第14話 依頼完了

 数日ぶりのサウナは気持ちがいい。風呂の方が好みではあるが、転生してからずっとサウナだったため慣れてしまった。

 それに冬場はサウナから雪の中に倒れ込むのも面白い。雪が近くにあるサウナでないとできないことだが、ヴァイスベルゲン王国は飽きるほど雪が降り積もる。

 温めた体を急激に冷やすのは体に本来は良くはないだろう。しかし、とても整う。


 サウナから出ると、新しい服まで準備されていた。

 着ていた服はすでになく、高そうな服だがありがたく着させてもらう。

 サウナでさっぱりした後、水を飲んでくつろいでいると、アンナ様から呼ばれた。


 連れて行かれたのは執務室だろうか、高そうな家具が配置されている。大きな机が窓際にあり、壁には書棚がある。大きな机の前にはソファーが二脚向き合った状態で用意されている。


「お呼びでしょうか?」

「ゲオルク、休んでいるところすみません」

「いえ、お気になさらないでください」


 アンナ様もサウナに入ったのだろうか、血行がいいのか頬がほんのりと赤い。美人に磨きがかかっている。

 アンナ様から、これまた高そうなソファーに座るよう勧められる。先ほど新しい服に着替えたので、今度は躊躇なく座れた。

 アンナ様と向き合って座る。


「ゲオルクに明日以降どうするのか尋ねたかったのです」

「明日以降ですか?」

「ええ、護衛の依頼は王都までのお願いでした。私とともにカムアイス領に帰るのでしたら問題ありませんが、一人で帰るのでしたら馬が必要ではありませんか?」


 確かにフィーレハーフェンまで歩いて帰るのは遠すぎる。時期的に川はまだ渡れないので、今回の街道とは別の遠回りになる西側の街道を行くしかない。しかも街道の治安も悪化しているようだし、歩いて帰るのは遠慮したいな。


「西側の街道で帰るにしても、一人で蟲を相手したくありませんね……」

「確かに西側の街道も治安が悪化しているかもしれません。私とともにカムアイス領に戻るのは問題ありませんが……王との謁見がどのようなことになるかわからないのです」


 アンナ様と一緒に帰るのが一番安全だろうが、王の行動が予想できなさすぎるのが問題か。

 屋敷の侍女に暇を出してまで、何があってもいいようにするほどだしな。

 しかし、そんな王と会うアンナ様が心配でもある。王都に来るまでの三日間でアンナ様の優しく真面目な人柄もわかった。そうなると、何も知らずに帰ってしまうのもどうかと思い始める。


「アンナ様とともに帰ろうと思います」

「どのような結果になるかわかりませんよ?」

「構いません。それに逃げるなら、わたくしの力は便利でしょう?」


 イレーヌがアンナ様の後ろに控えているため、魔眼と言わずに眼帯を触る。アンナ様ならオレが何を言いたいかは理解してくれるだろう。


「そうですね」


 アンナ様は時折見せる憂いを帯びた表情で頷いた。

 表情からして、逃げるつもりはないのかもしれない。オレとしては、十分国に尽くしたと思うのだがな。


「ゲオルク、イレーヌにあなたのことを話したいのですが構いませんか?」

「目のことですか?」

「そうです。イレーヌは私の乳母で、イレーヌの母は私に令嬢教育を教えてくれた人です。目に関して知っても嫌悪するようなことはありません」


 イレーヌはアンナ様に距離が近いとは思っていたが、乳母だったのか。

 魔眼を見せてアンナ様と同じように嫌悪感を出さないなら眼帯を外してもいい。


「わかりました」


 眼帯を取って魔眼を露出させる。

 星のように輝き、炎のようにゆらめく金色の虹彩が見えているだろう。

 イレーヌがオレの左目を見ているのがわかる。


「魔眼」

「はい。転生者です」


 イレーヌが頷いた。


「隠す理由はわかりました。しかし、魔眼でどのように時間を短縮したのです?」

「カルトフルスを渡りました」

「この時期の川を渡ったのですか!? なんてことを!」


 イレーヌの驚きようから、春は川が濁流となっているのを知っているようだ。

 アンナ様が王都に期間内に来るには、川を渡るしか方法はなかったと説明している。更に二人で王都に来たのは船に他に人を乗せられなかったからだと説明すると、イレーヌは顔を両手で覆い上を向く。


