第46話 魔物の被害
倒したことを確認することもなく、背後を振り返る。イナとイレーヌがキメラの足を落とし、鎌がアンナに振られないように攻撃しているが、そもそものキメラがアンナに近すぎる。
魔法を使う暇もなく、一瞬がとても長く感じる。
三歩もあれば届く距離が遠すぎる。
「アンナ様!」
キメラのカマキリのような口が大きく開いた瞬間、ラルフがアンナを突き飛ばした。ラルフは剣を振っているが、無理な動きをしているため体勢が悪い。
剣は空を切り、ラルフの剣を持った腕がキメラの口によって噛み切られる。
「ラルフ!」
魔法によって増えた筋力により、キメラまで二歩の距離を一瞬で移動する。
それでもキメラの攻撃は再びラルフに届きそうだ。
『飛礫』
魔法でも物理的な攻撃なら効果があるのではないかと、魔法で作り出した岩を発射したが、当たったと思ったら岩が消える。それでも、一瞬の隙ができた。ラルフに向けて振られそうになっている鎌を両腕切り飛ばし、更に頭部向けて剣を振り下ろす。
雑な剣の振り方になってしまい、無理な動きに体が悲鳴を上げる。
それでもキメラの頭部を斜めに切り飛ばす。
「ラルフ! アンナ!」
「今は他の魔物を!」
「くそっ」
魔物を倒さなければ、ラルフとアンナの様子を見ることもできない。
近くにいるキメラを筋力強化の魔法を使って倒し切る。離れた距離にいるキメラは、ヘルプストの背中にある収納袋の中から銃を取り出して狙撃していく。
「ヴェリ、天井に光を飛ばして隠れているのを全て見つける」
「分かった」
洞窟全体を照らすように光を放つ。
最初にモニカを狙ったことから、多少の知能はありそうだ。隠れてオレたちが油断するのを待っているキメラがいないとも限らない。
——ダンッ
銃声が響く、モニカが隠れていたキメラを見つけたのだろう。
見つけては撃つを繰り返し、洞窟内にキメラで動くものはいなくなった。
兵士たちが、生きているキメラがいないかを確認してくれる。
「アンナ、無事か?」
「少し擦り傷がある程度です。それよりラルフが」
「オレとヴェリは治療に専念する」
「お願いします」
アンナと別れ、ヴェリに声をかける。
「ヴェリ、オレたちは怪我人を見る」
「うん」
集められた怪我人は九人。
一番ひどい怪我をしているのはラルフで、肘あたりを布で縛られて止血はされているようだが、布は血で染まっている。布を外すため、別の場所を紐で縛っていく。
「私はいい、他のものたちを優先しろ。血が止まったとしても、何日も動くことは不可能。ここで時間を無駄にするわけにはいかない、おいていくんだ」
「明日には動くようにして見せる」
「無理だ」
「ラルフ、忘れたか、オレとヴェリは魔眼を持っている」
「治癒眼ではないのだろう?」
「ヴェリの魔眼は魔法眼だ。治癒眼のようにはいかないが、魔法眼も治療はできる」
四肢を再生できるといわれる治癒眼のようにはいかないが、魔法眼は治癒効果のある魔法を使用できる。モニカの生命眼は成長に特化しているが、ヴェリの魔法眼は幅広く様々なことができる。
「ラルフ、砂糖を多めに食べ、歯を砕かないように布を噛んでおけ、申し訳ないが治療はとんでもなく痛い」
「すでにとんでもなく痛いのだがな」
「ちょっとした傷で試したが、気絶した。気絶するまで我慢してくれ」
「嘘だろ? くそっ、生きるためには仕方がない、砂糖をくれ」
ラルフの口調が荒れるのを初めて見た。
ラルフに砂糖を渡すと、青白い顔で噛み砕いて飲み込んだ。口に布を詰め込み、歯を砕かないようにもう一度注意する。
止血していた布を外すと、肘から先がなくなっている。
『洗浄』
魔法で傷口を綺麗にすると、傷口は綺麗に切り取られていた。
骨が飛び出ていた場合は除去する必要があると前世で聞いたことがあるが、特にそのような状況には見えない。除去しようにも技量がないため、そのようなことは難しいのだが。
「ラルフ、いくぞ」
「ん」
