第25話 再び城へ
ヴェリが納得したところで夕方を過ぎてしまう。
小さい家で四人泊まるのは大変だが、フィーレハーフェンまで戻るのも無理だと今日は開拓した土地で一泊することに。
昨日はまだアルミンの家だったが、今日は素人が作ったボロ屋。馬屋もあるが四頭も入れると流石に狭そうだった。
というか、家というには粗末な建物にエマヌエルを泊めるのは流石に申し訳なくなる。
「狭い場所で申し訳ない」
「いえ、お気になさらず。開拓する時などはもっとひどい状態ですので、安全を確保されているだけで十分です」
「エマヌエルも開拓に同行していたのですか?」
「はい。先代伯爵テオバルト様や、アンナ様の兄君であるディルク様と共に同行しておりました」
エマヌエルは家臣の中でも地位が高いだろうとは分かっていたが、出てくる立場の人が全て伯爵家でも重要そうな人の名前ばかり出てくる。
アンナ様もエマヌエルを頼りにしているようだし、カムアイス伯爵家を裏で支えている人のようだ。
「さて、ヴェリ様。今のうちに戸籍を作ってしまいましょう」
「戸籍?」
「はい。私がいるので問題ありませんが、戸籍があれば好きにカムアイス領を移動できます」
「あの、それっていいのですか?」
「アンナ様の許可はいただいております」
ヴェリは戸惑いながらもエマヌエルの質問に答えていく。
その間にオレは、アルミンの家から持ってきた食材で簡単な夕食を作る。
夕食を食べながらも、エマヌエルはヴェリの警戒を解こうとするように喋りかけている。そのおかげかヴェリの警戒が徐々に薄れていった。
起きると荷物をまとめていく。
最近亡命の準備をするため整理していたので、多少は片付けが楽ではある。しかし、十年近く前から甜菜を育てたり、砂糖の試作をしていたので物が多い。
もう一度取りに戻るのも大変だと、全体的なものの量は多くないので全てを運び出してしまうことにした。四人で三回往復したところで荷物は無くなった。
「ゲオルク兄さん、積み終わった?」
「ああ。家の中は空だと確認した。最悪、種子と砂糖があれば問題ない」
「種子と砂糖は積んだよ」
馬を馬車に繋げて、ハーゼプラトーへと向かう。
今日中にハーゼプラトーまで行けるかは怪しいため、間に合わない場合は途中で宿に泊まる予定だ。
馬車にはアルミンとエマヌエル。オレとヴェリは騎乗している。
オレとヴェリは魔法眼を使えば遠距離での攻撃ができるため、この体制が一番安定している。
「ヴェリ、調子はどうだ?」
「ボクは問題なし。ドゥンケルも調子はいいみたいだ」
「それは良かった」
ドゥンケルはヴェリの馬で牡馬。
青毛で黒馬の姿をしており、オレのヘルプストと同様に内戦時に拾ってきた馬だ。ドゥンケルは見た目がかっこいい馬で、ヴェリが目を輝かしていたので譲ったという思い出話がある。気に入っているなら練習に身が入るだろうと考えた。
実際、ヴェリはドゥンケルに乗るため、必死に乗馬を訓練して乗れるようになった。結果的に譲ったのは正解だったわけだ。
「それじゃハーゼプラトーまで急ごう」
「うん」
馬車に合わせる必要があるが、軍馬に引かれた馬車は荷物を乗せても速度は思った以上に出ている。
ギリギリ日没までに間に合うかもしれない。
夕陽がもうすぐ落ちるというところまで来たところで、オレたちはハーゼプラトーにたどり着く。
「宿泊するか迷いましたが、間に合ったようですね」
「最悪魔法で光を出す予定でしたが、間に合って良かった」
ギリギリの到着予定に皆で迷ったが、結局はハーゼプラトーまで行くことにした。持ち出した砂糖の量が多く、下手な場所に泊まるのが怖いと考えた。伯爵の家臣であるエマヌエルもいるため、問題はないと思ったが先を急いだ。
オレたちは城壁の門を通り、そのまま城へと向かう。
