第42話 雪虫
食事の準備を手伝っていると、サウナに入るように言われる。
後がつかえてしまうため、作業の手を止め早く入る。
大きめのテントに準備されたサウナに入る。
「アルミン、魔物の紋様は写せたのか?」
「終わったよ。ゲオルク兄さん、ヴェリ、ありがとう」
「気にするな」
「そうそう」
サウナに入ると冷えた体が温まる。
こんな場所でサウナ設置するのは危ないとも思うが、体温が下がりすぎて凍死してしまう方が危険だったりする。ヴァイスベルゲン王国の住人はサウナ好きというのもあったりするが。
「紋様は未発見のものだったか?」
「個体の地域差があるから、なんともいえないけど、似たような紋様はあったと思う。カミキリムシは比較的討伐されやすい魔物だから、資料も多いからね」
「そうか」
「個体差で効率が変わるから、紋様を解析して魔術に組み込んでみないと正確なことはわからないな」
魔物の紋様はそのまま使えるわけではなく、特殊なインクを介して紋様に魔力を送り込み解析する。解析した紋様を魔術の刻印にして、ようやく効果がしっかりと出るものとなる。
魔術はしっかりと学問として確立された技術。
オレも一応魔術を作ることはできるが、アルミンほど詳しいわけではなく、最近は魔術を作ったりしないで魔法ばかり使っている。
魔法は想像の力であり、学問としての魔術とは違うが、似たような効果を出す。魔法と魔術は似ているようで違うもの。
「そろそろ、体を洗って、もう一度温まったら出るか」
「ゆっくり入るわけにはいかないね」
サウナを出た後は、食事をとって休むだけだ。
夜に交代で見張りをする必要があるが、人数が多いため見張りをしなくていい日がある。オレとヴェリは火を焚いている日は休みだと決まっている。
火を使えない日は魔道具で光を出すのだが、魔道具は壊れる可能性があるため、オレとヴェリが魔法で光を出す。
今後は見張りをする機会が増えそうだが、それでも役割分担できるほど人数が多いため随分と楽ではある。
サウナから出てテントを張った場所に戻る。
隣にはアンナが休むための少し大きめのテントがあり、近くには焚き火が用意されている。
見張りに立っている兵士から、オレだけ中に入るようにと言われる。
流石にテントに入るのはどうかと戸惑ったが、中からアンナに呼ばれた。中にはアンナだけではなく、イナ、イレーヌ、モニカもいた。
テントは少し広いだけあって五人が入っても多少余裕がある。中は暖かい空気で満たされているが、火を使っている様子はない。魔道具で暖めているのだろう。
「ゲオルク、蟲が出たのは三体と聞きました」
「ヴェリが二体で、オレが一体だった。皆怪我はないよ」
事前に聞いていたとは思うが、アンナはそれでも安心したかのように息を吐いて微笑んだ。
「野営の準備は危険だと教えられてきましたから、何事もなく無事で良かった」
「事前に兵士たちと打ち合わせと訓練していたから、そこまで不安はなかったな」
「そうなのですか?」
「魔法眼を使えば、カミキリムシが出てくる前に木を倒してしまえる。しかも、ある程度方向を選べるので、随分と安全のようだ」
「そういうことですか」
アンナと軽く話をしていると、食事の準備ができたようで兵士が食事を運んできた。オレの分まで持ってきてくれたようで、暖かな食事が渡された。
初日なこともあって、芋と腸詰肉のスープにパンまでついている。
「干し肉とパンか、スープだけになるかと思っていた」
「最初はその予定でしたが、食べないと持ちません。収納袋が大きいため、量を増やした食事に変更しています」
「明日以降も似たような食事が?」
「パンは日持ちしませんから数日しか食べられませんが、小麦は持ってきていますので、余裕があればパンも焼けるでしょう」
パンを焼くほどの余裕があるかはわからないが、他の調理方法もあるため問題はないだろう。