口の中に布を詰め込んで、返事をできないラルフは頷いた。
近くにいた兵士にラルフを押さえつけるように言って、魔法を発動させる。
『再生』
肉が盛り上がるように治っていく想像をしながら魔法を使う。
筋肉や骨の構造を意識できれば、治癒眼のように四肢を生やすこともできたかもしれないが、医者でもないオレには不可能。
大きな怪我を負った後、治っても傷口が盛り上がるような想像で治療する。
「ング!!」
耐え難い痛みが襲っているのだろう。ラルフが暴れ出す。
兵士たちによって抑え込まれる。
魔法眼での治療は一気に治るわけではなく、徐々に治っていく。急いではいるのだが、治療できるといっても難易度は高いため、そう簡単に治療は終わらない。
少しするとラルフが気絶したのか、力が抜ける。
『洗浄』
再び傷口を綺麗にすると、血が出ている様子はない。
治療後は、肘から先が少しだけ残った丸くなった、ラルフの腕が残っている。
「ゲオルク、これが限界だと思う」
「血が流れている様子もない、ラルフが起きてから問題がないか確認しよう」
「次の治療をしよう」
怪我を負ったものたちに視線を向けると、ラルフの治療を見ていたからか皆、顔が引き攣っている。
「治療は痛いが、死にたくはないだろ?」
怪我人たちは諦めた様子で頷いた。
ラルフのように体の一部が欠けるような状態の怪我人はおらず、鎌にやられたのか切り傷が多い。傷の深いものから、ラルフと同じように砂糖を食べさせ、布を噛ませる。そして、兵士が押さえつけて魔法で治療する。
早く気絶できるものは運が良く、我慢強いものほど治療に苦しむ。
「未知の魔物相手だったが、治療が間に合ってよかった」
「謎の魔物相手に、ボクは役に立たなかったよ」
「魔法の攻撃まで消えていたからな」
「攻撃ではなく、皆を守ることに徹してたけど、効果があったのかわからない」
「守るといえば、モニカを守った兵士は?」
「そういえば」
近くの兵士に尋ねると、怪我はしているが比較的軽症だったと教えてくれた。
「打撲で済んでいます。吹き飛ばされた先で受け止めてもらえたため、攻撃を受けた時の衝撃だけで済んでいたようです」
「魔法の守りは意味があったか」
余裕がある今考えると、魔法や魔術は当たった後消えていた。当たる前に消えていた場合は意味がないが、当たって数秒でも意味があるのなら防御としては意味があったのだろう。
「ボクのやってたことは多少意味があったのか」
「死者が出ていないのはヴェリのおかげかもしれないな」
「随分と酷い怪我人は出してしまったけどね。というか、ゲオルクは随分と無茶していなかった?」
「肉体の強化をやりすぎた、一日は寝込むかもしれん」
「敵がいないのを確認して休もう」
気絶しているラルフたち怪我人も休ませる必要がある。
ヴェリと会話をしている間にも、体が熱を持ち始め、ひどい筋肉痛を予想させる筋肉の悲鳴が感じられる。
「動けなくなる前にテントが張れるといいが」
「ゲオルク、もしかしてもう痛みが?」
「いや、体が熱を持ち始めた」
「以前にゲオルクが最初は冷やした方がいいといっていたよね?」
「そうだったな」
ヴェリに言われて思い出した。
そうだ。筋肉痛の初期症状である熱を持っている時は冷やし、落ち着いたら温める。言われて気づくほどに、思考が鈍くなってきている。
服を一枚脱いで体を冷やす。
このまま、何も言わずに倒れたらアンナが心配する。
ヴェリに付き添われ、アンナの元まで向かう。
「アンナ」
「ゲオルク、顔色が随分悪い。大丈夫ですか?」
「一日ほど寝込むことになると思う。魔法で筋肉を強化した反動の筋肉痛なので心配ない」
「分かりました。あとはやっておきますから寝てください。顔色が随分と悪いですよ」
徐々に真っ直ぐ立つのも辛くなってきた。アンナの言った通りいに休んでおく。
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