第48話 ヴァイスベルクからの眺望
強い魔物がヴァイスベルクの森林限界より上にいるのは、蟲に対して弱すぎるせいか。
「あんな魔物が繁栄していても困るので助かるが……」
「蟲が多いのと、どちらがいいかは微妙なところ」
「全くだ」
魔術が効かないというのは、この世界ではかなり致命的。剣術など武術はあるが、遠距離攻撃は基本魔術で攻撃する。物理的な遠距離攻撃の手段があまり発展していないのだ。
それに防御を固めると言っても、ヴァイスベルゲン王国では難しい。寒さ対策をしていない金属製の甲冑を着れば、凍えて死ぬことになる。魔物対策で死んでしまうのは間抜けだ。
本当に厄介すぎる魔物……。
「ところで、魔物の名前は決まったのか? 誰も知らなかったと言うことは、未発見だろ?」
「誰も知らなかったから未発見の魔物だと思う。名前は決めかねているみたいだよ。カマキリとか蜘蛛とか、皆適当に呼んでるけど、決め手にかける。ちなみに、ゲオルク兄さんはどう呼んでた?」
「蠍、蜘蛛、カマキリの特徴を持つから、キメラと呼んでいた」
「キメラ?」
この世界にキメラはいないのか?
アルミンが知らないだけの可能性もあるが、地球と似たような命名がされていることが多いのだよな。
キメラは元々ギリシャ神話の生物だったはずで、こちらの世界では語源となった神話が通じないため、アルミンがキメラという単語がわからないのも当然ではあるが……。
「本来のキメラは空想の生き物で、ライオンの頭、羊の胴体、蛇の尻尾だったかな?」
「そんな生物いないよね?」
「絶対いないとはいえないが、多分いないと思う。キメラは複数の生物が合わさったような存在を指す時にも使われる」
「なるほど、確かに複数の生物が組み合わさって見える。キメラが良さそうだ」
最終的に名前を決めるのが誰かはわからないが、キメラは候補の中に入れられたようだ。急にキメラの名前だけ現れることになるが、魔物の名前だし問題はないか。
アルミンは磨いていた魔石を置いて、紙にオレが説明したキメラの理由を書いている。
「ところでアルミン、磨いている魔石が倒した数に対して、やけに数が多くないか?」
多くとも二十体ほどだったと思うのだが、アルミンが磨いている魔石は百を超えている。
「磨いているのは倒した分じゃなくて、拾ったものだよ」
「拾う?」
「洞窟の至る所に落ちてるんだ。随分と劣化しているものもあるから、寿命か何かで死んだキメラが残したものだと思う。結構欠けているんだよね」
魔石は骨より長時間風化せずに残る。
骨より欠けやすいが、時間での風化には強い。そのため、死者の埋葬には魔石が使われることが多い。
昔は死んだ人間の魔石も結構な財産になったらしいが、今は魔石に魔力を補充するできるため、売って生活の足しにしようと思わないほどには魔石自体の価値は高くはなくなった。
「魔力がそれだけこもっているのなら、金貨が落ちているようなものだな」
「そう。なので、見つけては磨いてるわけ」
周囲を見回すと、下を向いて地面を掘り返している人がいる。
金貨が埋まっていると考えれば、ちょっとした宝探しのようなものか。
今は地図を描いている人以外は、仕事もなく時間はあるだろうしな。馬たちも持ってきた草をのんびりと食んでいる。
「馬といえば、馬に被害はなかったのか?」
「それなんだけど、馬がキメラを蹴り殺してたぽいんだよね。連れてきたのは皆、軍馬。馬の魔物だと思えば戦えるのは当然といえば当然なんだけど……」
「蹴り殺す……いや、普通の馬でも人間が蹴られると死ぬか。キメラの体が物理攻撃に弱いのであれば、倒してしまうのも当然か」
「入り口近くにいたから、あまり襲われていないみたいだけど、そもそもキメラとの相性が良かったみたい」
人間と馬の体重差を考えれば、馬の一撃の方が強いのは当たり前。
しかも軍馬となれば、多少のことでは動じない。それどころか、馬の魔物のため強いのは当然か。
