第28話 三人目の転生者

 リウドルフに案内されて入った室内は外の見た目同様に、堅牢な作りとなっている。奥行きがかなりあり、部屋の数も多そうだ。村を襲われた際、村人を集めて最後の砦とするためだろう。


 リウドルフはたくさんある部屋の中の一部屋に案内してくれた。その部屋は少々高そうな調度品が揃っており、人を出迎えるための部屋なのだとわかる。

 リウドルフから椅子に座ることを勧められ、オレたちはソファーに座る。リウドルフは飲み物を取ってくると、また部屋を出ていった。


 リンドルフが持ってきたお茶を飲んでいると、イナが少女を連れて戻ってきた。少女はリンドルフと同じ灰色の髪を伸ばしており、雰囲気がとてもよく似ている。

 右目は茶色の普通の虹彩。そして左目は、銀色の虹彩に緑色の星がちりばめられたように煌めき、炎のように揺れている。

 魔眼だ。

 彼女がモニカなのだろう。


「アンナ様、お連れいたしました」

「イナ、ありがとう」


 イナが深々と頭を下げている。


「モニカ、久しぶりね」

「アンナ、久しぶり」

「元気にしていた?」

「うん」


 モニカはアンナ様と気安く会話をしている。アンナ様もその対応を許しているようだ。

 しかしモニカは少女と言っても十歳以下には見えず、十二、三歳程度には身長がありそうに見えるのだがな。その程度の年齢であればもう少し常識がありそうだが、農村の教養だと普通かもしれない。それに、転生者は前世の記憶があるため特殊ではある。ヴェリも常識の違いには戸惑っているようだし。


「今日はモニカに二人を紹介しにきたのと、お願いがあってきました」


 甜菜についての話を始めたら名乗る暇がなくなりそうだと、オレは先に名乗ることにする。


「ゲオルクと申します」

「ヴェリです」

「モニカ」


 モニカは短く名乗っただけだったが、こちらを警戒している様子はない。むしろのんびりとした雰囲気で、とてもくつろいで見える。アンナ様との会話も短かったので、単純にあまり喋らないのかもしれない。


「ゲオルク、ヴェリ。モニカはあまり口数は多くないの。二人に何か思うところがあるようには見受けられません」

「承知いたしました」


 やはり予想通りのようだ。

 何も言わないヴェリを見ると、不思議そうにこちらを見返してきた。


「ドリアードの転生者だし、普通だと思う」

「そうなのか?」

「うん。ドリアードは長生きな上に、移動もほとんどしないから」


 前世であるドリアードの生体もありそうだが、今世の親であるリウドルフの雰囲気ものんびりしているように見える。どちらの性質も合わさっているのかもしれない。


「前世の癖か」

「ボクも前世の癖は残ってるし」

「ヴェリとはまた違うが、オレも癖は残っているな」


 人から人へと転生したオレは二人とは違うが、それでも癖は残っている。生き方だとか、道徳観はそう簡単に消せるものではない。


「アンナ様、お聞きになられた通りわたくしとヴェリは問題ありません」

「二人が問題ないのなら良かったです」


 オレたちがモニカについて会話していても、モニカは定まらない視線でどこか虚空を見つめている。会話をふれば普通に返事はするので、人が嫌いだとかそういう感じではないのだろう。


「モニカ、新しい作物を村で育てられるか調べて欲しいのです」

「ん」


 モニカは短く返事をすると手を差し出した。


「イナ、モニカに種子を」

「はい」


 イナが種子を袋から取り出して、モニカの手の上にのせた。モニカはその種子をよく見ようとしたのか、顔に近づけていく。

 オレはどのような作物なのかを説明しようとする。

 次の瞬間、モニカの魔眼がうっすらと輝き、魔眼が発動したのがわかった。咄嗟に顔を背けようとしたが、すでにオレの転写眼は発動してしまっている。


「あああ!!」


 左目からぐるりと体が裏返るような感覚を覚え、目が回っていく。とんでもなく気持ちが悪い。気持ち悪いと言っても吐くような気持ち悪さではなく、急にもう一本の目が生えてきたような意味がわからない気持ち悪さだ。


