第26話 砂糖の珍しさ

 アンナ様がアルミンから、ヴェリに視線を移した。


「ヴェリ、無理な呼びかけに応じてくれ感謝いたします」

「えっと、あの、ボクにも嬉しい提案だったので……。すみません喋り方が分からなくて」

「言葉に関しては気にする必要ありませんよ」


 オレには喋り方が分からないと言うより、ヴェリは戸惑っているようにも見える。


「あの、ありがとうございます」

「どういうことでしょう?」

「ボクの魔眼を見ても嫌そうな顔をしないので嬉しかった」


 オレも嫌悪する視線を見分けられるが、ヴェリの方が視線に敏感のように感じる。ヴェリには味方らしい味方がいなかったらしく、オレ以上に大変な中育ったようだ。

 そんなヴェリがお礼を言ったのは、アンナ様にそのような視線がなかったかだろう。


「話が通じる相手に嫌そうな顔はしませんよ。ですが、城主として先に謝っておく必要がありますね。城の中にも読み書きができず平民ではよく聞く話を信じる者もいます。不快な思いをさせてしまったら申し訳ありません」

「それが普通だったので、問題ないです。むしろ普通に見てくれる人が多くて嬉しいです」


 ヴェリ同様、オレもアンナ様のそばは過ごしやすいと思っている。

 嫌そうな顔をされる程度なら、何ら問題ない。


「そうですか……。問題があれば誰にでも構いませんので、すぐに言ってください」

「ありがとうございます」


 ヴェリは笑顔でお礼を言っている。

 エマヌエルと先にあったのが良かったのか、アンナ様への警戒は最初からしなかったようだ。

 アンナ様への言葉遣いは平民だと許される範囲だと思う。今は、家臣たちへのヴェリへの心証が悪くならないのであれば良かった。


「ゲオルク、開拓したという場所から、全て持ってきたのですか?」

「はい。砂糖と種子を全て持ち出しました」


 持ち込んだ砂糖と種子を見てもらう。ワゴンに乗せていた砂糖をソファーの前にある机に置く。執務机は書類が広がっていた上に、執務机に乗せるには袋があまり綺麗ではなかった。

 アンナ様は執務机から、ソファーへと移動した。


「これ全てが砂糖ですか」

「はい」


 砂糖は三十キロ以上あるのではないだろうか。

 まだ足りないと考え、同量以上作れないかと三人で考えていた。砂糖の量的に、今年亡命する予定ではなく、数年かける予定ではあった。


「ヴァイスベルゲン王国では、手に入れるのも大変な量ですね」

「砂糖はそんなに手に入らないのですか?」


 王都で砂糖を見せた時も驚かれたが、貴族であれば砂糖はそこまで手に入れにくいものではなさそうなのに。


「南方で作られる砂糖は北方に来るほど高価になります。そもそも、ヴァイスベルゲン王国は交易の通過点、全ての荷を売る商人は少ないのです。ヴァイスベルゲン王国むけの商人もいますが主に穀物を扱います」


 食料自給率が輸入頼みのところがあると言っていたな。

 ヴァイスベルゲン王国の主要農作物は麦だ。国は寒冷地で麦は育ちにくく、尚且つ農地に向く土地が少ないという絶望的な立地。何でこんな場所を開拓したのか不思議に思うほど。

 せめてジャガイモなどの寒冷地でも育ちやすい作物があればいいのだが、今のところそのような作物が売っているところを見たことがない。存在していないのか、それともまだ発見されていないのか。

