第15話 謁見 Side アンナ

Side アンナ



 ドレスの正装に身を包み、肩から飾り布のサッシュをかける。イレーヌによって私の髪は編み込まれていく。

 今から向かうのは敵地。私はアンナ・フォン・カムアイス伯爵だと気合いをいれる。


 馬車で王宮へと向かう。

 王宮は王都同様に白く、室内も白を基調にした作りになっている。贅を尽くした王宮の部屋で王から呼ばれるまで待つ。


 エマヌエルによって申請していた、王への謁見許可は王都についた翌日には許可が出た。

 王都についた時点で期限まで残り二日。期限のギリギリである王都についた二日後に王への謁見が設定された。


 手紙に期限の日時を指定したのは王の側であるため、王に不備がないよう日程がすぐに決まったのは当然といえば当然。

 謁見せずに期限が切れたと結婚を強行されるかとも少し考えましたが、そのような恥知らずなことはされないようで良かった。


 そもそも、手紙に書かれていた伯爵の婿に騎士を迎えるとは本当にふざけた話で、王が提案したとしても周囲が止めなければなりません。

 今は王を止めるものすらいないのでしょうか。


 そんなことを考えていると、壮麗な王宮も、イレーヌによって飾り付けられた私自身も滑稽に思えてきました。手紙を受け取った時より幾分か気分は持ち直しましたが、王宮に来ると思考が後ろ向きになっていくのを自覚していく。


 そんな状態ゆえに、自暴自棄な考えが頭をよぎる。せめて王がどのような反応をするか見届ける必要があると、自身を奮い立たせる。

 ゲオルクのおかげで王都まで来れたのですから、切り替えないと。


「ゲオルク」


 彼を思い出したことで思わず小さく口に出してしまった。

 黒髪を肩より少し長い程度まで伸ばし、左目に魔眼を宿した人間の転生者。顔は整っており、身長が大きく筋肉もあるため少々威圧感があります。それでも内面は真面目で優しい人で、怖さは一切ありません。


 転生者はヴァイスベルゲン王国では生きるのが大変でしょうが、私とても親身に接してくれています。二人での旅でもとても紳士的で、こちらを随分と気遣ってくれているのを察していました。

 短い付き合いですが、彼は信じるに値する人です。

 ゲオルクのことを思い出していると、後ろ向きの考えはなくなった。


(もっと別の出会い方をしたかった)


 いえ、今だからこそゲオルクとこんなにも距離が近いのかもしれない。

 こんな状態が嬉しいような、嬉しくないような。なんて複雑な気分でしょう。




 予定時間より随分と待たされ、ようやく王と会うことに。

 日程を変更される可能性もあると考えていました、この程度なら予想の範囲内です。


「カムアイス女伯、よくきた」


 かけらも思ってもいないであろうことを王は言う。

 実際、王の顔は苦々しく歪められている。隠すそぶりも見せず、王としてどうなのかと思ってしまう。

 第四王子の婚約者候補となった時に初めて挨拶をしたけれど、その時の王はもう少し表情を取り繕えていたと思う。私自身が緊張していたため、王の細かな表情まで覚えてはいないけれども。


「ローレンツ国王陛下、お渡し頂いた書状の返事をするためアンナ・フォン・カムアイス参りました」

「うむ」


 王の近くにいるのは、王太子ロベルト・フォン・ヴァイスベルゲン殿下、レオポルト・フォン・クリフファルケ侯爵閣下。

 王太子ロベルト殿下は元第三王子、クリフファルケ侯爵閣下はリラヴィーゼ王国に国境を接する侯爵家。ロベルト殿下と侯爵閣下は、どちらも短い黒髪に黒い瞳。リラヴィーゼ王国の血が濃い証拠。

 少々太り気味の王は金髪、碧眼だが髪を短く切っている。髪が短いのはリラヴィーゼ王国の貴族を真似ているのでしょう。王家はリラヴィーゼ王国に染まっている。


「カムアイス女伯、して返事は?」

「お断りをさせていただきます」

「何故だろうか?」

「私は貴族当主であり、当家は王家に連なる貴族にございます。平民と結婚をして、爵位を譲れとは貴族と王家の格式を落とす行為だと思慮いたしました」

「グリュンヒューゲル帝国には皇帝以外の爵位がないではないか、其方には平民も同じであろう?」


 王は何を言っているのでしょう。

 帝国は確かに皇帝陛下が全ての土地を統治していることになっていますが、叙爵された貴族がいないわけではありません。広大な帝国を統治するために一代限りの貴族や、自治を許可された公国が存在します。

 私が無知だと試しているでしょうか?

