第47話 魔物の相性
痛みで目が覚める。
まるで金縛りにあったように体が動かない。どうなっているのかと首だけ動かすと、自分が寝ているのはわかる。見える範囲では縛られているわけでもないのに、体が動かないのは変。
「な、——ッ」
声を出そうとしただけで、腹筋が引き攣るような痛みを覚える。
痛みで思い出した、色々と混ざったキメラのような魔物と戦った時に無理をしたのだったな。これは金縛りではなく、筋肉痛で痛いだけだ。
アンナに筋肉痛で寝込むことを報告したあと、すぐに寝るように言われたのだった。
事情は理解した。あとは覚悟さえ決まれば体を動かすだけ。
「ぐっ」
筋肉痛の痛みに耐えつつ、上半身を起こす。
「痛すぎる」
少し体を動かしただけなのに、とても疲れた。
なんとか起き上がり、よろよろとテントから外に出る。テントの前には焚き火があり、アンナが火の近くにいた。
「ゲオルク、起きたのですか?」
「ああ、何か食べて栄養を補給しておいた方がいいと思って」
「食事を用意させます」
「食べれればいいので携行食で十分。というか、正直味わう余裕がない」
暖かい飲み物と食事を食べると、少し気分が落ち着いた。
「ふう。奇妙な魔物が追加で出てきたりは?」
「今のところは出てきていません。というか、この洞窟は横の広さの割に奥行きがないため、全体を調べ終わりました。外、もしくは地中から現れない限り、襲われる心配はありません」
「それは良かった」
見た目は穴を掘るような姿をしていなかった。
そして外は極寒の世界。洞窟内は比較的暖かく、寒さに特別強いわけではないと思いたいが……。
そもそもあの魔物はなんだったのだろうか?
外見的には昆虫に近い生物に見えたが、そうなると足の数が多すぎる。複数の生物を合わせたような見た目なので、自分の中ではキメラと読んでいたが、腕を入れて十本の足は昆虫の範囲ではない。
前世の生物学的な分類を魔物に当て嵌めても仕方がないのかもしれないが、あまりにも異質だった。
「それでゲオルク、昨日の戦闘から一日立っていますが、もう一日はこの洞窟にいる予定です」
「もう一日?」
「正確にはもう二泊。今日はもう吹雪が止んでいるため、外を確認したところ、地形を確認するのに絶好の位置だったようです。見える範囲の正確な地図を書くため、一日追加しました」
地図は元々作るつもりではあったが、ヴァイスベルクの斜面で長時間の作業は難しいと判断し、帝国へ向けての地図を作るだけで、全体の地図を作る余裕はないと思っていた。
しかし、予想に反して安定して作業ができる洞窟があったため、全体の地図を書くことが可能になったようだ。
「怪我人の体調が悪いのかと心配した」
「いえ、多少調子が悪いのか青白い顔をしてものはいますが、比較的元気にしています」
「青白いのは、血が足りないのかな。食事を多めに食べた方が良さそうだ」
「ヴェリもそのように言っていました」
血の不足というか治療についてはヴェリと色々と話し合っている。ヴァイスベルゲン王国の医療は怪しげな民間療法が大半で、医療知識の乏しいオレでもどうなのかと思うような療法が多い。
そのため、オレとヴェリは治療に関してのすり合わせをして、魔法で治療をする場合の知識を共有している。
「ヴェリに任せておけば問題なさそうだ」
「ええ……」
アンナの返事はか細く、どこか後悔しているかのようだ。
どう考えてもラルフの件だろう。
「アンナ、後悔するなとは言えないが、ラルフは覚悟の上だったのだと思う」
「はい……。ラルフから直接、守れて良かった、悔やまないでほしいと伝えられてもいます」
「そうか……。アンナ、怪我人すら出さずに帝国にたどり着くのは不可能。しかし、即死しているわけではなければ、致命傷になるような傷でもオレとヴェリなら治すことはできる」