「アンナ、もう二十歳なのですからお転婆はダメですよ。伯爵になってしまい抱え込んでいるとは思いますが、母のイルゼか、娘のイナにしっかり相談してください。皆アンナを心配しています」


 イレーヌの喋り方が一気に変わった。

 優秀な侍女といった感じから、母親といった感じだ。こちらがイレーヌの本来の話し方なのだろう。

 乳母だとアンナ様がいっていたが、本当に距離が近いようだ。


 話を聞いたアンナ様は反省した様子を見せている。

 イレーヌはアンナ様の頭を撫でた後、オレの方を向いた。


「ゲオルク、アンナを送り届けてくれてありがとう」

「無事送り届けられてよかったです」


 イレーヌは侍女としてではないのだろう、朗らかな母親といった様子でオレにお礼を言ってきた。アンナ様が大事にされているのだとよくわかる。

 なんというか力になりたいと思えるような関係だ。

 ここまで付き合ったのだ、魔眼を持つ転生者として役に立とう。


「アンナ様、屋敷内で魔眼を出したままにする許可をいただけませんか?」

「ゲオルク、私のためでしたら無理をする必要はありません」

「無理をしていないといえば嘘になりますが、眼帯をしていない方が楽なのも事実です」


 アンナ様は困っているというか、悩んでいるような表情をしている。

 イレーヌが話しかけてきた。


「今屋敷にいるのは私と兄のエマヌエル、そしてカムアイスの兵士だけ。兵士には私から事情を話せば理解してくれます」

「仲良くして欲しいわけではありません、転生者と聞いて嫌悪するような人に会わないようにしてくれれば問題ありません」


 子供ならまだしも、大人が幼い頃から教わった常識を変えるのは難しいだろう。それに、兵士だったら流石に転生者だと知ったからといって、斬り掛かってくる人はいないとだろう。

 珍しいが、殴りかかってくる人はいるからな。

 なかなかに転生者は生きづらい。


「ゲオルク、そこまでして魔眼を表に出す必要があるのですか?」

「眼帯で隠していると魔眼が使えませんので出しておきたいのです」

「使えないのですか?」

「ええ、ほぼ使えなくなります。……もしや、使えなくなると知らないのですか?」

「初めて聞きました」


 アンナ様がイレーヌに尋ねると、イレーヌも知らないと返事をしている。

 オレはアンナ様が転生者について詳しいのもあって、眼帯の意味を知っていると誤解していた。


 魔眼を隠すと使えなくなるというのは、転生者が少ないから知られていない可能性もあるが、転生者が身を守るために隠していたのかもしれない。もしくは、強力な能力のある魔眼を隠そうと考えたのは、オレ以外にいないのかもしれない。


「眼帯をしていても完全に使えないわけではないのですが、使えると言うには無理があるほど使いにくくなります」


 原理まではわからないが、魔眼を隠すと能力を使いにくくなるのは事実だ。

 オレは元々転写眼の能力しかなかったので、隠していようと出していようと変わりがなかった。なので眼帯をして隠していた方が嫌悪されることもなかった。


「わかりました。イレーヌ、屋敷にいるものへの説明をお願いします」

「任せてください」


 オレもイレーヌに頭を下げてお願いする。


「ゲオルク、魔眼を隠すと能力が使えなくなるというのは、私とイレーヌだけの秘密にしておきます」

「ありがとうございます」


 アンナ様の配慮に感謝する。

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