食事を終わらせると、寝るためにテントを出ることにする。
その前に、アンナたちの髪を魔法で乾かす。
「ゲオルク、魔力が足りなくなりませんか?」
「今日はほとんど魔力を使っていないし、後は食事をとって寝るだけ。髪を乾かす程度なら問題ない」
「ありがとうございます。グリュンヒューゲル帝国に行く以上、髪は切るに切れませんでしたから」
旅に出るため髪を少し短くするかアンナは迷っていたが、結局切るのをやめている。
アンナが髪を切るか迷っていた時に初めて知ったのだが、グリュンヒューゲル帝国の貴族や役職についている男女は髪を伸ばしているのが普通のようだ。リラヴィーゼ王国の場合、男性は短髪で、女性は帝国ほどではないが長く伸ばすのが一般的だとか。
ヴァイスベルゲン王国の貴族は髪が短くとも構わないらしいのだが、グリュンヒューゲル帝国派閥の貴族たちは髪を伸ばしているのが普通なのだと言っていた。
つまり髪を切った場合、瞳の色と、髪の色が似ているだけの他人と判断される可能性が高くなる。旅に長い髪は邪魔であるが、切るに切れない理由があるわけだ。
「オレもアンナほどではないけれど、髪は長いから乾かない苦労はわかるからな」
「旅に出るなら短い方が楽ですが、仕方ありませんね」
「そうだな」
実はオレも旅に出る関係上、髪を切ろうと思っていたのだが、アンナやイルゼから切らないようにと止められた。伸ばしておいた方が相手に良い印象を与える可能性が高いらしい。
同じ理由でヴェリとアルミンも髪は長く伸ばしたままだ。
「アンナ、おやすみ」
「ゲオルク、おやすみなさい」
アンナに触れるようなキスをして、オレはテントから外に出る。
体が冷えてしまう前にアルミンたちがいるテントへと急ぐ。アルミンたちに戻ったことを伝えると、すぐに寝てしまう。日の出と共に行動を開始するため、早く寝てしまうのだ。
翌日は起きると食事をとるとすぐにテントを片付ける。
朝方は特に冷えるため、凍った地面を踏みしめ、真っ白い息を吐き出しながら準備を始める。
お互いの体調と、馬の体調を確認しながら、馬に鞍をつけてすぐに出発する。
二日目、三日目。
初日ほど距離は稼げないが、連日同じような行動を繰り返して徐々に進んでいく。
時折雪虫が現れるのが不穏だが、問題なく進んでいく。
四日目の昼。
集団の中心に位置するオレからでも雪虫が確認できるほどの量が現れた。
「この量はまずい」
「ゲオルク、無理やりにでも進みますか?」
「いや、倒して進もう。雪虫に触れただけでも攻撃されるかもしれない。一匹ならいいが、一斉に攻撃された場合、防ぎ切れる量ではない」
雪虫は仲間を守るような群れを形成しているわけではないと思うが、実際にどう動くかはかわからない。距離を取って攻撃した方が安全。
「近づけば囲まれます。遠距離で戦うしかありませんか」
「雪虫は飛ぶのが苦手、弓と魔術を使うのが良いかと」
「矢は有限です。魔術を中心とするしかないでしょう」
「オレも魔法で対処しよう」
森の中に広がり、雪虫と対峙する。
オレは魔法眼を使うだけだが、アルミンは魔術書を手に取って魔術の準備をしている。
皆の準備は整ったようで、後は合図を待つだけだ。
「打て!」
『切断』
合図とともに日本語で、魔法を打ち出す。
「穿孔。発動」
アルミンが味方へ合図するため、あえて選んだ魔術を口にしている。
持った魔術書は自動で開き、特定のページで止まる。
魔術書自体が魔道具であり、所有者が選んだ魔術を自動で使用してくれる。便利な魔道具であるが、作るのがとても大変だったりする。
そもそも魔術師と呼ばれる人たち以外は使える魔術数が少ないため、魔術書を必要とはしない。実際大半の兵士たちは剣のや鞘に魔術を刻み込んでいるようで、魔術書を持ってはいない。
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