第13話 王都

 シュネーを走らせ、王都ヴァイスの城壁までたどり着く。

 周囲に魔眼が気づかれないうちに眼帯を着ける。

 王都の城壁は白い石が積み上がってでできており、所々石が欠けているのが歴史を感じさせる。


 城門前では関所と同じように検査が行われているようだ。

 シュネーから降りて順番を待つ。


 再びの検査に緊張したが、王都に入るための検査は簡単だった。

 どうもオレが魔法で響かせた雷の音は王都まで聞こえていたようで、さっさと中に入れろと商人が騒いだためか検査が簡単になっていたようだ。

 実際、雷が怖いのは商人たちだけではなく、金属を装備している兵士たちもだったのだろう。検査が簡単になるのもわかる。


 シュネーから降りた状態で城門をくぐり、王都の中に入っていく。


「ゲオルクの魔法には驚きましたが、簡単に検査が終わったのは幸いでした」

「説明する前に魔法を使ってしまい申し訳ありません」

「必要なことをしたのだとわかっています。気にする必要はありません」


 城門前は慌ただしく人が王都へ入ろうとしているため、小声で会話していれば人に聞かれることもない。


「アンナ、この後は?」

「歩いて屋敷に向かいます」

「歩きなのですか?」

「王都で馬に騎乗するのは貴族か兵士です」

「知りませんでした」

「決まりではありませんが、不文律となっています。今は目立つのは良くありませんから歩きましょう」

「はい」


 城門を抜けると、石造りの街が広がっている。

 地面も石畳になっており、街全体がしっかりと整備されているのがわかる。


「外から見てもそうでしたが、王都は白いですね」

「夏でも雪が積もっているようだと言われますね」


 大量に雪が降るヴァイスベルゲン王国の立地からすると、夏でも雪が積もっているようだは褒め言葉になるのだろうか? むしろ雪はもう見たくないと思うものなのだがな。


「綺麗ではありますが、個人的には夏まで雪を思い出したくありません」

「そう考える国民が多いとは聞いたことがあります。しかし、王都周辺で建材として採掘できる石が白しかなかったようです」

「なるほど」


 王都の中をアンナ様と喋りながら歩いていく。

 アンナ様を送り届ける途中ではあるが、初めて入った王都の中は興味深い。つい視線を彷徨わせてしまう。


「ゲオルクは王都に来たのは初めてですか?」


 周囲を見回していることにアンナ様に気づかれたようだ。


「はい。ツィーゲシュタイン領までの通行書しかありませんでした。内戦の時も目の前まで来ただけですし」

「そういえばゲオルクは内戦に参加していたのでしたね。戦いは王都近くで起きたと聞いています」

「王都の西側だったと記憶しています。戦場となったのは、普段だったら農地として使う場所だったのだと思います」


 アンナ様と話していて気づいた。盗賊は各地で徴兵された人かと思っていたが、王都近くの農民の可能性が高い。農地の上で戦ったので、農地が荒れているだろう。農民は荒れた農地では農業がろくにできず、食うに困って盗賊をするしかなくなったわけか。

 関所があるのに盗賊がどこから集まってきているのか不思議だったが、元々近くの農民だったわけだ。


 嫌なことに気がついてしまったな。

 盗賊となった農民を放置するとは、王は国民のことなどどうでもいいのだろうか?

 領民のため伯爵となったアンナ様が王を嫌悪する理由がよくわかる。

 白い王都の王とは思えないほど濁りきっているように思える。


 観光気分ではなくなってしまった。

 アンナ様を早く送り届けることにする。


「急ぎましょうか」

「はい」




 アンナ様の案内でたどり着いたのは柵に囲われた屋敷だった。

 流石、伯爵家。

 屋敷は見えているのに門までが遠い。

 しかも屋敷を囲っている柵が立派で、屋敷が完全には見えない。見える部分だけでも他の家とは違って白一色ではなく、木や漆喰のようなものを使っているようで見た目が違うようだ。


