第20話 王都、出立

 アンナ様が契約した牧場に集められた軍馬は百頭を超えた。

 軍馬の一部は、カムアイス伯爵家の御用商人をしていた商会が運んでくれるようだ。アンナ様の事情を察した商会が、最後までお仕えしたいと申し出たのだという。随分と義理堅い商人のようだ。


 カムアイスへ帰還するため牧場に向かった。今回はカムアイス伯爵として元々持っていた軍馬を合わせ、百頭の軍馬を輸送する予定だ。

 これでも商会が移動を手伝ってくれるため、全ての軍馬ではないというから恐ろしい。


 大量にいる馬を前にすると、改めて買い過ぎたかと心配になる。

 最近は乗馬服姿でいることが多いアンナ様に尋ねる。


「買いすぎましたかね?」

「問題ありません。使い道はあります」


 王都周辺の牧場からあるだけ買い集めた結果、想像以上の軍馬が集まってしまった。国内の商会であれば売り渋られていたかもしれないが、国外の商会だと名乗ったのも良かったのだろう。いく牧場、いく牧場、軍馬をさっさと売りたがった。


 牧場は自分たちが処刑されるようなことをしている自覚があるのだろう。知っているならするなよと言いたいが、王都周辺の治安の悪さは酷かった。牧場も困窮していたのかもしれない。


 しかし、アンナ様は百頭以上の軍馬に使い道があるというけれど、この数をカムアイス領まで連れて行くのも大変だ。


「高くとも一頭が金貨二十枚程度でしたか?」

「ええ。想像以上に安かったので、随分と資金が余りました」

「金貨三千枚も使っていませんからね」

「一万枚以上の金貨を用意していたのですが、必要なかったようです」


 金貨一万枚、大体十億円といったところか。馬を買い付けるためだけに一万枚の金貨を準備したのは流石貴族というところか。

 馬以外には流石に百頭分以上の馬具はなかったようで、馬具も買い揃えたらしいが、それでも資金は余った。結局余った金貨は、他の資金同様に軽い宝石や貴金属へと変えてしまったようだ。


「王都でやることは終えました。カムアイスへと帰還しましょう」

「はい」


 二週間もかからないうちに、やることは全て終えた。

 そこまで急いだ理由は、甜菜を育てるため。すでに季節は春なため、ゆっくりしていると種まきの時期に遅れてしまう。なので、なるべく早くカムアイスへと戻る必要があったからだ。


 急いで戻るにしても、カルトフルスは濁流のままで、川を渡し船で渡るのは無理だ。馬が百頭を越える中、再び濁流を渡るのは当然無理。遠回りになる西側の街道を進むしかない訳で、尚更急ぎ出立する必要があった。


「エマヌエル、皆の準備はできましたか?」

「準備完了しております」


 オレ、アンナ様、イレーヌ、エマヌエル、そして兵士が五十五人、五十九人での移動となる。普段は執事や侍女の格好をしているエマヌエルとイレーヌも乗馬服を着ている。しかも二人とも腰に剣を差している。

 オレの実力では二人が剣を使えるのかはわからないが、剣が真新しいものではなく、相応に使い込んだものに見える。しっかりとした流派で習っていないオレとは違って、剣をしっかり使えるのかもしれない。


「馬はどうです?」

「百頭全て問題ありません」


 実は人間より馬の数が多く、一人で二頭の馬の面倒を見る予定だ。馬の面倒を見るために四頭以上で引く馬車を用意するかという話にもなったが、用意するのが難しかった。しかも馬車では速度が遅くなってしまうと、一人で二頭の面倒を見ることになった。

 一人で二頭の面倒を見るのは難しいが、群れで生きる馬の特性上、前の馬についていく可能性が高いと考えた。


「それでは参りましょう」

「はっ」


 アンナ様がエマヌエルに指示を出した。


「騎乗!」


 エマヌエルの号令で、オレは今回買った馬の一頭へと騎乗する。

 先頭が走り出すと、決められた順番通りに百頭もの馬が順番に走り出す。ちなみに先頭は馬を買い付けに行った時一緒だったラルフ。兵士の中でも特に馬術がうまいようで、先頭を任されている。


