第11話 転生者

 蟲が砂糖を好きなことを知って以来、甜菜から氷砂糖を作って持ち歩くようにしている。

 街道沿いを移動するなら滅多に必要になることはないが、疲れた時に自分で食べてもいいし、馬に食べさせてもいい。しかも持ち歩く分には軽くて重宝した。


「砂糖があれば蟲から身を守れるのですね」

「すべての蟲に試したわけではありませんが、今のところ試した蟲はすべて砂糖に反応しています」

「領を開拓するのに使えますね」


 砂糖自体を売るのではなく、使い方で儲けられないかと考えたことがある。

 しかし、一瞬の売買ではなく、長期の関係を築くのは難しいと当時は結論づけた。理由はオレが忌子とされる転生者であることと、貴族相手だと利益だけ取られて終わる可能性を前世の知識から捨てきれなかった。

 だが、アンナ様の転生者への対応を見ると、貴族相手に商売を選択しなかったのは失敗だったかもしれない。


「ですが、今は開拓する暇もありませんね」


 確かにそうだ。

 王はアンナ様から爵位を奪うつもりで、今領地を増やしたところで王が喜ぶだけになる。今回爵位を奪われなくとも、王は次の手を考えるだろう。

 奪われるなら、アンナ様は王が喜ぶことをするつもりもないだろう。


「ゲオルクは想像以上に知識がありますね」

「いえ、わたくしが知っていることなど、そう多くはありません」

「私に対する喋り方も問題ありませんし、食事の取り方も問題ありませんでした」

「恐縮です」


 想像以上に褒められて戸惑う。

 前世の知識と、アルミンの勉強に付き合っただけなのだがな。


「そこまでの教養、ゲオルクの前世は何だったのです?」


 ああ、そういうことか。

 転生者として疑問を持たれたようだ。

 隠す必要もない。素直に答えることにする。


「人間です」

「人間?」


 アンナ様が戸惑っているのがわかる。

 そうだろう。転生者のヴェリに出会うまで知らなかったが、この世界の転生は同じ生物に転生しない。つまり魔物だったり動物が人間に転生するのだ。

 オレのように人間から転生した上に、異世界からの転生者などあり得ないのだ。


「長きを生きた魔物ではなく?」

「ええ。人間です」


 転生者が忌子とされるのは、前世が凶暴な魔物や動物だったりして、手がつけられないような子供もいるかららしい。

 強力な魔眼を使って大暴れするらしく、忌子だと言われるのも理解できる。しかし、暴れないなら普通に接してくれれば良いのだがな……。


 ヴァイスベルゲン王国の一般的な市民には転生者がどのような存在か伝わっていない。なので魔眼を持つものは転生者であり、忌子であると結び付けられて終わってしまう。

 アンナ様の質問から、貴族には転生者がどのような存在かしっかりと伝わっているようだ。


「人間の転生は初めて聞き……いえ、伝説上の一人だけ知っていますか」

「魔術師アイケですか?」

「はい。最初の魔術師にして、偉大なる発明家」


 アイケは伝説上の偉人。

 魔術を作り出し、数々の発明により人類を大陸中に進出させた人。そして人間の転生者であると言われている。

 アルミンの勉強に付き合っていて知った知識だ。


 アイケの発明には暦もあり、偉大な功績によってアイケ暦と呼ばれている。

 しかし、一般的な市民はアイケ暦のアイケが誰かも知らなかったりする。

 今はアイケ暦八百六十七年。


「アイケ以外に人間から人間の転生者がいたのですね」

「貴族にも記録は残っていませんか?」

「私は聞いたことがありません」


 人間の転生者はやはり相当珍しいようだ。

 となると異世界からの転生者は更に珍しく、オレ一人の可能性が高い。

 何となくそうだろうとは思っていたので、そこまで悲しさのようなものは感じない。


「ゲオルクに教養があるのはなぜか理解できました」


 伝説の偉人と同列にされてはたまらない。


「アイケのような知識はありませんよ?」

「それはもちろんわかっております」


 流石にアンナ様も理解していたようで、上品に笑いながら同意してくれた。


 会話をしながらシュネーの息が整ってきたのがわかった。