「ゲオルクどうしたのです!」


 アンナ様が心配している声が聞こえる。

 説明をしたいがそんな余裕はない。


「ヴェリ……オレの……魔眼」


 転写眼が発動した時どうなるか知っているのはヴェリだけだ。アルミンにも説明はしたが、実際どうなるかを知っているわけではない。


「ゲオルクの魔眼? モニカ、もしかして魔眼を発動した?」

「うん。使った」

「だったらゲオルクの転写眼が発動したんだと思う。ゲオルクの転写眼は他人の魔眼を見ると勝手に転写するらしくて、転写眼が発動するととても気持ち悪いって聞いた」


 オレの状況をヴェリが察してくれたようで助かった。


「前回は半日ほど気持ち悪そうにしてた。同じくらい動けなくなるんじゃないかな」

「ヴェリ、ゲオルクの命は問題がないのですか?」

「えっと、多分? 魔眼の使い方は感覚的に分かるんだけど、ボクの魔法眼は使いすぎたからといって死ぬようなものじゃないから、ゲオルクの魔眼も似たようなものだと思う」


 転写眼について話したいが、気持ち悪すぎて話す余裕もない。


「ということは、回復を待つしかなさそうですね」

「移動させるのも難しいと思うし、今は横にした方がいいと思う」

「座っているソファーに横にしましょう。ヴェリ、アルミン手伝ってください」


 会話は聞こえている。しかし、立っているのか、座っているのか、横になっているのか分からない。

 今オレはどんな状態になっているのだろうか。


「ゲオルク、休んでください」


 言葉を発するのは厳しいため、頷いたつもりだが思った通りに体が動いたか分からない。まともに思考ができなくなってきており、今は寝てしまうことにする。




 目を開けると薄暗くなっていることに気づく。

 一体何時間寝たのだろうか? むしろ寝たというよりも、気絶したと言った方が近い気がする。転写眼は使い勝手が悪すぎで嫌になる。

 起きあがろうとすると、体に毛布がかけられていることに気づく。


「うっ……まだ気持ち悪いな」


 気持ち悪さから時間はそう立っていなさそうだと理解する。転写した魔眼によっては時間が伸びる可能性もあるが、前回と同様であればまだ数時間しか経っていないはずだ。


「ゲオルク?」


 オレの名前を呼ぶ声が聞こえたのでそちらを向くと、アンナ様がソファーに座っていた。


「大丈夫ですか?」

「まだ気持ち悪いですが、だいぶ落ち着きました」

「良かった」


 アンナ様が置かれていた水差しから水をコップに汲んで渡してくれた。

 一口飲むと落ち着いてくる。


「ひとつ聞きたいのですが、ゲオルクの魔眼は命に関わるのですか?」

「よく分からないのです」

「よく分からない?」

「ええ、魔眼は転生者としての記憶を取り戻すと同時に使い方を理解します。しかし、使うと気持ち悪くなるとは知りませんでした。なので、使うと死ぬかなどとはまではわかりません」


 ヴェリに聞いたところ魔眼についての理解は似たような物らしい。ヴェリは前世の妖精時代から魔法を使っていたようなので、魔眼に目覚めた後は簡単に使えたようだが。


「ゲオルク、魔眼を使わないほうが良いのではないですか?」

「使わないようにするのは不可能に近いのです。何しろ発動している魔眼を見たら転写してしまうのですから」

「それは……」


 オレの魔眼は任意で発動するものではなく、常に発動しているものだ。発動しているからといって魔力を消費するわけでもないのだが、融通が利かないのも事実。


「魔眼を転写できるのは強力です。反動があるのは仕方がないことだと諦めています」


 視線や言葉からアンナ様が心配してくれているのがわかる。しかし、転写しないように魔眼を隠せば使えなくなる。不便な魔眼だ。


「顔色がまた悪くなってきました。無理に聞いてしまいましたか、詳しくは明日話しましょう」

「はい」


 アンナ様が心配している、用意された寝室に入って寝てしまう。

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