離れたところで、魔法を使う。
『切断』
蜘蛛が足場としている糸を切断して落下させる。
重たい音を立てながら蜘蛛は地面へと衝突する。さらに頭部を切断するように魔法を使い、完全に死んだとわかる状態にした。
蜘蛛の後始末は兵士に任せ、怪我人を見ているヴェリの元に向かう。
「ヴェリ、どうだ」
「打ち身と、腕と足の骨折だね。魔法で真っ直ぐに繋いだ」
「頭は無事だったか」
「高さの割に骨折もそこまで酷くはなかったように思えるよ」
「多少は魔法が効いたか」
蟻の出現した場所から近い、この場でじっとしていることも難しく、移動はすぐに再開される。
怪我をした兵士は治療によって気絶しているため、他の兵士によって運ばれている。
「開けた場所を探し、早めに休憩をとったほうが良さそうです」
「そうするしかないか……。一日で進める距離がかなり短くなったな」
アンナはオレの言葉に同意するように頷く。
困難な旅だとは理解していたが、過酷な予想が現実となると悪態をつきたくなるほどの過酷さ。悪態を吐きながら思わず現実から逃避したくなるほどだ。逃避したいと思っても、今この場所から逃げることは不可能なのだが。
それでも先に進むしかないと進み続け、なんとか休憩できそうな比較的開けた場所を見つける。
「いつも通りに休む前の調査か」
「蟲が擬態している可能性があるため、いつも以上に注意を」
「分かった」
兵士に注意され、いつも以上に周囲を警戒する。
調査するための人数が随分と増え、オレと兵士たちは緊張しながら周囲の調査を開始する。木をたたき、中にカミキリムシの幼虫がいないか確認していく。
兵士が木を叩こうとすると、近くにいた別の兵士が木を叩こうとした兵士を突き飛ばした。
何事が起きたのかと思ったら、木だと思っていた一部が動き出し、兵士に襲いかかった。兵士は一撃目の攻撃を剣で受け大きく飛び退いたが、ほぼ同時にされた二撃目の攻撃を避け切れず片足が飛ぶ。
「クソが!」
兵士が叫びながら突撃していく。
距離が近すぎるため、魔術を使うより剣で戦ったほうが早い。木に擬態していた蟲は剣で切り飛ばされ、槍で刺される。
兵士たちが荒い息で確実に絶命させるため、頭を落として、魔石を取り出す。
「ゲオルク様、治療を!」
「ああ」
一瞬の出来事に唖然としていたが、慌てて足を飛ばされた兵士の治療を開始する。止血している間に、飛ばされた足を持ってきてもらい、魔法で傷口をきれいにする。
「飛ばされた足と傷口を合わせて支えてください」
「分かりました」
「痛みで暴れると思います。それでも、ずれないようにしっかり支えてください」
成功するかはわからないが、切られた足の神経がくっつくようにと意識しながら魔法を使うつもりだ。問題があるとすれば、オレには神経がどのように存在しているか知識はないため、呪文を長文にすることで魔法を補完する。
怪我人に歯が欠けないように布を噛ませ、複数人で押さえ込んでもらう。
『欠けたる足よ癒着し、機能を取り戻せ』
長文で魔法を使うことが少ないため、慣れない文言になりながらも、魔法はしっかりと発動する。長文ゆえに、ごっそりと魔力が削られていく。
一気に魔力が無くなる感覚は久しぶりで、立ちくらみが起きたかのような錯覚に陥る。足が切れた兵士が暴れるが、兵士たちが押さえ込んでいるおかげで足はずれずに正確な位置で合わさっている。
魔法を途切れさせないように注意していると、切られた足から流れる血の量が減った。治療中の魔法を途切れさせないように意識しながら、水で傷口を洗い流す。
「足がくっついた?」
兵士が驚いているが、返事することもなく魔法を継続する。見た目がくっついていても、体の中がどうなっているかはわからない。
「治療した足に添え木をして、固定してください」
「はい」
兵士は痛みによって気絶しており、添え木をされている間も起きる様子はない。
「足があったためくっつけましたが、成功しているかは分かりません。何か問題が起きた場合すぐに呼んでください」
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