第43話 蟻

 魔術は使うのに慣れないと不発の場合になる場合もある。しかも、しっかりと効力のある魔術を手に入れるのはとても大変。


「前進!」


 広がっていた隊列が小さくなり、三角形に陣形が変化する。雪虫の群れを食い破るようにゆっくりと進み始める。

 こちらの攻撃が激しくなるが、雪虫はやはり仲間意識がそこまで強くないようで、こちらに全力で向かってくることはない。


「いや、向かってきてはいるが、飛ぶのが下手すぎるのか?」

「あれだけ飛べるだけマシじゃない」

「確かに。蟲は大きすぎる体を飛ばせるほどの飛行力を大半が持たないからな」

「蟲が高速で飛行できたらヴァイスベルゲン王国に人は住んでいないと思うよ」


 そもそも飛べるのが不思議ではあるが、そんなことを考え始めたら、そもそもあの巨体で自壊しないで生きていられるのか不思議である。

 魔物相手に生きている理由や、飛んでいる理由を考えても意味のないことかもしれないが。


「変則的な飛び方をするけど、遅いから当てやすい」

「砂糖が効かない蟲が弱くて助かる。魔術でも簡単に倒せているようだし」

「この程度ならね」


 魔術に関連するものとして、生活を便利にする魔道具をよく目にするが、実際のところは攻撃用の術として発展してきたらしい。魔術は発明されて以降、魔物に対する手段として発展してきたと、書物に書かれていた。

 実際のところは千年近く前の出来事で、よくわからない。


「ところで、ゲオルク兄さんは蟻が冬眠から起きてると思う?」

「どうだろな? 流石にまだ冬眠しているとは思うが……」

「雪虫の紋様を調べたいんだけどな」

「流石にそんな余裕はないと思うぞ」

「だよね」


 アルミンは肩お落として、明らかに残念そうな表情をしている。


「そんな顔をしても無理だぞ」

「運よく途中で拾えないかな」

「仕方がないな」


 一瞬諦めたかと思ったが、諦めてはいない様子。魔術に関することには貪欲なアルミンが何をするかわからない。


『切断』


 紋様は胴体にある確率が高いため、頭部を切り飛ばす。


『回収』


 回収した直後は動いている。しかし、蟲は血が減ると一気に動きが鈍くなるため、我慢して待っているとすぐに動かなくなる。紋様があるか確認すると胴体部分に発見する。アルミンに渡してしまう。


「ほら、しまっておけ」

「ありがとう!」


 アルミンが作った収納袋は魔道具なだけあって特殊で、袋の口以上に大きなものもしまえる。アルミンは雪虫を収納袋の中に入れると嬉しそうにしている。


「さっさと抜け出したい。アルミン、真面目に倒すぞ」

「分かった」


 クスクスとアンナの笑い声が聞こえる。


「アンナ?」

「すみません。このような状況なのに、あまりに緊張感がない会話だったので可笑しくなってしまいました」

「実際のところかなり余裕があるからな」


 雪虫の数は多いが、空を埋め尽くすような量はいない。こちらの人数が多い上に、攻撃が簡単に当たることもあり、前進しながら倒す程には余裕がある。


「確かに私でも当てられる程度ですからね。それにしても、アルミンはそのような性格だったのですか」

「アルミンは魔術に関係すること以外は真面目なんだが、関係する事柄にはいつもこんな感じだ」

「なるほど。しかし、ゲオルクが想像以上にお兄さんをしていたので面白かったです」

「血のつながりはないが、兄弟のように育っているからな」


 オレと喋りながらアンナもまた魔術で雪虫を撃ち落とす。

 オレとヴェリならかなりの広範囲を攻撃できるが、見える範囲の雪虫を二人で倒してしまうと魔力量が足りなくなる。余裕がある場合、交代で魔物を倒していくと事前に決めていた。


