第22話 フィーレハーフェン
一階の部屋へと案内された。
部屋の中は王都の部屋と同じように、オレでも見てわかる高級な調度品が揃っている。
王都の時と同じように高そうな椅子に座るよう勧められる。再び旅で服が汚れているのだがなと思いながらも、皆そんなこと気にしないのだろう。諦めて勧められるままに座る。
「彼はゲオルクです。イナは会っているので知っていますね」
「はい。ゲオルク様、アンナ様を連れ帰ってくれ感謝しております」
イナから深々と頭を下げられた。
「アンナ様がわたくしを信じてくれたことがきっかけですし、王都まで無事送り届けることが依頼でしたから」
「感謝いたします」
再び深々と頭を下げられる。
「イルゼ、頼んでいた戸籍については?」
「すでに書き換えております」
戸籍から転生者という記述が消えたようだ。良かった。
これから帝国へと亡命するので、意味があるかは謎なところだが、面倒ごとに巻き込まれる可能性が少しでも減るのなら嬉しい。
「ゲオルク、イルゼは元侍女長で、引退していたのですが、伯爵となった私のために城で働いてくれています」
「イルゼと申します」
「ゲオルクです。よろしくお願いします」
引退後もアンナ様のために働いているのか。
呼び戻されたのか、戻ってきたのかはわからないが、アンナ様から相当信頼されているのだろうな。
「ゲオルク、早速計画について話しましょう」
「はい」
アンナ様が王から受けた仕打ちから始まり、グリュンヒューゲル帝国への亡命へと話を進める。亡命にはヴァイスベルクの麓にある森を抜けることと、抜ける方法を説明した。
オレとアンナ様の話を聞いている間、イルゼとイナは怒ったり、強張らせたりと表情がさまざまに変わる。
「それであのように軍馬を大量に買ってこられたのですか」
「ええ」
「しかし、よく資金が足りましたね? 伯爵家とはいえ、そこまでの資金は王都に置いていなかったはずです」
城の前に集まった馬を見ただけで、軍馬と一瞬で理解したのか。というか、イルゼは王都にある資金まで知っているようだ。
アンナ様がイルゼに戦場から盗まれた軍馬が、普通の馬として売っていると説明する。それと王都の治安が随分と悪化していると伝えた。イルゼは話を聞いて眉を寄せて不快そうな表情をした。
「国が随分と荒れております」
「ええ」
「アンナ様のこともそうですが、一体何がしたいのかわかりません」
「私もそう思っています。ですから、グリュンヒューゲル帝国へ亡命いたします」
「承知いたしました。イルゼ、アンナ様へのお力添えをいたします」
イルゼの賛成を聞いて、アンナ様は大きく息を吐いた。
なんとなく、城を実際に切り盛りしているのはイルゼなのではないかと予想できた。
オレの予想通りだとしたら、イルゼの賛成なしには亡命が難しいのだろう。そうだと考えるとハーゼプラトーに帰ってきて早々、オレを連れてきてまで最初に事情を説明をしたのがイルゼだったのは納得できる。
「何よりも砂糖の量産が重要ですね」
「ええ。農地の選定をしないといけません」
「それと種も必要です」
「それはゲオルクとエマヌエルに取りに行ってもらう計画です」
「それがよろしいかと存じ上げます」
イルゼを交えて話が進んでいく。
今話せることがなくなったところで、今日の話し合いは終わりとなった。
「ゲオルク様、本日は城内にお泊りください」
「フィーレハーフェンにすぐにでも向かおうと思っていたのですが」
「今からハーゼプラトーを出ますと、次の村で泊まることになります。本日はお泊りいただき、明日出立されるのがよろしいかと」
イルゼのいう通り、ハーゼプラトーについた時点で夕方近かった。今から向かうと確かに次の村に着く頃には暗くなっているだろう。忌避剤が撒かれた街道とはいえ、夜の街道は走りたいものではない。
イルゼの提案通りに、今日はお世話になることにする。