 そんなわけで、ヴァイスベルゲン王国は人が住むのに向いている土地とはいえない。それゆえに、貴族であっても嗜好品を楽しむ余裕はそうないのか。

 思った以上に砂糖の価値は高かったようだ。


「貴族ですら砂糖を手に入れるのが難しいと知っていれば、もっと別の方法を取れたかもしれませんか」

「そうですね。国が安定していた時であれば、国を出るための許可証を手に入れられたかもしれません」

「そこまで……。しかし、知るのが遅すぎたようです」


 貴族は転生者を嫌悪しないと知ったのも最近。ヴェリも以前に言っていたが、頼る相手を間違えていたようだ。


「お互い気づくのが遅すぎました」

「はい」


 アンナ様との出会いがもっと早ければ、お互いもっと違う結果になったかもしれない。それでも国が荒れるのは避けられなかった気もする。


「ところでゲオルク、砂糖は一年でどの程度作っていたのです?」

「半分以上が去年作った分になります」

「一年でこれほどの量を」


 試行錯誤と年々作業に慣れてきているのもあって、徐々に生産できる量が増えている。問題があったとすれば、土地的に開拓された範囲が狭かったことだ。今のままでは一年に作れる量は上限が見えてきていた。


「三人での作業でしたので、人と土地が増えれば効率も上がるかと」

「作るべき土地は決めました」

「思った以上に早いですね?」


 急ぎとはいえ、もっと選定に時間がかかるのだと思っていた。


「候補はいくつかありましたが、実際は一つの候補地を選ぶしかありませんでした」

「どういうことかお尋ねしても?」

「ゲオルクに以前、転生者を紹介すると話しましたね。転生者であるモニカが住んでいる開拓された農村、ヴァッサーシュネッケ村で育てるのが一番いいという結果になりました」


 モニカというのは、ドリアードの転生者だったか。

 農村ということは育てる分には問題ないだろう。しかし、開拓された場所というのが森に近そうだと気になる。


「森に近くはないのですか?」

「近くはあります」

「危なくはありませんか?」

「もちろん危なくはあります。しかし、カムアイス領ではどこでも危険だと判断しました」

「確かに安全と言い切れる場所はありませんか」

「はい」


 王都周辺のように平地が続いていればまだ安心できるが、カムアイス領は作物を育てられる平地がほぼない。一番平地と思われるのが、ハーゼプラトーなのだし。

 本当に厄介な土地だ。


「ヴァッサーシュネッケ村は開拓地でも成功した農村です。その先に開拓予定地はありますが、農村はありません。しかも、リラヴィーゼ帝国に一番近い最後の村です」


 先に農村がないということは、行き止まりになっているのだろう。情報を遮断するには最適。しかもリラヴィーゼ帝国に一番近いということは、ヴァイスベルクの麓に村があるのだろう。

 麓にある森の中を調べる拠点にもなるということか。

 確かに候補としては最適解だな。


「あとは作物が育つかどうかですか」

「そうです。準備が出来次第モニカを訪ねます」

「分かりました」


 急ぎ向かうことになるだろうな。

 オレの準備は種子を持っていくだけだな。

 そういえば、種子も見せておいた方が良いだろう。袋から米粒とそう変わらない大きさの種子を取り出す。成長すると根が一キロほどの大きさになるが、種子自体は小さい。

 アンナ様に種子を見せる。


「思った以上に小さいですね」

「育つとかなり大きくなります」

「大きく育つのであれば効率は良さそうです」


 実際かなり効率はいいのだと思う。

 味もよかったら作物として食べられていたのではないだろうか。独特の土臭さがあって不味くはあるが、食べられないほどではない。なので、実際食べている地域はありそうだ。


「育った作物から砂糖を作るには、水から煮出して煮詰める必要があります。煮詰めるために大量の薪が必要ですが、カムアイス領であれば薪に困ることはないでしょう」

「冬の間は暖炉の火を消すことはありませんからね」


 絶対に消さないわけではないが、基本的に火は絶やさないようにする。たまに、火を消えてしまったのか、家の中で凍死したという話を聞く。凍死は寒さに耐えられるほどの服や薪を持っていない人に多い。


 冬の間は準備さえしっかりしていれば、基本やることもない。冬籠の間に砂糖を作るわけだ。


「分かりました。準備が出来次第、種子を持ってモニカの元に向かいます」

「承知いたしました」


 アンナ様の邪魔しないようにオレたちは話が終わったところで退出する。

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