第24話 二人目の転生者

 朝早くからヴェリの元に向かうため準備を始める。

 オレは馬車ではなく、ヘルプストに乗って向かうことにした。

 馬車にはアルミンとエマヌエルが乗る。


 昨日からアルミンは軍馬の名前に悩んでいるようだ。もらってきた馬はアルミンへのお土産と考えていたので、名前をつけずにいた。


「コメートなんてどうだろう?」

「いいんじゃないか?」

「うん。コメートにするよ」


 名前が決まったようだ。

 アルミンの馬となったコメートは牝馬で、鹿毛で体は赤褐色、四肢が黒くなっている。軍馬として調教されており、こちらの指示にはしっかり従う。

 今日もコメートは馬車を引くので、もう一頭の軍馬と一緒に馬車に繋がれている。


 馬車の準備ができたところでオレたちはフィーレハーフェンを出る。

 オレが開拓した場所は船から行く場合は数時間で到達できるのだが、陸地から行く場合は遠回りをする必要がある。当然濁流の川を移動することはできず、陸路での移動をすることに。


 ハーゼプラトーからフィーレハーフェンに来た時とは別の街道を使って移動する。

 陸路で行くのは面倒なため、普段は川が落ち着いた時を狙って移動したりしていた。川が荒れる時期に行くことは滅多になかった。

 しかし、ヴェリをカムアイス領に連れ帰って以降、開拓した場所で過ごすことが増えている。ヴェリが本来領を越える許可がないためだ。

 内戦のどさくさに紛れてオレはヴェリをカムアイス領内に連れ込んでいる。連れ込んだオレが責任をとって、面倒を見ていたわけだ。


「エマヌエル、ヴェリの件ですがよろしくお願いします」

「承知しております」


 ヴェリのことはアンナ様にも相談済みで、カムアイスにもヴェリの戸籍を作ってしまうことになっている。ヴェリの戸籍が二つできることになるが、元の戸籍は内戦から帰ってきてないことで、死亡判定されて戸籍が処分されている可能性が高い。

