第29話 転写眼
ひどく喉が渇いて目が覚めた。
「ここは……?」
知らない部屋で寝ており戸惑う。
周りを見渡していて思い出した、昨日はアンナ様と話した後移動したのだったな。
改めて周囲を見回すと、小さな机の上に水差しとコップが用意されている。水差しからからコップに水を注ぎ、水を飲んで喉を潤す。
「ふう」
喉が潤ったことで、気持ち悪さは無くなっていることに気づく。最後の砦とする建物だからか窓が小さく光の入りが悪いが、外は明るくなっているようだ。転写眼が発動してから半日以上時間が経っているのか。
心配されているだろうし、顔を見せたほうがいいだろう。調子も問題ないようなので部屋を出る。
部屋を出て周りを見渡すが、見覚えが一切ない。一度起きてアンナ様と会話したのは覚えているが、うっすら話した内容を覚えているだ。
というか、今更だがなんでアンナ様だけいたんだ?
しばらく考えてみたが、分からない。
とりあえず廊下を適当に歩いていく。するとアルミンが反対から歩いてきた。
「ゲオルク兄さん、もう起きて問題ないの?」
「ああ、もう問題ない」
「良かった。皆心配してたよ」
「すまない」
アルミンに記憶が飛んでいると、説明して皆がいる場所まで案内してもらう。
「聞いてはいたけど、本当に使い勝手が悪いね。初めてみたから僕も焦ったよ」
「オレも魔眼を使うと思っていなかったから、焦ったよ」
「確かに」
オレはアンナ様がドリアードの知識を聞きに村まできたのだと思っていたが、実際は魔眼を頼りにしていたようだ。最初から認識が違っていた。
少々認識のすり合わせが不足していたようだ。
アルミンが、案内してくれた部屋は会議室にも見えるが大きな食堂にも見える。十人以上座れそうな大きな机があって、多くの椅子が並んでいる。その机の一番奥の席でアンナ様が書類を広げていた。
「アンナ様」
オレが声をかけるとアンナ様が書類から目を離してこちらを見た。そして、椅子から立ち上がって、こちらまで近づいてきた。
「ゲオルク、体調は問題ありませんか?」
「はい」
「良かった」
アンナ様はオレを気遣い心配そうな表情から、安堵したかのように軽く笑顔となった。随分と心配をかけてしまったようで、また心配させるような記憶が飛び気味だというのは話しづらい。
迷っているとアンナ様から話しかけてきた。
「ゲオルクの魔眼について詳しく聞いても構いませんか?」
「もちろんです」
「それでは食事をしながら話をしましょう。一日近く何も食べていませんからね」
「そういえばそうですね」
昨日最後に食事をしたのは昼頃で、それも騎乗しての食事だったので軽くしか食べてはいない。
用意された食事をとりながらアンナ様と話しをする。
「ゲオルクの魔眼が常に発動していると聞きましたが、自分の意思で止められないのですか?」
「眼帯をつけて魔眼を使えなくする方法以外にはありません。それに、他人の魔眼を見たことが二十九年生きて今回で二回目。ヴェリに会ったのは二年前で、転生者と会う確率はそう高くはないため、今までは問題にしてきませんでした」
アンナ様も初めて会った時、フィーレハーフェンに転生者がいることに驚いていた。そもそもが、転生者は滅多に出会うものではないのだ。
この場に三人もの転生者が集まっていることの方が異常といえる。
「警戒する方が無駄ですか」
「はい。それに一度転写がされれば、以降は魔眼が使えるようになります。半日ほど倒れることになりますが、以降は利益の方が大きい」
「魔眼に能力は一つ。ですがゲオルクの魔眼は複数の能力が使えるのですね」
「そうです。問題があるとすれば、転写した魔眼については能力の使い方が一切わからないということでしょうか」
「わからないのですか?」
「教わらない限りは使いこなせません。魔法眼についてもヴェリから直接指導してもらっています」