「わかりました。お世話になります」
「お部屋を用意いたします」
イルゼがイナに指示している。イナが部屋を用意してくれるようだ。
「ゲオルク様、改めましてアンナ様を無事連れ帰っていただき感謝いたします」
イルゼが深々とオレに頭を下げてきた。
すっかり皆の反応から忘れていたが、魔眼を出したままであり、転生者だということは知られているはず。なのに、イルゼもイナもオレに深々と頭を下げてくれる。
今世でここまでされたのは初めてかもしれない。グリュンヒューゲル帝国で期待していた対応が、ヴァイスベルゲン王国でされるとは思いもしなかった。そんな状況に、嬉しいと同時に戸惑いを感じてしまう。
翌日の早朝。
エマヌエルとともに大きめの荷馬車に軍馬をつなげる。
馬車を使用しないで馬に乗って移動しようと思っていたが、砂糖や種子のほかにも荷物もあるため馬車に切り替えた。移動速度を上げたいという考えもあって、二頭立ての馬車を準備してもらった。
馬車を置いて騎乗できるように引くのは軍馬だ。
一頭はもらった馬で、アルミンに渡す予定だ。
「ゲオルク様、参りましょう」
「はい」
二人で御者席に座る。
後ろの荷台に座っても良かったのだが、居心地がいいかと言われると荷馬車のため微妙。山道の多いヴァイスベルゲン王国の道はとても揺れるため、前方が見えた方が酔わない。なので二人で御者席に座ることに。
音を立てながら馬車が進む。
「ゲオルク様、本日中にフィーレハーフェンに向かうため少々揺れますがよろしいでしょうか?」
「わたくしのことはお気になさらず」
「承知いたしました」
ハーゼプラトーを出ると、馬車の速度が一気に上がる。
結構な速度で飛ばしているため、地面の穴や石で馬車が跳ねるように飛び上がる。
「ゲオルク様、私にはかしこまった喋り方は必要ありません」
「しかし……」
「平民であればゲオルク様のような喋り方は普通いたしません」
「やりすぎていましたか?」
「いえ、慣れていないのが若干わかる程度です」
「やはり慣れていないのはわかってしまいますか」
「ええ。ですが、慣れないのは致し方のないことかと」
実は普段の若干荒っぽい喋り方と、かしこまった喋り方どちらが自分かと言われると怪しい。普段はオレと言っているが、舐められないように言っているだけだったりする。
身を守るために、荒っぽい喋り方が慣れてしまった。
「わかりました。どちらにせよ友人の前では普段の喋り方になってしまいますので、気にしないでいただけたら嬉しいです」
「承知いたしました」
舌を噛みそうなので、会話もほどほどにする。
馬車を引いているのが軍馬だからか、想定より随分と早くフィーレハーフェンにたどり着いた。街道にはしっかりと忌避剤が撒かれているため、蟲が出ることもなく問題は起こらなかった。
しかし、王領の街道より、地方の貴族が収める領地の方が治安が良いというのはどうかと思う。
フィーレハーフェンは蟲を止める柵が木でできており、街の中も家は柵同様に木で作られている。そんな街中を馬車で進む。
オレはアルミンが住む家の前に馬車を停めた。
エマヌエルには馬車で待っていてもらう。
「アルミン!」
家の扉を勝手に開けて大声で呼びかける。
アルミンの家はフィーレハーフェンでも大きい方で、普通に呼んだ程度では聞こえないのだ。
「ゲオルク兄さん!?」
アルミンの声がした後、すぐに二階から降りてきた。アルミンは金髪の髪を紐で縛って一つにまとめている。何か作業していたのだろう。
若干童顔な顔に、光が入ると綺麗な碧眼の瞳がオレと交差する。弟のような存在のアルミンと再会して、自然に笑顔となる。
「ただいま、アルミン」
「おかえり、ゲオルク兄さん」
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