第18話 かけらの渇望

 転生者は忌子と嫌われるが、保護もされる。

 ちぐはぐな印象を受けるが、転生した魔物によっては凶暴な転生者もいる。全ての転生者を保護するわけにはいかないのだろう。


「ゲオルク」


 アンナ様が真剣な声と表情でオレを呼んだ。


「砂糖を用意できれば、森を抜けてグリュンヒューゲル帝国へと向かえると思いますか?」


 オレは可能だと考え砂糖の量産を取り組み始めた。しかし、蟲が大量にいる森の中を通るのだ、絶対に成功するとは思っていない。

 可能性を上げる努力はしている、後はどれだけ運がいいかだ。


「かけらの可能性ですが可能だと考えています。何事もなく帝国まで進むことは不可能でしょう」


 危険でないとは絶対に言えない。しかし、オレはその先にあるものを望み取るしかないのだ。


「そうですね……」


 オレとアンナ様はじっと見つめ合う。

 アンナ様はどうするだろうか、オレは死を望むより森を抜けることを挑戦してほしい。しかし、オレが強制することなどできない。


「かけらの希望を信じ、一滴の水を望むように、生きる道を渇望してみます」


 アンナ様は生きるために覚悟を決めた。

 ならオレは力になろう。


「一緒に向かいましょう、グリュンヒューゲル帝国へ」

「はい」


 アンナ様は明るい笑顔を浮かべた。


「自分もご一緒させてください」


 集まっていた兵士たちが自分も自分もと、同行することをアンナ様に伝えている。


「アンナ様、お供いたします」

「アンナ、一緒に行くよ」


 エマヌエルとイレーヌもアンナ様に同行することを望んだ。


「ありがとうございます」


 アンナ様は泣きながらも嬉しそうに笑顔だ。

 憂を帯びた顔をしている時より、とても奇麗で美しい。

 アンナ様のため、皆のため、成功させなければならない。


「ゲオルク、森を抜けるために考えている方法を詳しく教えてください」


 アンナ様は真剣な表情でオレに尋ねてきた。


「蟲に対する対策は大きく二つ。忌避剤を使った蟲自体を寄せ付けないのが一つ目。もし蟲が近づいてきた場合は砂糖に誘導して、食べている間に逃げ切るのが二つ目の方法です」

「忌避剤を併用するのですか」

「はい。不意打ちを減らす意味もありますが、砂糖の使用量を減らす目的もあります」


 蟲は砂糖が好物だからこそ逃げることが可能になるが、逆に考えれば使えば寄って来てしまうことにもなる。使い続ければ蟲が増え続けて、最終的には蟲が溢れかえってしまうことになる。

 なので主な作戦は忌避剤で蟲を寄せないことが重要だと考えている。


「忌避剤を大量に作る必要がありそうですね」

「はい。ですが忌避剤を作るのはそう難しくないかと」

「そうですね」


 忌避剤に使う素材はヴァイスベルゲン王国では必需品であるため、簡単に手に入る。量産すること自体はそう難しくないと考えている。


「夜は火を灯すと蟲がよってきてしまうので、移動をやめて休みを取ります」

「当然休みを取る必要はありますが、火が使えないとなると暗闇の中で過ごすのですか?」

「いえ、火によって来るだけですから、魔術と魔法で光を灯そうと考えていました」


 飛んで火に入る夏の虫ということわざが日本にあったが、蟲は虫と同じように火によってくる。魔術や魔法の光でも寄ってこないわけではないが、火より少ない数しか寄ってこないとわかっている。


「暗闇ではないのですね」

「はい。暗闇で蟲に襲われてしまったら助かりません。襲われた時のため、交代で見張りを立てます」


 寝ないという選択肢が取れないので、誰かが見張りに立たなければならない。当初の予定では二人で森を越えようとしたが、アルミンから絶対に無理だと反対された。アルミンを加えて三人で森を進むと決めたが、それでも人数が少ない。