「はい」
ラルフの治療ができたことで多少自信がついた。
これなら、もしかしたら本当に死者を出さずに帝国へとたどり着けるかもしれない。
「しかし、ゲオルクとヴェリの治療は聞いていた以上に効果があるのですね」
「以前に小さな怪我を治した程度で、実際に大きな傷をやったことはなかった。自分から大きな傷を負うわけにもいかず、他の動物で実験したところで人間に効くかはわからないという問題もあったからな」
「確かに自分から怪我を負ってまですることではないです」
「なのでラルフの治療は成功するか不安があったが、成功して良かった」
モルモットのように小動物で試せばいいかと思ったこともあるが、この世界の人間は体内に魔石を有しており、純粋な動物とは構造がそもそも違う。魔石を有する蟲で試すのは構造が違いすぎ、実験結果が人間と同じ効果が出るかは謎。
そもそも、蟲で試したいとは思わないため、実験する気にもならなかった。
なので、アンナには簡単な治療ができるとしか伝えていない。
そのためラルフも重症者の治療ができるとは思ってはいなかっただろう。治療と時に、ラルフには治療ができると自信があるように言ったが、正直治せるかは未知数だった。
ラルフや他の怪我人は、血を失えば失うほど危険な状態になっていくため、事情を説明する時間はなく治療を優先したわけだ。
「ところで、ゲオルクも怪我人と同じような顔色をしていますよ?」
「一日余裕ができたのであれば、もう一度寝るか」
「ええ、ゆっくり休んでください」
座っていた格好から動くと、筋肉が悲鳴をあげる。
痛みを我慢して、テントの中へと戻る。
寝るのも疲れたと感じるほど寝て過ごした。
まだ痛みはあるが、我慢できなくもない痛みへと変わっている。慣れただけかもしれないが。
二日間、食事を食べる以外は丸二日寝ていた。
二日で固まった体を動かすため、洞窟内を歩き回る。
「アルミン」
「ゲオルク兄さん、体はもういいの?」
「痛いが動けないほどではない」
「それは良かった」
アルミンはオレと喋りながらも、魔石を分別している。
キメラの魔石なのだろう。大きさが拳ほどもあり、色は灰色で反対側が見えるほどには透明度が高い。相当な魔力を持っていたのがわかる。
「魔力の保有量が随分と多いな」
「だね。魔力も多かったけど、紋様も三つ持ってて、蟲ではなかったんじゃないかって話になっている」
「三つも紋様を?」
「一つは多分切断系、二つ目か三つ目は魔術を無効化していた紋様と、何かわからない紋様。どちらが魔術を無効化していた紋様か分からなかったよ」
「予想もできないか……確かに蟲にしては強すぎる。よく死者を出さずにいられたな」
蟲は魔物にしては弱すぎるため、寒い地方に押しやられたと考えられるのが通説。強い魔物は体に複数紋様があり、魔力保有量も多い。そのため、強い魔物は多彩な攻撃をしてくることもあり、倒すのがとても大変だ。
「倒すのが楽だったのは、物理攻撃にとても弱かったからだと思う。見た目は硬そうだったけど、前腕の鎌以外はかなり柔らかくて、硬そうな胴体でも簡単に切れた」
「モニカの武器がよく効いたのもそのせいか」
「多分ね。魔術ではなく投擲などの攻撃か、守りを固めて近づけば簡単に倒せたんじゃないかって話になっている。もう一度戦いたくはないけど、次回はそこまで苦戦しないかも」
遠距離での攻撃か。蟲に対して弓は効果が薄いため、狩猟以外であまり使うことはない。それが逆に今回苦労した原因になったかもしれない。
「蟲は骨格が硬いし、謎の魔物に対して結構強いんじゃないかな。集団を形成する蟲ほど数がいたわけでもないし」
「相性の問題か」
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