 たどり着いた門の前には兵士が立っており、近づいていくとこちらを一瞬見た。すぐに前に向き直ったと思ったら再びこちらを見た。見事な二度見だ。


「アンナ様!?」


 兵士が慌ててアンナ様の近くに駆け寄ってきた。

 大きな屋敷だったので、アンナ様が到着したとどうやって連絡を取ろうかと思っていたが、立っていた兵士がアンナ様をわかったようで助かった。

 兵士は周囲を警戒すると、すぐにオレたちを敷地の中へと案内してくれた。


「アンナ・フォン・カムアイス伯爵閣下、ご帰還!」


 屋敷の前に来ると兵士が叫び、屋敷の中から人が次々と飛び出してきて、すごい騒ぎとなる。

 アンナ様、アンナ様と大騒ぎだ。

 シュネーの手綱を持ったオレは完全に蚊帳の外だ。しかし、ここまで歓迎されるとは。アンナ様は人望があるようだ。


「エマヌエル、王への謁見の許可を急ぎ申請してください」

「承知いたしました」


 アンナ様が黒髪を撫でつけた初老を超えそうな男性へと命令している。

 エマヌエルと呼ばれた男性はどこかへと去っていった。


「イレーヌ、ゲオルクの部屋を用意してもらえる?」


 どうすればいいのだろうと思っていたが、アンナ様がオレの名前を呼びならがこちらを見ると、皆の視線がオレに集まる。


「ゲオルク様、イレーヌと申します。お部屋に何かご要望はありますでしょうか?」


 イレーヌと名乗った女性はメイド服を着ているので侍女なのだろう。先ほどのエマヌエル同様に初老は超えていそうで、黒髪をまとめている。


「イレーヌさん、どのような部屋でも構いません」

「承知いたしました。お客様、イレーヌとお呼びください」

「わかりました」


 年上だとわかる人を呼び捨てにするのは抵抗があるが、イレーヌを困らせるべきではないだろう。

 イレーヌから、シュネーも休ませるとのことで手綱を近くにいた兵士に渡す。


 屋敷の中は至る所に木材が使われており、温かみのある作りをしている。

 イレーヌから案内された部屋は寝室が別で、リビングまである部屋だった。本当に使っていいのか不安になるほどの広さだ。


「あの、こんなに広い部屋でなくても良いんですが」

「アンナ様のお客様を不自由させるわけには参りません」


 アンナ様は伯爵だし、あまり狭い部屋を用意するわけにもいかないか。

 贅沢すぎて不安になっただけだし、部屋をそのまま使わせてもらうことにする。


「旅でお疲れでしょう。サウナの準備をいたしますのでお待ちください」

「ありがとうございます」


 ヴァイスベルゲン王国の入浴はサウナが主流だ。お湯に浸かる方法もあるが、準備が大変なので滅多に用意されない。

 イレーヌは準備をしてくると部屋を去っていった。


 汚れた服でソファーに座って良いのかと悩んでいると、なぜか兵士がお茶などの準備をしたワゴンを引いて部屋に入ってきた。兵士の登場にアンナ様への無礼で斬り殺されるのかと一瞬考えたが、だったらお茶を持ってこないだろう。

 疑問に思っていると兵士に頭を下げられた。


「申し訳ない、本来なら侍女がお茶を入れるのですが、類が及ぶといけないと暇を出してしまったのです」

「あぁ、なるほど」


 アンナ様にとって王都は安全な場所ではない。

 つまりアンナ様の配下である侍女たちも安全を保証できないのだろう。


「お茶をお入れしますので、どうぞお座りください」


 再び座って良いのかと戸惑う。


「どうされました?」

「汚れた姿でこんな立派なソファーに座って良いのかと……」

「アンナ様のお客様なのですから、お気になさらず」


 道中で着替えを用意する暇もなく、汗だくの埃まみれなんだよな。


「自分がこんなことを言って良いのかわかりませんが、最後のお客様になる可能性もありますのでお気になさらず」


 兵士に言われて気づく、アンナ様の伯爵家は今後どうなるか分からない。それに、侍女がいないのなら客を呼ぶこともできないだろう。

 そう言われたら気楽になった。兵士の気遣いに感謝して椅子に座る。

 兵士にお茶を入れてもらうという不思議な状態でくつろぐ。

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