第41話 カミキリムシ

 カミキリムシも強い魔物だが、正直、木が倒れてくる方が怖い。

 木の大きさは様々だが、周辺には直径が一メートルや二メートルの木も生えている。そんな木が人の上に倒れてきたら即死。テントを張る前に、まずは安全を確保しないといけない。

 なので、木を叩いて中にカミキリムシがいないか確認しているわけだ。


「蟲の処理は任せ、次の木に向かおう」

「はい」


 兵士とともに木を叩き続け、最終的に三匹のカミキリムシが見つかった。

 ヴェリの方が二匹、オレが見つけたのは一匹。


「お疲れ」

「お疲れ様です……」


 木を叩く兵士は緊張からか随分と疲れているようだ。

 オレも木がこちらに倒れてきたらと思うと、気を抜くわけにはいかず集中し続けていたため疲れた。木がこちらに倒れてきても魔法で止められるとは思っていたが、一瞬でも遅れれば潰されてしまう。

 普通は他の木を盾にして逃げるらしい。もっとも、普通はこの時期に森に入ってもテントを張って泊まることはないらしいが。


「では、オレは戻る」

「はい。ありがとうございました」


 兵士と別れ、アンナの元に向かおうと思ったが、カミキリムシがどうなったか少し気になり確認しにいく。

 切り株となった木の近くにはアルミンがいた。


「アルミン?」

「ゲオルク兄さん」

「何をしているんだ?」

「カミキリムシの紋様を書き留めるのと、魔石を取り出すのを手伝っている」


 アルミンはオレと喋りながらも兵士たちと切り株を壊そうとしている。木の内部はほとんどが食い尽くされており、数センチの厚みしか残っていない。兵士の一人が木の縁を掴んで力を入れると、メキメキと嫌な音を立てて切り株が崩れていく。

 魔法で手伝うつもりだったが、想像以上に脆い。


 兵士たちは切り株を崩し、頭部がなくなったカミキリムシを取り出す。一メートル近い胴体が現れた。


「綺麗に倒されているから紋様を書き留められそうだ。だけど、ヴェリが倒したのより小さい?」

「小さい?」

「うん。ヴェリの魔法や槍や剣で攻撃されているから正確な大きさはわからないけど、二メートル近くありそうだった」

「こちらは頭部がないにしても二メートルにはならないな」


 一回り以上小さいことになる。

 オレとヴェリが悩んでいると、兵士が噂だと前置きした後、教えてくれた。


「住み着いた木の大きさで成虫の大きさが決まると言われています。最大は二メートルほどで、それ以上のカミキリムシは珍しい」

「なるほど。ギリギリまで木の内部を喰らい尽くしているのか」

「これも噂ですが、食べ過ぎて木を倒す間抜けな幼虫もいるらしいです」

「木が細過ぎた場合はあり得そうだ」


 兵士とオレの話を聞きながら、アルミンが何かを書き記している。

 おそらく、カミキリムシの生態を書き込んでいるのだろう。


「何故大きさが違うのかわかったところで、魔術の紋様を探そう。ヴェリが倒したのは紋様が潰れてわからなかったんだよね」


 アルミンはそんなことを言いながら、紋様を探すためにカミキリムシを触りだす。

 人間とそう大きさの変わらないカミキリムシは、なかなか気持ち悪いと思うのだが、気にする様子もないな……。

 兵士たちもアルミンを手伝って紋様を探し出した。


「あった!」


 羽の裏側という、少々わかりにくい部分にあった紋様をアルミンが発見する。嬉々としてアルミンは紋様周辺から剥ぎ取ってしまう。


「羽根にあったけど、紋様の傾向からみて切断系かな?」


 剥ぎ取られた羽根を手に、いい笑顔で考え始めた。

 嬉しいのはわかるのだが、狂気を感じるのでせめて写し取った後にしてほしい。


「アルミン、魔石を取り出そう」

「そうだった」


 魔石は臓器の中にあり、動物であれば大半は心臓付近にある。昆虫である蟲はどうかというと、背中側の腹近くにあることが多い。

 羽を剥ぎ取った後の背中を切り裂いて魔石を取り出す。


「なかなかの大きさだね」


 アルミンが取り出したのは、握り拳より一回り小さく、黒曜石のような黒い石。魔石は大きく透明度が高いほど魔力量が大きいと言われる。蟲の魔石は大きい物が多いが、透明度が低いため、大きさの割には魔力量を貯蔵していない。


