第17話 国境を越える方法

 そこまでして国境を越える理由はグリュンヒューゲル帝国が、転生者を嫌悪しないという噂があったから。

 噂を持ってきたのはヴェリ。ヴェリの故郷は交易路の途中にある農村だったようで、帝国からの商人から聞いた話なのだと言っていた。なので嫌悪されないというのは、本当の可能性は高いのではないかと思っている。


「ゲオルク」

「なんでしょうか、アンナ様」

「森を抜けられるほどの砂糖を用意できるのですか? 砂糖は輸入品でとても高価です」


 当然の疑問。

 ヴァイスベルゲン王国で採取できる糖分といえば、蜂蜜か果実と言ったところで砂糖はない。


「ええ、とても大量の砂糖が必要だと計算しています」

「でしたら計画自体が破綻しています」

「いえ、ないなら作れば良いではありませんか」

「作る?」


 オレたち以外では、寒い地方で砂糖を作る方法は発明されていないと予想している。甜菜に似た野菜は馬の餌として売っていたのだから、砂糖が作れると知っていたら馬の餌にはしないだろう。


「はい。この砂糖はカムアイスで作った物です」


 手に乗せた氷砂糖に皆の視線が集まるのを感じる。


「我が領で作った?」

「そうです」


 アンナ様だけではなく、皆が戸惑っているのがわかる。


「ゲオルク、砂糖は南方でしか作れないと言われています」

「それは間違いです。作り方は違いますが、北方でも作る方法はございます」

「本当に?」

「はい。カムアイスに戻りましたら作った大量の砂糖をお見せしましょう」

「本当なのですね」


 大量とは大袈裟に言ったが、少量でも金貨で取引されるような砂糖が大きな袋に入っているだけでもすごいと思われるだろう。


「ゲオルク様、失礼ながら手持ちの砂糖をお見せいただいても?」


 エマヌエルは砂糖が本物か確認したようだ。命をかけるかもしれないものになるのだ、当然のことだろう。

 イレーヌの兄であるエマヌエルとはすでに挨拶を交わしている。エマヌエルからはアンナ様を王都に連れてきたことに対して、丁寧なお礼を伝えられている。オレの魔眼を見ても嫌な顔をしなかったので、含むことがないのはわかっている。


「もちろん」


 イレーヌがお盆を持ってきたので、その上に手持ちの砂糖を全て出す。


「これが全て砂糖でしたら、当家でも手に入れるのが難しい量です」

「食べてみませんか」

「よろしいのですか?」

「砂糖かどうか確認するのに一番簡単な方法ですから」


 食べて問題ないものだと食べて保証するため、氷砂糖を一個砕き、オレが欠けた氷砂糖を口に含む。

 当然砂糖なので甘い。不純物が多いからか多少雑味はあるが、不味いわけではない。

 オレに続いて砕いた氷砂糖をエマヌエルが口に含む。


「本当に砂糖でございますね」


 砂糖を食べたエマヌエルは信じられない様子で氷砂糖を見ている。

 イレーヌも確認したいというので、許可を出した。


「輸入されてくる砂糖よりか高品質です」


 これで高品質とは、まだ砂糖を精製する精度が甘いのか? 持ち運びをしやすいように氷砂糖にしている分、不純物はさらに減っていそうではあるが……。


「ゲオルク、私もいただいて良いでしょうか?」

「わたくしは問題ありませんが」


 イレーヌをみると、問題ないと頷いた。

 アンナ様はイレーヌからもらった氷砂糖を口の中に入れる。


「甘い。これが領地で作れるのですか」

「はい」


 砂糖単体で食べてもオレはそこまで美味しいものだとは思えないのだが、アンナ様は違ったようで頬を緩めている。甘いものが少ないため、甘味が美味しく感じるのかもしれない。