 オレはアンナ様と共に隊列の中程に配置された。オレとアンナ様は馬を操るのは下手ではないが、専門にしている兵士と比べられるものではない。

 オレの順番が来たので、隊列に加わる。


 カムアイスまでの大移動が始まった。

 百頭もの馬が移動する様は見たことはないが、遊牧民が移動に似ているのかもしれない。


 自分が面倒を見るもう一頭の馬が進行方向から外れてしまわないように様子を見る。

 慣れない二頭の馬を操ることに苦労しつつも、街道を順調に進む。こんな大移動している馬を止めるような盗賊はおらず、順調に王都から離れていく。

 この隊列を急に止めようとしても馬に轢かれて終わりそうだが。


「思ったよりも順調ですね」

「ええ。二頭を操るのは難しいですが、なんとかなっています」

「輸送のために人をカムアイスから呼ぶべきだったでしょうか?」

「最低でも十日移動しますから、移動中になれると思います」


 西側の街道を通る場合遠回りなこともあって、十日から十五日の長旅を予定している。普通は二週間ほどかかるのだが、普通より早い軍馬での移動速度を考慮し、十日でカムアイスに到着できる予定だ。

 なお、十五日と日数を多めに想定しているのは、天候の問題や普通ではない大移動であるため想定を多めに取っている。

 しかし、馬が百頭というのは多すぎるため、小さな宿場町に泊まるわけにもいかない。規模が大きい街で休む必要があり、計画がさらに狂う可能性もある。


「それは良かった。馬の輸送のため王都に人を送りたくはありませんでしたので、大幅に帰還が超過してでも帰りたいところです」

「今日の目的地まで問題なく進めば、以降は問題ないかと」


 今日の予定はそこまで移動距離を伸ばさず、昼過ぎには街で休む予定となっている。この数で進むか、戻って数を減らすか判断するためだ。

 今のところは問題がないようにも思えるが、まだ進み始めたばかりでどうなるかはわからない。


「ところでゲオルク、王都はどうでしたか?」

「王都ですか。実はあまり見て回れなかったのです」

「私が仕事を頼み過ぎましたか?」

「いえ、暇はあったのですが、治安が悪過ぎました」

「そんなに?」

「はい。大通りは良かったのですが、一本入ると食い詰めたものたちで溢れておりました。剣を腰に差していても、そのまま奥に進めば問題が起きると感じるほどには」

「そんなに酷かったのですか……」


 アンナ様にも王都の現状は報告されていたとは思うが、実際にどうなっているか見た訳ではないだろう。オレと二人で王都についた時は、大通りしか歩いていなかったしな。


「ですから、アンナ様が気にすることではありません」

「そうですか……。少し前まで王都は交易の中心地ということもあって、賑やかな街だったのですが、そこまで酷い状態とは思いませんでした」

「商人からそのように聞いて、見て回るのを少し楽しみにしていました。少々残念な結果ではありますが、王都の中に入れただけでも良かったです」


 ヴァイスベルゲン王国は国民の移動を制限しているため、領主の許可がないと国内を歩くのも制限される。実際オレも内戦の時以外は、カムアイス領とツィーゲシュタイン領しか行ったことがなかった。

 内戦の時は王都には入れなかったしな。


 それに内戦の時は生きて帰ることが目標だった。今回に関しても王都にたどり着いて色々と見れただけで満足だ。

 後は帰って、アルミンとヴェリに無事だと報告するだけ……。

 アルミンとヴェリ? 何か忘れているきが……?


「あ、お土産を買おうと思って忘れていた」

「ゲオルク?」

「いえ、知り合いに何か買おうと思っていたのだと思い出しまして」

「お土産。女性にですか?」

「いえ、男です。転生者とフィーレハーフェンで一緒にいた船の持ち主です」

「ああ……。そういえば、船を壊してしまいましたね」

「それはお気になさらず」


 元々壊れる予定で乗った船、気にする必要はない。それにアルミンが船頭をしている暇はなくなりそうだ。


「いえ、そうですね。一頭馬を持って行ってください」

「良いのですか?」

「船のお詫びです。船の魔術を改良するのであれば、王都から持ち出した魔術書を読んで構いません」

「それは喜びます。ありがとうございます」


 思ってもいない土産ができた。

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