「ヒビが入ったり割れてもいない。この大きさなら魔力を補充して使ってもいいし、売ったとしても高く売れそうだ」


 アルミンが綺麗に拭いて、状態を確認している。

 昔は魔石に魔力を補充する方法がなかったため、虫の魔石は使い道が限られたらしい。しかし、今は魔石に魔力を補充できるため、蟲の魔石も使い道が多い。そのため、かなり高額で取引されている。


「頭部が落ちただけなので、問題はないと思っていたが良かった。アルミン、ちなみにカミキリムシは食料になったりしないよな?」

「毒はないとは思うけど、食べたくはないかな」


 兵士たちに尋ねると、成虫は美味しくないため、よほど空腹にでもなない限りは食べないと言われる。

 オレは安堵する。

 巨大なカタツムリを食べさせられてから、蟲を倒した後に食べる可能性があるのかと少々怖い。カタツムリは昆虫に分類されるわけではないため、まだマシだったが。


「カミキリムシの幼虫は美味しいと聞いたことがあります。私も幼虫は見かけたことがありませんが……」

「そうか……」


 聞きたかったわけではないが、無駄な知識を手に入れた。

 しかし、兵士たちは逞しいな……。


 カミキリムシをこのまま放置すると他の蟲がよってきてしまう、ヴェリが倒した蟲と合わせて焼き払ってしまう。

 オレが木を叩いて周り、カミキリムシの処分をしている間に火が起こされ、テントが張られ始めている。兵士たちが大きな火の中にカミキリムシを放り込んで、燃やし始めた。


 火の周りでは雪を溶かしてお湯にしており、兵士から温まるぞと一杯のお湯をもらった。

 お湯を一杯飲むと冷えていた体が暖かくなる。


「オレたちもテントを張るか」

「そうだね」


 そう言いながらもアルミンは羽根に描かれた紋様が気になるようで、手に持っている羽根をチラチラと見ている。


「オレとヴェリでテントを張るから、アルミンは紋様を描き写しておくといい」

「え、いや」

「アルミンだけが描き写すわけじゃないだろ? 火を焚いているとはいえ、暗くなると写すのが大変だぞ」

「確かに。わかった、お願いするよ」


 空はすでに赤く染まり夕方。

 明るいうちにテントを張らないとまずい。

 ヴェリと合流して、急ぎテントを張り始める。

 二人で三人が寝られるテントを張る。一人一つのテントでは荷物が増えるため、数人で一つのテントを使う。テントの中にいる人数が多い方が暖かいという理由もある。


「そういえばゲオルク、サウナを用意するって言ってたよ」

「サウナまで?」

「カミキリムシが入っていた木は水分が抜けてて、倒れた後に魔法で薪になるように切ったんだ。薪には余裕があるよ」

「盛大に火を焚いていると思ったら、そういうことか」


 魔道具で煮炊きをする予定だったが、魔石や魔力を使う関係上、余裕を持って運用したい。

 薪になる木があるのは運が良かったな。


「森で火を使うのは少し怖いけどね」

「そうだな」


 今は冬で大半の蟲が冬眠中のため火を焚いても問題そこまで問題はないが、蟲が活動する夏は、火に向かって大量の蟲が飛んでくる。そのため、夜は火を焚けなくなる。光に集まるのは昆虫と同じというわけだ。

 火を焚かない方がいいかどうかの目安は兵士たちの方が詳しいだろう。


「なんにせよ、サウナがあるのはありがたいよ」

「確かにな」

「サウナは順番に呼ばれるらしいから、テントを張ったら食事の手伝いでもしようか」


 サウナの順番はアンナたち女性が最初になりそうだ。

 テントを張り終えると、アルミンの言う通り食事の準備を手伝うことにする。

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