「平時であれば砂糖を領内で作って輸出を考えましたが、今はそのようなことをすれば技術を取り上げられるでしょう」


 オレが貴族に砂糖の作り方を売るか迷った時と同じように、アンナ様は王への不信から砂糖を量産することを諦めたようだ。実際、アンナ様の予想通りに技術を取り上げられる可能性が高そうだ。

 それに量産するのに問題がないわけじゃない。


「アンナ様、量産するには蟲への対策が必要です」

「どういうことです?」

「植物から砂糖を取り出すのですが、元の作物や砂糖を作る時にも蟲に狙われるのです」

「森や山に近い農村では危険ですね」

「はい」


 農民は普通戦えない。適当な場所で甜菜を量産したら、村が消えましたということになりかねない。砂糖のためだけに、各村に兵士を常駐させるわけにもいかないだろう。

 適当な場所で作るわけにはいかないと、アンナ様も同じ考えに至ったようだ。


「作る場所が問題ですか」

「はい。今はカムアイスで開拓した場所で作物を育てているのですが、そこまで大きな土地ではないのです」

「開拓? 新しい土地を切り開いたのですか?」

「船頭していた時に川の上流に小さいながら開拓できる場所を見つけました」

「一人で開拓を成功するとは……ゲオルクは本当に優秀ですね」


 アンナ様が随分とオレを褒める。開拓を成功させれば村長になれるとは知っているが、優秀だというほどのことなのか?

 大変といえば大変だったが、普通の南方の森と違って森が開けているのでそこまで難しくはなかった。


「開拓はそんなに大変なのですか?」

「基本は領主直々に兵を派遣して森や山を切り取っていきます。カムアイス伯爵領はヴァイスベルクの麓にある、森を切り取って開発するのが使命でした」

「それでしたら、わたくしは偶然開けた土地を見つけただけです」

「開けた土地を見つけ、開拓する方法もあります。しかし、見つけるのが非常に難しいため、切り開くことが多いですね」


 もしかして、偶然見つけた開けた場所を報告させるため、開拓に成功したものを村長に任命するという報酬を提示しているのか? オレみたいな事情がない限りは、村長になるため開けた場所を自分で開拓したと説明するだろう。

 兵士を動かすより費用がかからず、合理的な制度だ。


 今は開拓した土地の制度より、広く開拓された土地が必要だ。しかも何をしているか知られない方がいい。

 アンナ様に当てはあるだろうか?


「アンナ様、作物を作る場所に当てはありますか?」

「いくつか候補はあります。しかし、作物はどのような場所でも育つのですか?」

「育てるのは簡単なのですが、場所についてはわたくしも判断しかねます」

「そうですか……」


 農業については多少の知識はあるが、どのような場所でも育つのかと聞かれるとわからないと答えるしかない。育てやすい植物ではあるため、カムアイス内であれば育つとは思うのだが確証はない。


「アンナ様、モニカに協力を依頼されては?」

「エマヌエル、その手がありましたね」


 エマヌエルに何か考えがあるようだ。アンナ様もエマヌエルの意見に賛同しているからして、問題は解決しそうだ。しかし、モニカとは誰なのだろうか?

 アンナ様がオレに向き直った。


「カムアイスに戻ったらゲオルクにモニカを紹介しましょう」

「どのような方なのですか?」

「ゲオルクと同じ転生者です」

「転生者」

「ええ。ドリアードの転生者です」


 ドリアード。

 見た目は動く植物だと本で読んだことがある。魔物の一種ではあるが、あまり攻撃的ではないため、植物の精霊と呼ばれる存在。

 植物がどのように育つか聞くにはいい相手だろう。


「いい案です。しかし、カムアイスにオレとヴェリ以外にも転生者がいるとは思いませんでした」

「モニカに関しては伯爵家で保護していましたから、守るため噂も流れないようにしていました」


 転生者が保護されることもあるのか。

 いや、魔眼は有用なものが多い。使えると思ったのなら保護をするのも当たり前か。

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