第19話 軍馬

 アンナ様が家財を売ると決めてから、屋敷の中はものがなくなっていく。

 窓ガラスまで無くなって、窓が木で打ち付けられていたのには驚いた。どうも窓ガラスは高級品だったようだ。

 普通の民家だと蟲から取れる半透明な甲羅を使ったりするのだが、この屋敷は透明な窓ガラスを使っていたらしい。窓ガラスが無くなって板で閉じられたのが不思議で、兵士に尋ねて初めて知った。


 なので、今は昼間だというのに屋敷の中は薄暗い。

 オレが使っていた部屋も調度品を売り、窓ガラスがなくなってしまったので部屋を移動している。窓ガラスをそのままにすると言われたが、元々大きな部屋でなくてもよかったのだ、売って資金にして欲しいとお願いした。

 今の部屋は外にそのまま出られる部屋で、外に出るための扉を開けていれば光が入ってくる。扉を開けていると普通の虫が入ってくるので、部屋の中で過ごすのはやめて、光のある外で過ごすことが増えた。


「ゲオルク」

「アンナ様?」


 やることもないので、部屋の前においた椅子に座っているとアンナ様が現れた。オレを呼び出すのではなく、アンナ様から来たことに驚きを隠せない。


「お呼びいただければ向かいましたが」

「いえ、執務室に置いてあるものは売却済みですから。運び出すために商人が来ない、こちらの方が話しやすいのです」

「そうなのですか」

「はい。それに女性が少ない分、私も動き回っていますから、ついでです」


 今日のアンナ様はドレスではなく、動きやすい乗馬用の服を着ておられる。

 旅の間も似たような服装だったが、旅の時よりは装飾が多く高そうな服だ。アンナ様はドレスも似合うが、乗馬服もよく似合う。


「ゲオルク、エマヌエルが軍馬を売っている牧場を見つけました」

「本当にあったのですか」


 噂であるため、どこまで信用できる情報であるかわからなかったが、本当に軍馬を普通の馬だと偽って売っている場所があるとはな。


「ええ、エマヌエルも驚いていました」

「軍馬を買えそうなのですか?」

「それについて相談があります」

「どのようなことでしょうか?」

「ゲオルクにも馬を買い付けに行って欲しいのです」

「わたくしがですか?」


 買い付けに行くのは構わないが、なぜオレが?


「そうです。理由は軍馬を売っている場所が分散しているためです」

「分散ということは、複数の牧場が元軍馬の売買に手をだているのですか!?」

「そのようです」


 牧場で盗んだ軍馬を売買していると知られたら最悪処刑されるぞ!?

 アンナ様の言い方からすると、一つや二つの牧場が手を出しているわけではないのだろう。なぜそこまで危険な橋を渡るのか理解できない。


「そもそもそんなに軍馬がいるのですか?」

「ええ、想像以上に多くの軍馬が売りに出ているとエマヌエルが調べてきました。家財を売って資金は大量にありますから、軍馬を買えるだけ買ってしまうつもりです」

「なるほど……」


 流石貴族、豪快だ……。

 しかし、軍馬は買おうと思っても買えないのが普通。軍馬ではなく普通の馬として売られているため血統書はないが、軍馬として調教されているなら血統は確かなものだろう。しかも普通の馬として売られているなら、価格も低いはずだ。


「ゲオルクは馬を買い付けに来た商人として動いて欲しいのです」

「カムアイス伯爵として購入するわけではないのですか?」

「警戒され売ってもらえない可能性があります」


 確かに普通の馬として売っているとはいえ、見る人が見れば軍馬だと見分けられる。詐称して売っているのに、貴族に売ってしまうと何をしているかバレてしまうのか。


「分かりました」

「買い付けるための資金をこちらで用意します。それと馬を選ぶために兵士を何人かつけます」

「承知いたしました」




 アンナ様からつけられたのは、ラルフという白髪頭で年配の兵士を中心とした部隊だった。


「ラルフ、オレは国外にある商会の若旦那として動く」

「ゲオルク様、自分は商会の調教師兼お目付け役として動きます」


 オレとラルフと部隊の兵士たちは役割を確認してく。

 怪しい設定ではあるが、牧場側に貴族の使いだと知られなければいいのだ。兵士たちは普通の一般人の格好をしているが、動きが明らかに商会の連れには見えない。何か聞かれた場合の設定としては、護衛も兼ねている人員ということにした。