 どちらにせよ、ヴェリも亡命することを前提にしているので、今身元を確認されて捕まらなければいいという判断だ。


「ゲオルク兄さん、どういうこと?」

「ヴェリの戸籍を新しく作る。隠れて住む必要がなくなるわけだ」

「それは良かった。だけど戸籍を作るって力技だね」

「そうだな。だが一番確実な方法だ」

「普通はできないやり方だよね」


 アンナ様が味方だからこそできることだ。

 川を渡る報酬を聞かれた時、ヴェリのことを頼もうとも一瞬思ってはいた。しかし、アンナ様との関係がない状態で頼めるようなことではなかった。


「そういえば、ヴェリに会いに行ったのか?」

「うん。一緒にフィーレハーフェンに行けば良かったと言っていたよ」

「確かにヴェリがいれば、もっと楽に川を渡れたな」


 魔法眼を持っていたのはヴェリで、オレはヴェリに魔法眼の使い方を習っているに過ぎない。当然ヴェリの方が魔法眼の使い方を熟知している。

 アルミンと時々喋りながらも、ヘルプストと馬車は結構な速度で進んでいく。


 早朝に出たからか、昼過ぎには開拓地に一番近い場所にたどり着いた。

 ここからは森の中を移動することになる。

 馬車に繋いでいた馬を外して、荷台に積んでいた馬具を取り付ける。馬車を森の中に入れるのは無理なので、騎乗して向かう。


「エマヌエル、忌避剤を撒いていますが、それでもたまに蟲が出ますので注意してください」

「承知いたしました」


 オレ、エマヌエル、アルミンと、エマヌエルを挟んで森の中を駆け抜ける。

 四半時駆け抜けると、少し小高い場所に畑と小さな家が見えてくる。オレが開拓した場所だ。開拓したと言っても多少木を切った程度で、元々開けた場所になっていたのだが。


「いい場所です」

「ありがとうございます」

「村を作るのにもいい場所ではありますが、今はそんなことを言ってられません」


 確かにエマヌエルの言う通り村を作るには良さそうな場所だ。少々川が近すぎるのだが、小高くなっているので氾濫したところで水没することもそうないだろう。

 欠点にもなる川が近いというのも、フィーレハーフェンのような港に最適な場所だ。少々フィーレハーフェンに近すぎるため、開拓する重要性は低そうだが。


「ゲオルク?」


 馬の走る音で気づいたのか、ヴェリが家の中から出てきた。

 十八歳のヴェリは二十五歳のアルミンより年下だ。


「ヴェリ、久しぶり」

「久しぶり」


 ヴェリは灰色の髪をしており、オレと同じように魔眼を隠す目的で髪を伸ばしている。今は髪を縛っているので、魔眼が表に出されている。右目は普通の黒目だが、左目は銀色の虹彩に赤い星がちりばめられたように煌めき、炎のようにゆらめいている。


 ヴェリに会ってから知ったが、魔眼は人によって虹彩の色は若干違いがあるようだ。オレの場合は金色の虹彩に星々を思わせるような煌めき、炎のようにゆらめいている。

 星々のように煌めき、炎のようにゆらめくのが魔眼の特徴らしい。


「ところでそっちの人は?」

「ああ、紹介する。エマヌエルだ」

「エマヌエルと申します」

「ヴェリです」


 ヴェリがエマヌエルを警戒しているのがわかる。それと同時に、なぜ連れてきたのかと不思議そうな顔をオレに向けている。

 エマヌエルも警戒されているのが分かっているのか、アンナ様の配下だとは名乗らなかった。

 エマヌエルは細かいところまで気配りができる人だとオレは思っており、予想はおそらく外れていないだろう。


「ヴェリ、オレが眼帯をしていないのを見ればわかると思うが、エマヌエルは転生者だからと嫌悪しない」

「確かにしていない。だけど連れてきたのはなぜ?」

「それについては今から話す。長くなるが勘弁してくれ」

「問題ないよ」


 ヴェリは警戒を解くことはなかったが、オレの話を聞くことを同意してくれた。オレもそうだったが、転生者へのあたりは強い。ヴェリが警戒するのは当然だ。


 川を渡った後の話から、王都で起きたことを順番に話していく。

 その間、ヴェリは我慢強くオレの話を最後まで聞いてくれた。


「人が増えることについては、安全を考えれば反対する理由はないよ」

「そうか。良かった」

「うん。だけど不思議なことがある。貴族は転生者を見てもボクたちを攻撃しないの?」

「少なくともアンナ様はしなかった」

「そうなのか……」


 ヴェリが衝撃を受けたような表情をしている。

 アルミンの祖父に拾われたオレと違って、ヴェリは今まで生きるのがかなり大変だったようだ。同じ転生者であるオレには心を開いてくれたが、最初はアルミンにすら随分と警戒していた。


 貴族全体かは分からないが、アンナ様が転生者を嫌悪しないのはなんとなく予想がついている。


「貴族が転生者を攻撃しないのは、きちんとした文献があるからではないかな? 一般的な農民は文字が読めないものも多い。本から知識を手に入れるのが無理で、人から人への口伝しか残らない。間違った情報や、古い情報のままなんだ」


 口伝は物事を伝えるには間違いが起こりやすい。

 書き記した知識の方が安定する。


「ゲオルク様のおっしゃる通り、一定以上の家は本から知識を手に入れており、転生者がどのような存在かを知っております。話が通じる転生者もいれば、同時に危険な転生者がいることも存じ上げております。」

「安全であれば口伝に残す必要はない。口伝で危険な転生者の話を残し、徐々に歪んでいってしまったのだと思う」


 もしくは転生者として区別がつかなかったか。

 なんにせよ転生者にとっては災難。


「ボクは頼る相手を間違えていたのか」

「オレも間違えていた。ヴェリと同じだ」

「納得はできたけど、理不尽だ」


 最初から領主である貴族を頼っていればもっと楽に過ごせたのだろう。しかし、そんなことを今更言っても、結局のところは結果論でしかない。

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