「なんにせよ馬に被害がないのなら良かった」
アルミンから今のところは問題らしい問題がないことを聞き終わると、アルミンは魔石磨きを続けるとのことで、オレは再び体を慣らすために洞窟を歩き回ることにする。
洞窟の奥の方にいたアルミンとは逆に、入口の方へと向かって歩いていく。
外はまだ明るく、入り口から光が入り込んでいる。入り口から出ると、暗闇から明るい場所に出たため、視界が真っ白になる。
目元に手を当てて、視界が慣れるのを待つ。
目が慣れてくると視界が一気に広がった。
視界には山々が連なる広大な山脈。
白い山の連なりは壮大にして荘厳。見渡す限り山で、いくつ山があるのか数えるの面倒になる程。今いる森林限界を越える高度の山も多くあるようで、一部は木がないのか雪が積もった中に、一部山肌を見せている山も多い。しかも一部の雲は視界の下にある。
ヴァイスベルゲン王国は山脈の中にある国だとは知っていたが、ここまでの山脈が続いているとは思っていなかった。
「よくこんな場所に国を作ったな」
「私もそう思います」
「アンナ?」
いつの間にかアンナがそばにいた。
「王都は山の向こうにかろうじて見える程度ですが、高い位置にあるハーゼプラトーはよくわかります」
アンナが王都はあちらにと少し東向きに指差した方には、確かに山越に白く霞んだ王都が見え、さらに奥は海が見える。
ハーゼプラトーは真下に向けるような角度で指を刺している。実際の距離はあるのだろうが、王都に比べれば随分と近くにあるように見える。
「そして、グリュンヒューゲル帝国はあちら」
アンナが南西の方向に指を指し示す。オレはヴァイスベルゲン王国との違いに気づく。
奥に行くほど山脈がなくなり、地平線が続き、さらに奥には海。
地平線の続く土地はすごいが、その前の山脈に違和感。
「雪がない?」
山脈は西に行くほど雪がなくなっている。
雪がないということは、気温が高い可能性がある。もし気温が高いのであれば、冬眠していた蟲が冬眠から覚め、すでに活動を始めているかもしれない。
「そのようです。似たような気候だという情報と、目的地までの距離はそこまで離れていないため、気候は変わらないと思っていましたが、どうやら違ったようです」
「実際は一ヶ月近い季節の違いがあるのか」
帝国に近い山をよく観察すると、高い山の半分は雪に包まれ、半分は雪のない木々が生える山になっている。暖かい空気が西より吹いて、山脈にぶつかり雪の有無に差が出ているのだろう。
暖かい季節風のような風が西から吹いているのだろう。それが山脈で遮られている。
「事前に知っていたとしても、一ヶ月も前に出発するのは現実ではありません」
「確かに雪が深すぎて一ヶ月前の出発は無理だ」
「ええ。だったら、ヴァイスベルクに登ったことで、事前に覚悟ができたのは良かったと考えるべきです。気候が違うことを知らずに進んでしまえば、被害は免れなかったでしょう」
覚悟ができたとしても、被害がなくなるわけではないだろう。
しかし、賽は投げられた、もう戻るわけにもいかない。
「進むしかないか」
「ええ」
楽ではないのはわかっていた。もう、進むしかない。
「ゲオルク、目的地のゼーヴェルスも見えています」
「本当か?」
「山の密度が減っている場所です。王都のように少し山に隠れていますが、見れば街があるとわかるほどには見えます」
若干白く霞んだ位置に大きな都市が見える。
「あれがゼーヴェルス」
今いる位置からゼーヴェルスの距離は王都とそう変わらないか、少し近いのだろうか。ゼーヴェルスまで遠いように感じるが、山が連なっているのが問題で、直線の距離で考えると実際のところはそこまで遠くはないのだろう。
「皆でたどり着こう」
「はい」
アンナを抱き寄せ、オレはゼーヴェルスがある方角を見続ける。
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