第44話 ヴァイスベルク

 ヴェリと交代して、見張りを始める。

 全方位を警戒する必要があるが、今日は特に蟻と雪虫が出現した後方に位置する方向を警戒している。オレは後方を警戒する見張りに組み込まれた。


 見張りをしていると、夜は本当に冷える。

 火を炊いていないのもあるとは思うが、徐々に高度が上がってきているためか、冬に逆戻りしているような感覚に陥っている。かなりの厚着をしているが、芯から冷えていく。


「飲み物もらってきたよ」

「ありがとう」


 暖かな飲み物を受け取って飲むと体が暖まる。

 アルミンは偶然オレと同じ見張りだったようで、一緒に見張りをしている。


「雪虫の紋様は模写できたのか?」

「まだだけど、紋様自体は確認した。冷却とか凍結系かな?」

「ヴァイスベルゲン王国だと使い道がないな」

「そうだね。他国だと高く売れたりもするらしいから、グリュンヒューゲル帝国に行ったら売ろうかな」

「帝国なら売れそうだな」


 ヴァイスベルゲン王国と違い、帝国はかなり大きいらしい。正確な大きさはオレもよくわかっていないが、ヴァイスベルゲン王国以降西は全て帝国の領土だとかなんとか。

 それだけ大きければ暖かい地域もあるだろう。


「ゲオルク兄さん」

「ん?」

「あそこ、何か動いたように見えた」


 光の範囲外で何も見えないが、アルミンはオレより夜目が効く。

 目の色素が薄いと夜目が効くと転生する前に聞いたことがあるが、本当のことかはよくわからない。しかし、アルミンがオレ以上に夜目が効くのは事実。

 アルミンに違和感を感じた場所を指さしてもらい、魔法で光を飛ばす。


「蟻!」


 先に反応したのは夜目が効くアルミン。

 兵士たちがアルミンの言葉に反応して、動き始めた。

 アルミンに続いてオレも蟻の存在を確認したが、どうも様子がおかしい。


「動きが鈍くないか?」

「言われてみれば」


 のそのそと音がつきそうな、鈍い動きで蟻が動いている。

 周囲にさらに光を飛ばしたが、どうも蟻は一匹のようで、見える範囲には他の蟻が見えない。


「今は蟻をたおすか」

「そうだね」


 今はゆっくりと動いているが、以前に見かけた蟻はすごい速度で動き回っていたため、不意打ちを受けないように遠距離で倒してしまう。

 不思議な動きをしているため、細かい制御が効く魔法で倒してしまうことに。


『切断』


 蟻は避ける様子もなく、頭部が落ちる。


「頭が落ちても暴れる様子もない、本当に動きが鈍いな」

「攻撃する前から、すでに死にかけって感じだね」

「……もしかしてオレたちが近づいたために、冬眠から無理やり起きたのか?」

「あるかもね。体を調べてみればわかるかも」


 冬眠から起きたばかりなら、体内に何も食べ物が残っていない可能性が高い。兵士たちとともに蟻を運んできて、体内を調べていく。


「ゲオルク兄さんの予想通りかも。体の中がスカスカになっている」

「それ以外にも蟻の体、凍っていないか?」

「蟻が活動できる気温より随分寒いのかも」

「もしそうなら、蟻に襲われる心配は減ったかもしれないな」


 兵士たちが、皆を起こすか話し合い、見張りの数は増やすが全員は起こさないことになった。どちらにせよ今は真っ暗で、馬を走らせることはできない。

 兵士たちが話し合いをしている間、アルミンは解体ついでに紋様がある体の一部を剥ぎ取り、回収している。


「明るくなったらすぐに移動だな」

「そうだね。寒い夜より、暖かい昼の方が蟻は動きそうだ」

「昨日は遅くまで行動していたので、あまり休めていないが、このまま休むわけにもいかないか」


 増員された見張りとともに警戒を続ける。

 うっすらと空が明るくなってくると、兵士たちが慌ただしく動き始める。馬へ鞍をつけたり、朝食を準備したりと、日が出る前には出発する準備ができていた。

 朝食を軽く食べ、早々に移動が開始される。

 移動をしながらアンナに夜中にあったことを報告する。