「ラルフ、では行こうか」

「承知いたしました、若旦那」


 イレーヌとエマヌエルが選んでくれた高そうな旅の服を着て牧場へと向かう。

 牧場は王都の外にあるため、余裕がありそうな大きな馬車を用意した。しかし、積み込んだ馬具と兵士たちの体格が良いため、余裕があったはずなのに少々狭い。


「牧場は山の斜面を利用しているのか」

「ヴァイスベルゲン王国では、農地に向かない場所を牧場としているようですよ、若旦那」

「なるほどな」


 牧場に着くと早速農場主を呼び出す。

 国外から良い馬を買い付けに来たことを伝えると、農場主は嬉しそうな笑顔を浮かべて牧場にいる馬を集め始めた。


「うちのものに馬を見定めさせても?」

「ええ、ええ。もちろん」


 ラルフに合図を出すと、すぐに兵士たちが馬を見定め始めた。牧場主から馬以外の家畜についても買わないかと勧められるが、今回は馬を買い付けに来たと返す。不自然にならないように、一応他の家畜は何がいるかも聞いておいた。

 馬を調べていたラルフが戻ってきた。


「若旦那、思ったより良い馬が多いです」

「それは嬉しいな」

「全部で十頭ほど良い馬がいます」


 馬が十頭か。オレ合わせて十一人いるため、馬車の御者を入れればちょうど良い数だ。


「選んだ馬を分けてもらえるか?」

「ええ」


 牧場主がこちらが選んだ馬を別の場所へと移動させた。


「こちらの十頭で問題ありませんかな?」

「ラルフ」

「問題ありません」


 最後にもう一度確認させて、馬の移動が完了した。


「さて、いくらになるだろうか?」

「一頭、金貨千枚」

「こちらをバカにしているのか? それは軍馬の値段だろ」

「そ、それは……」


 農場主の考えなしの値付けに呆れる。

 軍馬として売れないから血統書なしの普通の馬として取引しているのに、軍馬の値段をつけたらダメだろう。これは軍馬ですといっているようなものだ。


「血統書もない普通の馬であれば、一頭で金貨十枚といったところだろ?」

「いえ、これだけの優秀な馬は他におりません。二十枚」


 千枚から二十枚に減らすなよ……。

 マシな値段になったが、まだ下げられそうだ。一体いくらで仕入れているのやら。


「十一枚」

「十五枚」

「間をとって十三枚でどうだ?」

「良いでしょう」


 最低金貨千枚はする軍馬が金貨十三枚で買えるとは。


「では十頭で百三十枚でいいな?」

「ええ」


 きっちり金貨百三十枚を渡すと、牧場主は嬉しそうに懐にしまった。

 もう十枚金貨を取り出して、牧場主に差し出す。


「これは?」

「ヴァイスベルゲン王国の馬は、想像以上にいい馬だった。他の牧場で同じような馬を揃えているところを紹介してくれないか?」

「ふむ。本来はそのようなことをしませんが、十頭も買っていただきましたからな」

「お願いできるか?」

「特別ですぞ」

「頼む」


 金貨十枚を牧場主は懐にしまった。

 大口の客だと紹介されれば、買いやすくなるだろう。金貨一万枚はする買い物を百三十枚で済ましたこともあり、金貨十枚で紹介してもらえるなら安いものだ。

 馬を運ぶための人数が足りないため、牧場主に出直してくると話して牧場を出る。


「軍馬が百三十枚とは……」


 牧場を離れたところで、ラルフが感嘆した声でつぶやいた。


「紹介料を入れて百四十枚だな」

「軍馬の値段を考えれば、誤差でしょう」

「そうだな」

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