城門を通過した後、アルミンとヴェリが周囲を見回している。アルミンはハーゼプラトーにまで連れてきたことがあるが、当然城には入ったことがない。ヴェリはそもそも街に出れなかった。
二人のことを見ているオレも、城の敷地中に入ったのは三日前が初めてだったしな。
城の前までくると、侍女や執事が城内から出てきてすぐに対応してくれた。
オレたちは馬を預けて、砂糖と種子だけ城内へと持ち込む。
「エマヌエル。どこに運ぶ予定ですか?」
「一度アンナ様にお見せいたします」
「確かに砂糖は見せた方が良さそうです」
とはいっても直接アンナ様の元に行くわけにもいかない。
エマヌエルが指示を出すと、侍女がどこかに行った。オレたちは迎えが来るのを待つ。
「エマヌエルおじさま」
「イナ」
そういえば、エマヌエルはイナの叔父だったな。
イナは食事を運ぶためのワゴンを引いている。
「皆様をアンナ様の元にご案内いたします」
イナがお辞儀をしながらそういった。
アンナ様からの迎えはイナだったようだ。
「申し訳ありませんが、お荷物はワゴンに乗せて運ばせていただきます」
イナが持ってきたワゴンに砂糖や種子を乗せていく。本来このような用途で使う道具ではないのだろうが、他に方法がなかったのだろう。
イナが引くには重すぎるため、オレたちがワゴンを引く。
イナを先頭に、城内を歩き出す。
「こんなにも魔道具がいっぱいあるなんてすごい」
アルミンが城内に設置されている魔道具を見て感嘆している。
王都の屋敷もそうだったが、ハーゼプラトーの城内にも多くの魔道具が設置されている。わかりやすいもので言うと、光を発生させるための魔道具が一眼で理解できる。
王都の屋敷にも光を発生させる魔道具はあったが、窓ガラス同様に売り払われた。なので屋敷は一層暗くなったわけだ。
「そういえばアルミン、アンナ様が魔導書を見せてくれると言っていたぞ」
「本当に!?」
「ああ。お土産の話をした時にそう言っていた」
「っ!」
言葉にならないほど感激しているようだ。
魔術書は魔術師の技術を記した貴重な書籍。魔術師の死後流出することがある程度で普通は出回らない。以前に偶然手に入れたことがあり、アルミンに贈ったらとても喜ばれた。
アルミンがどんな魔術書があるのかと興奮している中、イナが両開きの大きな扉の前で止まった。そして扉を叩いた。
「アンナ様、皆様をお連れいたしました」
「お入りなさい」
入室を許可した声はアンナ様ではなく、歳をとった女性の声に聞こえた。
しっかりと覚えていないが、イルゼの声に似ていた気がする。
イナが扉を開け、扉の脇に下がった。
エマヌエルを先頭に部屋の中にはいていく。部屋は王都の執務室を大きくしたような見た目で、部屋の両脇に本棚があり、中央奥には大きな執務机がある。机の前には一対のソファーが置いてあり、間には低めの机が用意されている。
大きな執務机にアンナ様がいた。その後ろにはイルゼが控えている。
「ゲオルク、エマヌエル。ご苦労様です」
オレはアンナ様に頭を下げて労いに応じる。
「初めての人もおりますね。私はアンナ・フォン・カムアイス。まだ伯爵を名乗っています」
少々自虐的な自己紹介をアンナ様がした。
「アルミンと申します」
「ヴェリと言います」
「アルミン、ヴェリ。二人とも私の呼びかけに応じてくれ感謝いたします」
アンナ様にアルミンはそつなく礼をして、ヴェリはぎこちなくも礼をした。年齢差と経験の差だろうか。ヴェリには前世があるが、元は妖精だったらしいから人間の常識はない。
「アルミン、今更ですが船は申し訳ありません」
「いえ、壊れるのは織り込み済みでした。むしろ無事渡り切れたこと安堵いたしました」
「ええ、船のおかげで生きて王都に向かえました。感謝しております」
アルミンが深々と礼をしている。
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