 人数が少ないのは魔法や魔術を使って補うつもりだったが、人数が増えたのなら見張りに不安は無くなった。


「一度も蟲に襲われないのは無理でしょうね」

「人数が増えたことで警戒が楽にはなるでしょうが、人が増えれば移動速度が落ちると考えられます」

「そうでしょうね」


 どれだけで森を抜けられるかわからないが、何日も森を生き残らねばならない。長く森の中にいればいるほど蟲と接敵する確率が増える。できるだけ森の中で過ごす日数を減らしたい。


「オレは森の中を馬で移動しようと思っていました。伯爵家に馬はどの程度おりますか?」


 オレとヴェリは軍馬を戦場で二頭拾えたため、森の走破には馬に乗って移動速度を上げるつもりだった。二頭しかいないので、アルミンはどちらかの馬に乗せようと考えていた。

 オレとアンナ様の二人を乗せたシュネー同様に、ヴァイスベルゲン王国の馬は人間が二人のっても問題ないくらいに力が強い。ある程度の雪でも跳ね除けて走れるほどの力がある馬の品種だ。


「カムアイスは馬を育てるのも産業ですのでいますが……普通の馬では蟲と接敵した場合暴れ出す可能性があります」

「軍馬でないと厳しいですか」

「開拓用の馬は全て軍馬として調教された馬でした」


 カムアイス領が馬の飼育に力を入れているのは知っていたが、やはり全ての馬が軍馬のような調教をされているわけではないか。

 軍馬か……。そういえば、シュネーが盗まれそうになった時、宿屋の主人が王都周辺では軍馬が売りに出されていると言ってなかったか?


「アンナ様、軍馬が売りに出されていると以前に聞きましたが、本当のことか調べられませんか?」

「軍馬が血統書もなしで売られているという話でしたね」

「はい。本当だとしたら大量の軍馬が揃えられるかもしれません」

「森の中を延々と歩きたくはありません。探してみましょう」


 馬は露店で売れるものではないし、売買されているとしたら牧場だろう。農地の限られているヴァイスベルゲン王国では、王都周辺の牧場はそう多くはないはずだ。


「エマヌエル、軍馬が普通の馬として売りに出されていると王都に来る道中に聞きました」

「そのようなことが……」

「どこで売られているか調べてもらえますか」

「承知いたしました。アンナ様、兵士を何人か連れて行っても構いませんでしょうか?」

「構いません」


 アンナ様のお願いを聞いたエマヌエルが、十人ほどの兵士を連れて部屋を出て行った。

 まだ軍馬が売っているかは確証がないが、兵士の分まで揃えば進む速度は格段に速くなるだろう。


「イレーヌ、屋敷の家財を売り払い、換金できる宝石や貴金属に変えましょう。」

「よろしいのですか?」

「家財まで騎士に下げ渡す必要はありません。それに森を走破するには費用がかかりますし、帝国に亡命した後にもお金は必要です。皆を路頭に迷わすわけにはいきません」

「承知いたしました」


 イレーヌも兵士を十人ほど連れて部屋を出て行った。


「ゲオルク、軍馬以外に必要なものはありますか?」

「武器や魔術を使った道具が欲しいですが、伯爵家で所有されているのではないかと」

「開拓用の道具が使えそうですね」


 魔術によって水も作り出せるため、重い水を運ぶ必要はない。しかし、食料は魔術で作ることは不可能で、馬と人の分を運ぶ必要がある。食料に関しては、王都で買い揃える必要はないだろう。

 それと、ないとは思うが森についての情報が欲しい。


「それと、もし森についての書籍があれば欲しいですが……」

「当家の持っている資料ならありますが、書籍として売ってはいないでしょう」

「やはりそうですか。森を詳しく調べたいと思っています」

「人員を出しましょう」


 オレとヴェリで森について調べているが、もっと詳しく調べておきたい。それこそ一泊か二泊する場所までは、調べた道を通るつもりで探索したい。


「今必要だと思われるものは以上です」

「では、今日はここまでとしましょう」


 アンナ様は兵士たちに最低限の護衛を残して休むようにと命令し、この場を解散させた。

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