第16話 覚悟
旅で疲れた体を癒す。
屋敷の者たちは魔眼を出したままでもよくしてくれている。
一度王都を見てみたいと歩いてはみたが、すぐに屋敷に戻ってきた。大通りから一本中に入ると、食い詰めた者たちが王都内にもいた。
大通りに出している店で何か買うにはオレには高すぎ、一本中に入ると治安が悪すぎる。
アルミンやヴェリへのお詫びを兼ねたお土産を買いたいが、適当に歩くと面倒ごとに巻き込まれそうだ。
誰かに聞いてみるべきだろうか?
そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされた。
「ゲオルク様、アンナ様が皆に集まるようにと命じられました」
侍女の代わりに兵士がオレを呼びにきた。
今日アンナ様は王に会いに行っていたはずだ。話し合いが終わって戻ってきたのだろう。しかし、皆とは屋敷にいる家臣だけじゃないのだろうか?
「オレもですか?」
「皆、とのことですので」
「分かりました」
間違っていたら帰って来ればいいだろう。
兵士とともに屋敷の中を移動する。
「ゲオルク様、皆とは警備している者たちもとの仰せのようです」
「警備も?」
「はい。詳しくは聞かされていませんが、重要なお話になるかと思われます」
オレが聞いてはいけない話の可能性もある。アンナ様に直接、呼ばれたのかどうか聞いておいた方が良さそうだ。
執務室ではなく、ホールのような大きな部屋へと案内される。普段は使われていないのか、物が布で覆われている。夜会を開くための部屋だろうか?
部屋に対して集まっている人が少なく見えるが、それでもアンナ様の執務室に入れる人数ではなさそうだ。
部屋の中でアンナ様はイレーヌとエマヌエルを後ろに控えさせていた。アンナ様の表情は無表情に近く、表情から感情が読み取れない。
「アンナ様」
「ゲオルク? 皆と言ったのでゲオルクも呼んでしまいましたか」
「やはりわたくしは呼ばれておりませんでしたか」
オレは部屋に帰ろうと挨拶して去ろうと思ったところで、アンナ様が呼び止めた。
「ゲオルクも聞いて行ってください」
警備すらなくして話す内容をオレが聞いてもいいのか?
「よろしいのですか?」
「ええ、カムアイス領の問題でもありますから」
「承知いたしました」
結婚を断れなかったのか、もしくは爵位を取り上げられたのか。国の現状を見るに、なんにせよ碌なことではないのだろう。
屋敷は広い上に、警備しているものを集めるのに時間がかかるのか徐々に人が増えていく。四半時は経ったかと思ったところで、皆が集まったようだ。
「全員集まりました」
全員で六十人ほどはいるのだろうか、こんなにも兵士がいたのだな。鎧を着ているものは少なく、着ていないものの方が多い。交代で警備しているのだろう。
二交代か三交代で警備していると考えると、六十人が屋敷を維持するのに最低限必要な人数なのか。
「皆、よく集まってくれました」
アンナ様が言葉を止めて集まった者たちをしっかりと見回した。
「ローレンツ国王陛下より頂いた書状に記されていた、縁談は破棄されました」
皆が安心したような空気が流れた。
オレも安堵すると同時に、アンナ様の表情がまだ硬いことに気がつく。アンナ様の後ろに控えているイレーヌとエマヌエルも表情が硬い。まだ何かあるのか。
「縁談の破棄に際し、王は王都カムアイス家の屋敷を接収し、騎士への補填とすることを決めました」
兵士たちが騒ぎ始める。騎士に与える屋敷ではないとか、何故伯爵家が補填する必要があるのかなど、どれも否定的な意見が上げられる。
オレも騒いでいる兵士たちと同意見だ、王の言っていることは道理に反している。
「静まりなさい」
エマヌエルの一喝で兵士たちは黙る。
「皆の言いたいことはよく理解できます」
アンナ様は再び言葉を区切って集まったものたちを見回した。何故か一瞬、アンナ様と視線があった気がする。
「私はもう限界です。お父様、お母様、お兄様が亡くなられてから、なんとかカムアイスの領民を守ろうとしました。しかし、これ以上私が頑張ろうとすればするほど、領民たちを苦しめてしまう」
王のアンナ様への嫌がらせが領全体に影響する可能性は否定できない。街道を巡回する兵士の数はすでに減っており、しかも王都は食い詰めたもので溢れている。王と反目しているカムアイス領は支援が遅れるだろう。すでに詰み始めている。
「私は反旗を翻そうとは思いません。伯爵の地位を辞意しようと考えております」
妥当な考えではあるが、アンナ様はどうなる? なんらかの理由をつけて王が処刑しないとも限らない。
そもそも王が辞意を認めるのか?
