第40話 ヴァイスベルクの森
シュネーの装備が整うと、人間と馬が整列を始める。
今回ヴァイスベルクの森を越え、グリュンヒューゲル帝国へ向かうのは、兵士百二十人、オレ、アンナ、アルミン、ヴェリ、イナ、イレーヌ、モニカの七人が加わり、総勢百二十七人。馬も当然同数百二十七頭。
整列が終わり、アンナが前に出る。
「これよりヴァイスベルクの森を越え、グリュンヒューゲル帝国へと向かう。ヴァッサーシュネッケ村以降は人類未踏の地であり、何があるかは一切わかりません。当然、簡単な旅にはならず、苦難が待ち構えているでしょう。それでも皆の力があればグリュンヒューゲル帝国へたどり着けると信じています」
兵士たちが敬礼する。
「皆、ありがとう」
アンナがシュネーに乗ると、一斉に騎乗する。
オレもヘルプストに騎乗する。
モニカが心配で確認すると、モニカは父親のリウドルフと母親のルースと抱き合い、オブシディアンに騎乗した。
ヴァッサーシュネッケ村の村人と、残った兵士たちに見守られながら出発する。
オレたち七人は、兵士たちの間に入って守られるようにして進む。
東の山脈から登った太陽が雪の残ったヴァッサーシュネッケの農地を照らし、キラキラと反射させている。
今のところは上空の雲もまばら。
ヴァイスベルクから風が吹き下ろしているのが心配だが、今のところは吹雪く様子もなさそうだ。
農地を抜け、森へと入っていく。
ヴァッサーシュネッケ村以降に街道はないが、兵士たちがある程度まで調査している。今日はかなりの距離を進めるはず。
列を乱さないようにヘルプストを進める。
しばらく走ると、前方より兵士が近づいてきた。
アンナに何かを伝えると前方へと戻っていく。
「ゲオルク、雪虫が出たようです」
アンナが硬い声でそういった。
秋から初冬ならまだしも、春も近いこの時期に雪虫は普通でない。
十中八九、魔物の雪虫だろう。
「雪虫なら直接的に問題はない。口が退化しているので食事を必要としないだろう。こちらから攻撃しなければ襲われる心配はないはずだ」
口は退化していても体には魔物としての模様はある。攻撃する手段がないわけではないため、手を出した場合は戦闘になる。
雪虫自体は強い蟲ではないが、飛んでいるため相手をするのが大変だ。しかも口が退化しているので、砂糖で引きつける方法も取れない。移動中に敵対するのは得策ではないだろう。
「雪虫の幼虫と共存する蟻の巣がある可能性は?」
「巣があるのなら、大量に観測できるほど雪虫の数が多くなる。この周辺は去年調査していた範囲で、蟻の巣があるのなら冬に入った段階で雪虫が大量にわいたとは聞いていない。数が少ないのなら風で飛ばされてきた可能性が高い」
去年のうちに兵士たちから蟲の知識について詳しく教わっており、雪虫が蟻と共存関係にあるであろうことは聞いている。
大量の雪虫が出た場合は近くに魔物の蟻の巣があるとわかるわけだ。
「良かった。出発して早々に戦闘になるかと思いました」
「今日は大きな戦闘になる可能性は少ないかと、戦闘が起きたとしても群れを持たない蟲の可能性が高い」
「戦闘が起きないとは言えないのですか」
「はい。しかし、雪虫もどこから飛んできたのかが問題だな。今日はヴァイスベルクから山おろしの風が吹いているわけで、山側から飛ばされていたのなら明日以降が危険となる」
「ヴァイスベルクですか……」
アンナが前方の上の方へと視線を向けた。
前方にはヴァイスベルクがある。オレも木の間から見えるヴァイスベルクへと視線を向ける。
ヴァイスベルクは標高が高い山だ。前世では見たことがないが、エベレストなどの山に近い見た目をしている。エベレストと違い、どれほどの高さがあるかはわかっていないが、少なくとも山頂付近は雪が溶けることがなく年中白い。