 蟻のいた後方は今のところは追ってくる様子はないが、砂糖を食べ尽くした後に追ってこないとも限らない。


「アンナ、シュネーの速度を上げます」

「はい」

「また蟲が出てくる可能性があります、街道脇の警戒をお願いします」

「ええ、わかりました」


 警戒を続けるのも疲れるので、アンナ様と交代で休憩しながら街道を駆け抜けていく。




 蟻に出会ってからは蟲に出会うこともなく、昼過ぎまで順調に進んできた。

 順調に街道を駆け抜けていると、街道脇に馬や御者のいない馬車が街道の脇に打ち捨てられているのが見えてくる。

 蟲が出てくる危険がある場所に馬車だけ置かれているのは不自然。


「アンナ」

「馬車ですね。見えています」


 緊張しながらもシュネーで馬車の横を止まることなく通り過ぎる。

 馬車は壊されているのが一瞬見えた。

 大きく壊れているように見えたのは側面で、ぶつかって壊れるなら正面が壊れるはずだ。街道脇から蟲が出てきて襲われた可能性が高そうに思える。


「あの壊れ方、蟲でしょうか?」

「その可能性が高いかと」

「街道を維持せずこのような状態にして、王は何がしたいのでしょうか……」


 アンナ様の疑問はもっともだ。

 しかし、オレにも答えはわからない。




 宿場町や街で王都への道順を聞きつつ、シュネーの休憩を挟んで進み続ける。

 街は通り過ぎて、今日もまた宿場町での宿泊とした。


 いつものように眼帯をして、宿場町に入る。

 昨日と同じように一番大きな宿屋に入って一番良い部屋を用意してもらった。

 アンナ様が体を拭いている間、昨日と同じようにシュネーを確認しに行く。連日同じようなことは起きず、宿屋に戻って時間を潰すことにする。

 宿屋の食堂で、男に酒を奢るので話を聞きたいと声をかける。男の格好は旅の途中ゆえに奇麗とはいえないが、しっかりとした生地の服を着ており商人だろう。


「何が聞きたいんだ?」

「王都周辺と王都の治安が聞きたい。ツィーゲシュタインの方から来たのだが、王都も周辺も荒れていると聞いてな」

「ツィーゲシュタインって、あんたよく無事だったな。危険すぎるから、今は行くなって商人の中じゃ有名だぞ」

「蟲に襲われたが、荷物はないので無事だったよ。オレは無事だったが、道中に馬車が打ち捨てられていたぞ」

「行き来が減っている今なら儲かるだろうが、命が無くなっちまったら意味がないな」


 商人にはもう街道が危険なことは有名になっているようだ。

 日本のようにすぐに木や草が生えて道がなくなることはないが、代わりに少しでも手入れを怠ると蟲が出てくる。

 商人は荷物を運んで移動するため、逃げることがほぼ不可能だ。なので街道の治安を重視して、少しでも危険がある場所には寄り付かなくなる。


「王都の治安は良くないな、食えない奴らで溢れかえっている」


 食えない人が冬を越せるほどヴァイスベルゲンの冬は優しくない。

 カムアイスでは困窮者への支援があったが、王都で同じように支援があるとは思えない。大量の凍死者が出ただろうし、食えない人で溢れかえっているのは変だ。


「春なのにか?」

「冬の間に随分と減ったが、どこからか集まっているようだ」


 国全体で困窮している?

 徴兵があり、戦争があった。経済活動が停滞するのは理解できる。しかし、カムアイス領にしろ、ツィーゲシュタインにしろそこまで問題があるようには思えない。

 むしろ多くの貴族が処刑され、行政が滞っているのが問題なのか?


「なので王都周辺は盗賊が現れる」

「盗賊については小耳に挟んでいるのだが、王都周辺は盗賊ができる環境なのか?」

「普通はできない。まぁ、そのうち蟲に食われていなくなるだろうな」


 盗賊は捕まえることもなく、いなくなるのか。


「あんたは荷物がないんだろ? 盗賊は相手しないで走り抜ければいい」

「武器は持っていないのか?」

「木の枝程度だな」


 盗賊と言って良いかも怪しくなってきた。

 派手な魔法で追い払えば良さそうだ。

 商人に話のお礼を言ってオレは部屋へと戻る。

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