第21話 ハーゼプラトー
旅は問題がありつつも順調に進んだ。
問題の多くは、部屋は足りるが馬屋の数が足りないという問題が大半だ。他の旅人もいる中、いきなり百頭もの馬が現れれば当然そうなるのは理解できる。
どうしたかというと、兵士が交代で天幕を張り、馬を見張るという対応をとった。
馬屋の数が足りないという問題はありつつも、順調に街道を進み続け、カムアイス領に十日で入る。
伯爵の城がある街ハーゼプラトーまで、もう一日かかる予定ではあるが、旅は十一日と最短に近い時間で終わりそうだ。
「ゲオルク、申し訳ありませんが、ハーゼプラトーまで一緒に向かってください」
「もちろんです」
フィーレハーフェンまでの距離を考えると、ハーゼプラトーまで向かうと若干遠回りではある。しかし、今後のことを考えると一人で戻っても意味がないため、誰かを連れて一緒にフィーレハーフェンまで戻る必要があるだろう。
「アンナ様、誰かを連れてフィーレハーフェンに戻りたいと考えたのですが、どなたかご一緒いただける人はいませんか?」
「誰かを向かわせた方がいいですね。そうですね……」
アンナ様が悩んでいる。
人を出すにも事情を知っている上で、その場で判断ができる人を選ぶのが難しいのは理解できる。
「私が直接行きたいところではありますが、代理としてエマヌエルを向かわせましょう」
「ありがとうございます」
悩んでいたのはアンナ様が来たがっていたからだった。予想外というか、ハーゼプラトーでやることがあってアンナ様が来るのは無理だろう。代理を送るのが妥当だとオレも思う。
旅を続け、十一日目。
高地にあるハーゼプラトーが見えてきた。
「生きて帰ってこられるとは思っていませんでした」
「アンナ様を送り届けられて良かったです」
ハーゼプラトーは灰色の城壁に囲まれた街で、カムアイス領の中心地となっている。高地にある街だが、かなり広い範囲で開拓されており、城壁の外には畑が広がっている。
王都もそうだったが、ヴァイスベルゲン王国では余っている平地は農地として利用される。
人が基本攻めてこないヴァイスベルゲン王国で城壁があるのは、蟲に対する対策だ。
城壁には見張りをするように塔が何本もあり、地上より上空を警戒している。地上の蟲は城壁で遮れるが、飛んでくる蟲は遮り用がない。
「ゲオルクはハーゼプラトーにきたことがありますか?」
「ええ、何度もきたことがあります」
「そうですか。どのような目的だったのですか?」
「基本は商品を買ったり売ったりが多かったですね」
アンナ様と話をしながらも隊列は進んでいく。
城壁に近づくと大量のドライフラワーとなった花が吊るされているのが見える。
花こそが蟲の忌避剤となる主要な材料で、菊の花のような見た目をしている。蚊取り線香の元となった防虫菊に似た作用があるのだろう。こちらの菊の方が毒性は強いのか、粉にして撒いているだけでも忌避剤としての効果がある。
馬の隊列は街の中に入り始めた。
街中は速度を落とす必要があるため、ゆっくりと城門をこえる。見張りの兵士はオレたちを検査することは当然ない。
ゆっくりと街の中に入っていくと街並みが見えてくる。地面は流石に土のままだが、家は石と木で作られたものが大半。城壁と同じように灰色の石と木で組まれた家が並んでいる。
街中を進むと、大量の視線を感じる。
通りには大量の人が隊列を見学している。流石に百頭もの馬に領民は驚いているようだ。
「アンナ様、馬はどうされるのです?」
「一度城に入れてしまいます。他に方法が思いつきませんでした」
「牧場に連れて行っても困りますか」
「ええ、そういう話になりました」
伯爵家ともなれば専用の牧場がありそうだが、どう考えても一度に百頭の馬を連れていくのは多すぎる。
——開門
隊列が長すぎるため、遠くの方から大声を出したとわかる声が聞こえた。
どうやら先頭が城までたどり着いたようだ。
城の門をくぐると、城が見えてくる。
城というが、実際のところは要塞といった方が近い形をしている。これもまた蟲から身を守るための防衛拠点だと聞いたことがある。
城の前は広々とした空間が広がっており、そこに到着した順番に馬が並んでいく。アンナ様が皆の前に出て行った。
「ゲオルクもこちらに」
アンナ様に呼ばれ、なぜかオレも皆の前に出ていく。
広々とした空間のはずだが、集まった百頭の馬で城の前は埋め尽くされている。
「皆、騎乗したままで構いません」
確かに降りたら大変なことになりそうだ。
アンナ様も騎乗したまま兵士たちに話しかけている。
「皆、王都からよく付いてきてくれました。この後は、疲れを癒してほしいと言いたいのですが、馬の世話を交代できるまで待ってください。すぐに手配します」
アンナ様の話を聞いた兵士たちが騎乗したまま敬礼する。アンナ様も敬礼を返した。
アンナ様はシュネーから降りて、城の玄関へと向かっていく。
「アンナ様!」
玄関の前には、以前に見かけたイナと呼ばれた侍女が待っていた。
「イナ!」
アンナ様がイナと抱き合う。
「よく、よくお戻りくださりました」
「心配をかけました」
二人は伯爵と侍女という形以上の関係に見える。そういえばイレーヌが乳母で、その娘がイナだと言っていたな。アンナ様とイナの関係は乳姉妹という関係になるのか?
フィーレハーフェンで渡し船を渡る前、領地のために死のうと考えていたアンナ様のそばに最後までいたのはイナだ。二人の繋がりが強いのがよくわかる。
「イナ、アンナ様が帰ってきて嬉しいのはわかりますが、今はやることがあります」
「はい。イルゼお祖母様」
高齢の女性がイナを嗜めた。
イナがお祖母様と呼んだので、イレーヌの母にあたる人なのだろう。しっかりと覚えていないが、イレーヌが母の名前として出ていた気がする。
イナやイレーヌとは違って、髪が黒と白が混じって灰色に近い。イルゼの年齢的に元々黒髪で、白髪で灰色のように見えるのだろう。
「イルゼ、心配をかけました」
「おかえりなさいませ、アンナ様」
イルゼが綺麗な姿勢から、深々と頭を下げた。
「ただいま帰りました」
アンナ様が帰還の挨拶をしたことで、オレはアンナ様を無事に送り届けられたのだと実感する。まだやることはあるが、少なくとも最初の依頼は完了できた。
「色々と話したいことがありますけれど、今は馬の世話を交代する人員が必要です」
「すでに手配しております」
「イルゼは仕事が早いですね」
「いえ、アンナ様がこれほど馬を連れて帰ってくるとは思っていませんでした。すぐに対応できていないのですから、私としては遅いのです」
……遅いのか?
アンナ様の言った通り、指示する前に仕事が始まっているのは早いのだがな。アンナ様が最初に頼ったのがイルゼだと考えると、相当にできる人なのだろうな。
十分も待つことなく、城の中や外側から人が現れ、馬の世話を交代してくれる。オレも乗っていた馬を預けて身軽となった。
馬とは一週間以上一緒にいたため、少し寂しい気もする。
「ゲオルク」
アンナ様に呼ばれたので、オレは近寄っていく。
「なんでしょうか?」
「イルゼとイナに計画を話しますので付いてきてください」
「承知いたしました」
オレはアンナ様と共に城内へと入る。
城内は外壁同様に灰色の石で組まれているようだ。ところどころに木を使ったり、絨毯が引かれているため、威圧感まではいかないが無骨さがある。やはり城というより砦と言った方がしっくりくる。
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