ヴァイスベルクは高い山であるため、森林限界があり、ある程度登れば木が生えなくなっている。木が生えていない場所は蟲の生息も難しいのではないかと言われているようだが、実際にヴァイスベルクまで近づいたことがある人が少ないため、実際のところは謎が多い。
「広義的に考えれば、今いる場所もヴァイスベルクの一部ですが、実際に登るのですね」
「我々は山頂を目指すわけではない。地形を観測するには高い場所から見下ろすのが一番いいと考えただけ」
「理屈はわかりますが……。ヴァイスベルクはヴァイスベルゲン王国の国名となった山で、国内であればどこからでも見える皆が知っている山でもあります。そして、どこからでも見えますが、登った記録がほとんどない秘境」
確かにヴァイスベルクは秘境と呼ばれたり、魔境と呼ばれたりもしている。
この世界にも山に魅入られた人は当然いて、ヴァイスベルクへ登ろうとする人は定期的に現れるらしい。もっともヴァイスベルクまで近づけることの方が珍しく、大半は近寄れもせずに命を落とすか帰ってくるらしい。
数少ない成功例は書籍にされて残っているが、ヴァイスベルク周辺の蟲の多さが書かれており、秘境というより魔境と言った方がいい記述が残っている。
「ヴァイスベルクに登った記録がほとんどないのはグリュンヒューゲル帝国も同様でしょう。亡命後に手記が売れるかもしれませんね」
「歴史に私たちの名を残すのもいいですね」
「蟲の対策に砂糖が良いのも書けば高く売れそうです」
「そうですね」
何も考えず無闇に進むつもりはないのだ。魔境と呼ばれるヴァイスベルクの怖さを募らせすぎても問題。それなら、亡命後にヴァイスベルクの記録を残すことを考えた方がいいだろう。
兵士の一部には記録を取るものもいるが、オレも余裕があれば書き記しておいた方がいいかもしれない。といっても書き記すための紙は手持ちが限られるため、書くことは選別する必要がありそうだ。
順調に進み今日休む予定の場所へとたどり着く。
皆が休むためのテントを広げるのだが、まずは安全を確保する必要がある。オレ、ヴェリは兵士とともに行動する。
「怪しいと感じたらすぐに魔法を使います。距離を取ってください」
「はい」
兵士は緊張した様子で返事をした。
長い棒で兵士が木を叩くと鈍い音が響く。叩いた衝撃で上から雪が落ちてくるが、その程度であれば問題がない。少し距離を取ればいいだけ。木を叩く理由は別にある。
木を叩く鈍い音が響き続け、9本目の木を叩いたところで軽い音が響く。次の瞬間、木の中からミシミシと音が響く。
兵士が大きく距離をとったのを見て、魔法を使う。
『切断』
兵士に切れた木が当たらないように斜めに木を切る。
木はバキバキと大きな音を立てながらオレがいる方向とは逆に倒れていく。大きな木が倒れたことで地面が揺れる。オレは注意深く倒れた木や周囲の木を見る。特に今倒れた木が触った木を注意して観察する。
「蟲が現れる様子はないか?」
「はい」
大きく息を吐く。
オレとともに木を叩いていた兵士も大きく息を吐いた。
切った木を覗き込むと、頭部が切断された蟲が死骸となっている。
「ちょうど切った部分にカミキリムシがいたか」
「そのようです」
「春になると外に出てくるんだったか」
「はい。カミキリムシの幼虫は木の幹を喰らい尽くしているため、出てきた時に巣として選んだ木が折れます。春前はちょっとした衝撃でも外に出てくることがあるため、気づかないうちに木を叩いてしまい、カミキリムシが出てきたなんて話があるようです」
「そして、カミキリムシが出てきた後、自分の方に木が倒れてくるか」
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