 雪虫を倒しながら進むと、前方に雪虫がいなくなった。

 群れの外に出たことで、徐々に馬の速度が上がっていく。速度を上げると陣形が広がったままでは木の間隔が広いとはいえ、流石に走りにくい。徐々に隊列が伸びていく。

 油断できない時間が過ぎていく。


「左奥に蟻!」


 白い地面の上に特徴的な黒い影が見える。

 蟻だ。


「前進!」


 進むべき前方にはいなかったのだろう、無視して進むことに決まったようだ。今のところ一匹しか見えてはいないが、本来蟻は数が多い。数が増えれば大変なことになる、戦わないで済むのならその方がいいだろう。


「しかし、蟻の動きがない」


 アンナと王都に向かう途中に出会った蟻は、シュネーが走っている状態でも、ついてくるほど足が早かった。しかし、今回の蟻はこちらを警戒しているのか、頭を上げているが、こちらを追いかけてくる様子がない。


「確かに、前回ほど馬の速度が上がっていませんから、追いつかれそうです。しかし、追いかけてきませんね?」

「ああ。あの場所から動こうとしない」

「あそこに何かあるのでしょうか?」

「もしあの蟻が守っているとすれば、蟻の巣?」


 もし巣があの場所にあるのなら、大量の蟻が巣の中にいることになる。

 巣の中にどれほどの蟻がいるかは知らないが、少なくともオレたちの総数である、百二十七人は余裕で超えているだろう。

 蟲は集団を作るものでも、昆虫ほど大きな集団を形成しない。それは、大きさや食料の問題が大きいと言われるが、それでも元々大きな集団を形成する蟻ならば、百を超える集団は形成しているだろう。

 砂糖に効果があると分かっているが、集団で襲われた場合、全ての蟻が砂糖に群がるかはわからない。


「蟻が出てくる前に移動すべきです」

「はい」


 アンナが硬い声で言ったことに同意する。

 オレの返事も硬い声だっただろう。

 戦いになってしまうと被害なしで倒せる相手ではない。


 蟻の位置が左奥から、左後方に徐々に位置が変わっていく。

 後方の確認を繰り返し、徐々に見えなくなっていき、大きく息を吐く。


「最後尾はまだ蟻が見えているだろうが、動く様子がなくて良かった」

「ゲオルク兄さん、蟻は出入り口を複数持っている場合があるって書かれている文献を見たことがある」


 アルミンの警告に顔が引き攣る。


「距離を大きくとった方が良さそうだな」

「前方に伝えましょう」


 アンナが近くにいた兵士に伝えると、兵士は速度を上げ前に行く。

 休む暇なく、全方位を警戒しながら進み続ける。


 普段なら夕方までにはテントを張り終えるのだが、今日は暗くなる限界まで走ったため、すでに夕方を回っている。

 木の間隔が大きい森とはいえ、夕方が近くなると木の影もあって想像以上に暗くなる。木の根が飛び出しているため、馬を走らせるのは危険だ。


「限界まで走りましたが、今日はここまでのようです」

「一時間以上走ったので、十分距離は取れたと思いたいが……」

「ええ、まだ蟻と雪虫の縄張りかもしれません。そのため、今日は火を使わないことに決めたようです」

「その方が良さそうだ」


 魔道具の明かりが周囲を照らしだす。

 炎の光とは違い、LED電球のような白い光が周囲を照らす。炎のように揺れることもなく、明るい光。完全に蟲がよってこないわけではないが、炎ほどはよってこない。


 光が照らす中、休むために木を叩いて回る。

 疲れているからと手順を飛ばすわけにもいかない。慣れてきたのもあって必要な範囲がわかり、そこまで余分な作業をしなくて済むようになってきたため、比較的早くに作業は終わる。


「今日は見張りだな」

「ゲオルク、先に見張りにたってもいい?」

「構わないが、何か理由があるのか、ヴェリ?」

「久しぶりの戦闘だったから興奮してしまって寝れそうにない」

「そういうことか、わかった」


 確かにヴェリの言う通り、オレも興奮というか緊張しているように思える。飲み物に砂糖を入れればカロリーもとれて、緊張が多少はほぐれるだろう。砂糖の摂取をアンナにも進めておいた。

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