 いえ、それ以前に私はヴァイスベルゲン王国の貴族。


「ローレンツ国王陛下。私はヴァイスベルゲン王国、カムアイス伯爵にございます」

「では、余の指示通りにすればよい」

「国王陛下とはいえ、当主の結婚に口を挟むのは貴族の権利を侵害しております」

「ふん」


 行儀悪くも椅子の肘置きに肘をついて顎に手を添え、機嫌の悪くなった子供のような表情で横を向いた。

 王がすることではない。


 王と話をすればするほど、ヴァイスベルゲン王国から心が離れていく。カムアイス領の領民を守るのが私の使命と自分の心を繋ぎ止める。


「国王陛下」

「なんだロベルト?」

「カムアイス伯爵のおっしゃる通り、命令はいささか行きすぎておりますかと」

「わかった。ロベルトに免じて結婚はなしとする」


 渋々といった様子で王は話を無かったことにした。


「ではカムアイス女伯の王都にある屋敷を接収する」


 王はまた私には理解のできない命令を始めました。


「いかような理由でしょうか?」

「結婚を予定していた騎士への詫びは必要であろう?」


 結婚についての話を勝手に進めたのは王家であって、当家ではない。詫びをするなら王家が出すのが通りで、当家が出すのは間違っている。

 いえ、騎士にまずは屋敷を渡して、次に爵位と領地を渡すつもりなのでしょう。最初から叙爵しなかったのは、私をいたぶり、剥ぎ取るためですか。


「ローレンツ国王陛下、当家の屋敷は騎士には過分かと」

「余はそうは思わん」


 この次はどのような無茶を言われるのか、次は領民にすら手を出し始めるのではないか、そんな考えが過ぎる。私が伯爵を続ければ領民に害が及ぶ、そんなことを考えると、心がヴァイスベルゲン王国から離れていく。


 王は代々のしきたりや法すら無視して、子供のわがままのように権力を振りかざす。

 もう限界です。王都の屋敷などどうでもいい。


「承知いたしました。出ていくための期間をいただけますでしょうか」

「余にも慈悲はある、三ヶ月以内に出ていくように」

「はい」


 私の返事に、王は満足気に頷いた。


「レオポルト、いくぞ」

「はっ」


 王はクリフファルケ侯爵閣下を連れて部屋を出て行った。

 ロベルト殿下だけが部屋に残っている。


「アンナ閣下、失礼いたしました」

「ロベルト殿下、お気になさらず」


 ロベルト殿下はリラヴィーゼ王国派の中では異質。そもそも派閥に所属することを望んでいなかった節がある。しかもロベルト殿下は、王がグリュンヒューゲル帝国派の貴族を消そうと考えていると伝えるため、内戦になる前に噂を流した可能性が高い。


「しかし」

「ロベルト殿下が口を出せる範疇を超えていたのは理解しております」

「余に力がないため、申し訳ない」


 王太子であるロベルト殿下は発言力がないわけではありませんが、王とは比べ物になりません。結婚の話を無かったことができただけでも十分な助力です。


「アンナ閣下」

「はい」

「其方がどのような決断をしても余は非難しない」


 ロベルト殿下は、私の心がヴァイスベルゲン王国から離れたのを理解しておられる。どうするか何も決めてはいませんが、殿下と直接喋る機会は最後となりそうです。


「ロベルト殿下、御礼申し上げます」


 ロベルト殿下は頷いただけで、他には何も言わなかった。

 私とロベルト殿下は二人で会話をできるような間ではありません。別れの挨拶はこれが限界でしょう。


 私は部屋を退出し、屋敷へと急ぎ戻ります。

 これからのことを、皆に話さねばなりません。

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