「皆、よく勤めてくれました」
兵士たちが戸惑っているのが分かる。カムアイス伯爵家がなくなるなら、兵士たちは勤める先がなくなる。しかし、誰も部屋を出ていこうとしない。
一人の兵士が前に出た。
「アンナ様、最後までご一緒させてください」
兵士の言葉をきっかけに皆が同じことを言い始めた。
「皆、ありがとう……分かりました。最後のその日まで私を見守ってください」
アンナ様は死を意識したであろう喋り方をする。
確かにこのままヴァイスベルゲン王国にいたら死は免れない。しかし、他の国に亡命する方法はないのだろうか?
「アンナ様、発言をお許しください」
「ゲオルク、構いませんよ」
「他国への亡命はできないのですか?」
「難しいですね。ヴァイスベルゲン王国の国境は細い谷間に通した道を通るものと、海路しかありません。全ての国境は、監視が非常に厳しくなっていると報告を聞いています」
やはり貴族でも国境を越えるのは難しいか。
オレも国境を越えることは何度も考えた。しかし、正攻法ではどうやっても国境を越えるのが無理だと分かり、奇策を考え続けていた。
アンナ様にオレが考えた奇策を教えることでの危険はある。しかし、教えないままこの場を去るのも嫌だと思ってしまった。
「では、山であるヴァイスベルクの麓にある森を抜けるのは?」
「ゲオルク、それは死ににいくようなものです。蟲が大量に生息しているのは知っているでしょう?」
「知っております。ええ、どのような蟲がいるのかもよく」
そう山の麓にいるのは全て蟲。他の魔物はいない。
オレの言葉に、アンナ様が固まる。
「ゲオルク、もしや森に入っているのですか?」
「はい。森を抜け、グリュンヒューゲル帝国へと向かおうと準備しておりました」
「しかし、そのようなことが可能なのですか?」
もっともな疑問だ。
蟲はとにかく群れる。蟲の群生地を進もうというのだから、本来ならちょっとした自殺にしか思えないだろう。だけれど、蟲に襲われないなら森を進めるのではないか、そのような考えに至った。
考えの元になった物を取り出してアンナ様に見せる。
「砂糖」
「はい。砂糖にございます」
難しい話ではない。砂糖を囮に森を抜けようと考えた。
全ての蟲が同じように砂糖が好物なのか分からないと、森に入って調査を繰り返していた。調査を繰り返すうちに行けるのではないかと考え始める。
砂糖を使い同じようにヴァイスベルゲン王国を抜け出したいと考えたヴェリと、オレのことを心配したアルミンの三人で森を抜けようと考えていた。
オレが今回アルミンの元に向かったのは、砂糖の今年作る砂糖の量を相談するため。そこで偶然アンナ様と出会ったのだ。
「砂糖は蟲の好物だとゲオルクが教えてくれましたが、森を越えられるほどのものなのですか?」
「絶対とは言えませんが、わたくしは可能だろうと考え、調査を繰り返しております」
街道に比べたら危険だろう。
しかし、平民で尚且つ転生者であるオレとヴェリには他に方法がなかったのだ。
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明日以降は1日1話更新で、12時に投稿を予定しています。
今後も余裕ができた場合は2話更新することもあるかもしれません。
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執筆の原動力となりますので、よろしくお願いします。
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