能力が増えた実感はあるのだが、どうやって能力を使うのかはわからない。魔法眼を覚えた時は使い方が分からず、ヴェリから教わって必死に覚えた。何せ内戦が目前で、覚えないと生死に関わる状況だった。
「ということは、モニカに魔眼の使い方を教わる必要がありますね」
「教えてもらえると嬉しいのですが、ヴェリの時は先に交渉して魔眼を写し取ったので、今回は交渉する前に写し取ってしまいましたから教えてもらえるかわかりません」
「私の方からお願いしてみます」
「ありがとうございます」
魔眼の能力は強力。
勝手に写し取ったと知られたらいい感情は抱かないだろう。たとえ故意に転写していなかったとしてもだ。
「ところで、眼帯をつけていればゲオルクの魔眼が発動しないのであれば、何故眼帯していなかったのです?」
「ドリアードの知識を求めに村へ来たのだと思っていました」
「魔眼を頼りに行くとは伝えませんでしたか」
お互いに誤解があったことを理解したのか、アンナ様は納得したようだ。
アンナ様から伝達不足だったと謝られたが、気にすることはないと返しておいた。こちらもオレの転写眼がどのようなものかを事前に説明していない。それに、勝手にオレが勘違いをしだのだしな。
食事を食べきり、話も一段落したところでオレは一度席を外す。昨日は気持ち悪さから冷や汗をかいたようで、随分と気持ち悪かったからだ。水でも浴びてくることにする。
アルミンが井戸の場所を知っているというので、案内をしてくれる。
「つ、つめたいっ」
「まだ春だからね。お湯を用意して貰えば良かったのに」
「いけると思ったんだ」
アルミンが呆れた表情でオレをみている。昼間に近い時間なので比較的暖かいと思ったが、井戸の水が冷たいため思った以上に寒かった。
凍え死ぬほどではないが、やはり寒い。
「風邪ひかないでよ?」
「この程度なら問題ないと言いたいが、魔法で温めるか」
最初から魔法を使えば良かったと思いながら、水を温めてお湯をかぶる。何回かやるとさっぱりとした。しっかり洗うのはサウナに入った時でいいだろう。
「ゲオルク兄さん」
「なんだ?」
「伯爵閣下との距離近くない? 昨日ゲオルク兄さんが倒れて一番動揺してたの伯爵閣下だったよ。看病までしていたし」
起きた時にアンナ様がいたのは看病のためだったのか。
しかし、アルミンに指摘されるほどか。オレもちょっと自覚はある。
そもそも今の所はアンナ様の侍女であるイナから静止される様子がない。それどころか配置される場所がアンナ様の近く、距離を取るのも変というか、亡命計画に支障が出るだろう。
人柄的にいうと、アンナ様は綺麗で性格も良く気が合う。しかし、ヴァイスベルゲン王国どころかこの世界は階級社会で、オレは平民どころか転生者、アンナ様は亡命予定とはいえ伯爵。対応に困るのだよな。
「やはりそうか。どうすればいいと思う?」
「聞いといてなんだけど、僕もどうすればいいか思いつかない」
「そうだよな」
転生者のオレ以上にアルミンは階級社会について理解しているだろう。なので、アルミンがアンナ様へ向ける視線は同じ人間だと認識していない気がする。
最初はアルミンと同じように相手は貴族だと意識していたのだが、旅の最中でアンナ様を呼び捨てにしたことや、宿屋で色気があって美人であると感じてしまってから、同じ人であると認識してしまった。以降、徐々に距離感が近づいていっているのは自覚していた。
近づけば近づくほど、ろくな結果にならないのは分かっているのだがな。
「ゲオルク兄さんが分かってるならいいよ。気付かないうちに思い合っていたらまずいと思ったから聞いただけ」
「いや、アルミンに言われてきちんと認識できた。ありがとう」
「それならいいけど」
「不味そうだったらまた忠告してほしい」
「分かった」
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