「今まで順調に進んでいましたが、やはり簡単には帝国まで抜けられませんか」

「むしろ今までが順調すぎたのかもしれない。いや、怪我人がまだ出ていないだけ、まだ順調といえるかもしれない」

「そうかもしれません」


 旅に出て五日目の今日は、早めに休んで、馬と人間の体力を回復することになった。




 六日目は何事もなく進み、七日目にして森林限界へと辿り着く。

 ヴァイスベルク山頂までの雪が積もった山肌が見える。

 しかし、反対側の帝国までの風景を見通すためには、もう少しヴァイスベルクを登る必要がありそうだ。


「木がないためでしょうか、風が随分と強い」

「ああ。それに、天候は晴れているのだが、舞い上がった雪で視界がよくない」

「はい。舞い上がるほどの雪は想像以上に多い。雪崩が怖いですね」


 ヴァイスベルゲン王国の馬は平気で歩ける積雪ではあるが、人間だと膝より少し上まで雪が積もっていそうだ。

 しかも雪は見渡す限り続いている。

 どの斜面を歩いていいかも分かりにく。慎重に進む必要がありそうだ。


 走るのをやめ、並足で移動し始める。

 登頂する気はないため、斜面を斜めに西に向けて進む。

 ゆっくりとした足取りで歩いていると、急に風が強くなったと思ったら、急激に雲が発達するのが見えた。


「ゲオルク、雲が」



 アンナが声に出すほど雲は急成長していく。

 山の天気が変わりやすいといっても、流石にここまでの急展開は予想していなかった。このまま雲が発達した場合、天候が崩れ、吹雪く可能性が高い。


「この時期に吹雪は滅多にないが、標高の高いヴァイスベルクではわからない……。森の中まで戻りたいが、戻ったところでテントを張るのが間に合うか怪しい」


 オレとアンナだけではなく、兵士たちも騒ぎ出し、隊列の動きが止まる。

 雪に穴を掘って一時的な避難をするには百二十七人という人数は多すぎる。どこかに避難する必要があるが、人類がほぼ来たこともない未開の地で安全地帯などわかりはしない。


「アンナ」

「モニカ?」

「あそこ、穴空いてる?」


 モニカが指差した方向は、進むべき方向にあるが、今いる位置よりも高く、少々遠い。が、確かに岩肌らしきものが見えており、穴が空いているようにも見える。

 穴らしきものは、洞窟かもしれないし、少し抉れている程度かもしれない。


「穴が多少抉れている程度だとしても、雪が多少は凌げるかもしれない。しかし、何があるかわからないのも事実」

「進みましょう」

「悩んでいる暇はないか」

「はい」


 止まっている間にも上空の雲は大きくなり、オレたちがいる高度近くまで降りてきている。雲が降りてくる様は、蓄えた水分の重さによって、今にでも雪を降らさんとするように見える。


「穴へ前進を」

「はっ」


 アンナの指示により、モニカが見つけた岩肌が見える場所へと向かう。


「少し抉れている程度ならいいが、洞窟の場合は何がいるかわからない」

「何もいないと考えるのは楽観視しすぎですね」

「戦いの準備をしておくべきだ」


 進みながら装備の確認をする。

 剣などの刃物は、寒すぎるため鞘が凍って抜けない場合があり、抜けるか確認していく。近距離では魔法を使うより、剣を使った方が早い場合もある。洞窟だった場合、剣を振るには狭い場合もあるが、使えるようにしておいた方がいい。


 上空には今にでも吹雪になりそうな暗闇へと変わっていく。先ほどまで見えていた山頂は一切見えなくなった。

 天候の変化が早すぎる。

 気持ちは急いでいるが、深く雪の積もった山は、どのような山肌をしているか一切わからないため、急ぐことはできない。

 上空は吹雪、足元は不安定、行先の穴には何があるかわからない。


「最悪な状況だ」

「予想していなかったわけではありませんが、今でなくともいいでしょうとは思ってしまいます」

「ああ」

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