第49話 ヴァイスベルクからの下山
ヘルプストへ鞍を取り付け、出発の準備をする。
剣と魔法を組み合わせて戦っていたが、今回は銃も取り出しておく。道中にキメラがいた場合のためだ。
昨日のうちに銃身の掃除はしておいた。
モニカもオレ同様に銃を背負っており、すぐに打てるようにしているようだ。
「モニカ、調子はどうだ?」
「問題なし。銃のおかげで役に立てるってわかったから頑張る」
「頼りにしている。もっとも、もう一度キメラに出てきてほしくはないが」
「とてもよくわかる」
モニカは深く頷いている。
誰だって、あんな意味わからない魔物と戦いたくはないよな。
準備が完了すると、洞窟から出てゆっくりと進み始める。雪が深いため、三日前同様に馬たちは並足で歩いて進んでいく。
キメラとの戦闘で怪我を負ったラルフたちはオレたち同様に隊列の中段に配置された。
「ラルフ、片腕で馬を操るのに問題はないか?」
「違和感は当然ありますが、馬を操るのにそう不便はありません。すぐに慣れるかと」
ラルフは元々馬術が上手だったこともあり、片腕でも上手く操っている。隊列の先頭を任せるのは難しいかもしれないが、中段にいる分には問題がなさそうだ。
「良かった。動いたことでの目眩は?」
「今のところは問題ありません。ヴェリ様より血が足りないというのは聞いたので、食事は多めにとっていますが……」
「ああ、急に増やせるものではないから、激しい動きはしないように」
「承知しました」
怪我を負った九人は多くの血を流したので青白い顔をしている。怪我人たちの体調を確認しながら、隊列はゆっくりとヴァイスベルクを南西に降り、森が広がる高度まで降りようとする。
吹雪がくると、想像以上に必死に登っていたのだろうか、一日では森がある高度まで降りることが不可能だった。
登るより下る方が大変というのもあると思うが、大怪我をした怪我人を連れている状態に、斜面に対して大きく斜めに移動している。いくつもの状況が重なり、一日でたどり着けなかったのが理由かもしれない。
なんにせよ、一泊は風が吹きすさぶ場所で泊まる必要があるようだ。
隊長格の兵士たちと相談し、比較的傾斜のゆるい、平たい場所を選んで休むことに決まった。
「減った荷物の代わりに入れた薪も残りが少ないか」
「そのようです。何もないと良いですが……」
「ああ、キメラのような未知の魔物が出ないことを祈ろう」
テントが飛ばないように設置して、何もない場所で休む。
皆、かなり警戒していたが、運のいいことに魔物が出ることはなかった。
それでも何が出るか予想できないため、日の出とともに移動を開始する。
何日も移動し、森林限界から、まばらに木が生える林へと、そして更に進み森の中へと進む。
キメラは蟲に対して弱いというのはあくまで予想だが、森の中に入れば蟲の領域である。キメラであろうと蟲であろうと、人間に対して脅威なのは変わらない。
それでも気分的には未知の魔物より、蟲の方がましではある。もっとも、蟲でも未知の蟲もあり得るのだが。
ヴァイスベルクで作った地図を確認しながら、雪が残る山脈を選んで進む。
北に上がったヴァイスベルクから、南に降るように移動をしていく。遠回りになっている自覚はあるが、蟲の冬眠が終わっている場合を懸念して寒い地域を通っているわけだ。
ヴァイスベルゲン王国という寒冷地域出身ということもあり、装備がしっかりしている分、多少の寒さであれば皆平気だ。蟲と戦うよりは寒い方が良いと判断した。
ハーゼプラトーを出発して三十五日。
数日前、ヴァイスベルクから距離ができたからか、川にぶつかって引き返すことが出てきてしまった。地図を作るときに真上から見下ろしているわけではないため、どうしても遠くなればなるほど手前の山に隠れて、地形がわからなくなるのは仕方のないこと。
仕方がないが、避けたいのは事実。
地図を作り直す必要があると考えていると、それと同時に雪がない地域を歩く必要が出てきた。雪のない地域を歩く前に、もう一度地図を作り直すことを決め、再び標高が高い山へと登る。
地図を作成するために登った名もなき山は、森林限界以上の標高がある山で、ヴァイスベルクほどではないがかなり高い山。
「やはり西側は暖かくなるのが早いようだ」
南西方向から吹く風はとても暖かい。
以前は外套の上にローブを羽織っていたが、今は外套だけでも十分な暖かさまで気温が上がっている。というか、激しく動くと外套を着ていても暑く感じるほど。
「ええ、山の反対側に回っただけなのに、気温が随分と高く、雪が全くありません」
視界を南西方向からヴァイスベルクを望む北へと向ける。
今いる山が一部となっている山脈は、雪のない西側と、雪の積もる東側の対比がとてもわかりやすい。暖かな風を山脈が受け止めてしまうため、ヴァイスベルゲン王国側は雪の積もる冬のままなのだろう。
しかし、ここまで暖かいのは非常にまずい。
「蟲が活発に動ける気温だな」
「はい。距離としては一週間もかからないと予想されていましたが、蟲が活動している前提では無理でしょうね。むしろ、これまで以上に大変になるのは予想できます」
「そうだな、実際は最低でも二週間はかかりそうだ。しかも、蟲のことを考えると、夜間の火も使えなくなるだろう」
今いる位置は、ヴァイスベルゲン王国よりグリュンヒューゲル帝国に近い場所。出発地のハーゼプラトーから目的地のゼーヴェルスまで、半分を少し超えた程度だろうか。
一ヶ月以上も経って半分を少し超えただけというのは、進みが遅すぎる気もするが、北上してから南下しているため致し方のないことだ。
「二週間で帝国までたどりつければ良いですが……三週間以上かかってしまうと、食料の問題もあります」
「蟲が活動する森で三週間も過ごしたくはないが、どうなるかわからないな。しかし、余裕を持って準備したつもりだが、ギリギリかもしれないな」
「ええ、この暖かさであれば狩をすることで多少は食料を増やせるかもしれませんが、積極的に行いたいことではありませんね」
「狩をするくらいなら、食料がなくなる前にたどり着きたい」
オレたちが百二十七人で大規模に移動している以上動物がいたとしても逃げ出すだろう。蟲を食べるのなら良いが、動物となると数人で行動する必要が出てくる。数人での行動など、危険すぎて行いたいことではない。
「そうなると、今まで以上に、進む道を決める必要がありますね」
「一度川が渡れないと引き返したが、今後は蟲が増えるので引き返す行為は危険だ」
「引き返さないためにも、定期的に今のように位置を確認して、地図を作った方がいいでしょうか?」
「そうだな……。遠回りにはなるが周囲を見渡せる位置まで上がった方がいいかもしれない」
遠回りになるが、安全で結果的には最短距離になりそうだ。
「方針は決まりました。今日はしっかりと休み、明日以降に備えましょう」
「アンナもしっかり休むんだぞ」
「もちろんです」
一ヶ月以上も旅を続けているのだ、当然疲れてきている。
蟲と戦ったのは、五日に一回程度とそこまで遭遇は多くはなかったが、警戒を緩めることはできないため緊張から疲れが溜まる。
戦う兵士たちが疲れるのは当然だが、アンナも慣れない緊張で随分と疲れているだろう。
疲れをとるといえば、ヴァイスベルゲン王国ではサウナが勧められたりする。
明日以降は火を使えない可能性が高く、次にサウナに入れるのは当分先となるだろう。そのため、サウナが準備され、交代でゆっくりと疲れをとる。
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