第9話 廃止された関所

 まだ日が上り切っていない中、ベッドから起き上がり、寝る前に外した眼帯を着ける。すぐに手に取れるよう立てかけておいた剣を手に取って腰に差す。

 剣の良し悪しなど分からないが、使っても折れたことはないので問題ないだろう。定期的に手入れはしているしな。


 昨夜はオレの髪が乾いたところでアンナから話を聞くのをやめ、お互い別の部屋で就寝した。

 大半の事情は聞けたのだと思う。

 少々聞きすぎた気がしなくもないが。


 リビングとなっている部屋に置かれた水差しから水をコップに汲んで飲む。

 早朝は氷点下近くまで下がるため、水はとても冷たい。すぐに出るとはいえ、寒すぎるため暖炉に火を再び灯す。

 アンナ様が寝ている部屋の扉をノックすると、寝ぼけていそうだが返事は聞こえた。


「お湯と桶をもらってきます」

「ふぁい」


 緊張から疲れているのか、朝は弱いのかは分からないが、アンナ様は気の抜けた返事を返してきた。

 部屋を出て受付のある一階へと向かう。

 階段をカツカツと音を立てながら降りると、宿屋の下働きが音で気づいたのか顔を出してきた。お湯と桶が欲しいと伝えると、すぐに用意してくれると言う。


「朝食はどうされます?」


 昨日の話を聞いた限りは、ゆっくりと食べる時間が惜しいな。

 夜ゆっくり休めるように計画を考えた方が良さそうだ。


「持ち運べるものを頼めるか? お金を払うので、昼食分もできれば欲しいのだが」

「承知いたしました」


 追加で昼食分のお金を払うと、お湯と共に部屋に持ってきてくれることになった。

 部屋に戻ると、アンナ様がまだ眠そうな顔で椅子に座っていた。


「調子はいかがですか?」

「調子がいいとは言えませんが、問題ない程度です」


 このような旅は慣れているわけないだろう。

 男でも旅慣れているものか、普段から鍛えてなければキツそうな旅だ。

 貴族令嬢だと考えると、起きてこられるだけマシだと言えるだろう。アンナ様は思った以上に耐えている。


 宿屋の下働きがお湯と桶を持ってきた。

 アンナ様に朝の準備をしてもらう。


「アンナ様、お髪を昨日のようにまとめても構いませんか?」

「お願いします」


 髪を櫛で梳かして三つ編みに編み込んでいく。

 渡し船用のロープを作っていたので、何となくやり方はわかる。ロープのようにキツく締め付けず、軽く編むようにするとうまくいく。


「違和感はありませんか?」

「ええ、問題ありません。ありがとうございます」

「いえ、侍女ほどうまくはできていないと思います」

「気にする必要はありません、髪を縛れるだけありがたいです」


 アンナ様の準備ができたところで、宿を出ることにする。

 宿屋の主人に世話になったお礼を伝えた。

 アンナ様を連れて馬屋に向かうと、すでに起きていたシュネーが鳴いてこちらを呼んだ。


「シュネー、よく寝れましたか?」

「ブル」


 シュネーはアンナ様に顔を寄せて撫でられている。

 見た限りは調子も悪くなさそうだし、機嫌は悪くなさそうだ。外していた馬具を取り付けて、馬屋から外に出す。

 シュネーに乗ろうとしたところで、シュネーがオレの腰につけている鞄に顔を近づけてきた。鞄の中に入っている氷砂糖を取り出す。


「これが欲しいのか?」

「ヒヒーン!」


 早くよこせと言うようにシュネーが嘶いた。

 シュネーのお詫びとして宿屋から果実をもらったので、代わりに氷砂糖を一つだけシュネーに食べさせる。


「ゲオルクなんですかそれは?」

「砂糖です」

「砂糖? 高価なものを持っているのですね」

「手に入れるのは大変ですが、使い道があるので持ち歩いているのです」


 砂糖は輸入品。

 買おうと思っても簡単に手に入るものではない。蜂蜜の方がまだ簡単に手に入る。


「使い道については道中にお話しします。まずは先を急ぎましょう」

「はい」


 氷砂糖を食べて満足した様子のシュネーに二人で乗る。

 していた眼帯を外して、髪を一括りにして視界を確保する。

 シュネーに指示を出すと街道を軽快に走り出す。


 話をする前に騎乗したまま朝食を済ましてしまうことに。

 アンナ様に先に食べてもらい、オレが食べている間はアンナ様が手綱を握っていてくれた。

 シュネーはアンナ様の愛馬だと言っていたが、想像以上に扱いが慣れている。


「アンナは乗馬をよくされるのですか?」

「ええ、子供の頃から乗馬が好きで、よく遠乗りをしていました」


 アンナ様の見た目は深窓の令嬢のような見た目をしているが、実際の性格は違うもののようだ。短い付き合いでもそんな予感はしていたが、徐々にアンナ様の性格がわかってきた気がする。


「ゲオルク、関所が見えてきました」


 昨日はかなり飛ばしたこともあって、ツィーゲシュタイン元伯爵領の端まで来ていた。

 ヴァイスベルゲン王国は領の移動を制限しているため、領地の境目には関所が配置されている。関所を無視して通るには危険な森を通るしかないため、許可がない場合は命懸けの移動となる。


 オレはツィーゲシュタイン元伯爵領を出る許可がなかったので、こちらの関所に来たのは初めてだ。

 しかし関所は普通人が立っているのだが、誰もいる様子がない。


「関所の兵士が見えませんね?」

「本当ですね?」


 人が関所の外にいないからといって無視して通り過ぎることはできない。シュネーの走る速度を落として関所の前で止まる。

 シュネーが止まっても、関所の中から人が出てくる様子がない。

 アンナ様と二人で顔を見合わせる。


「どういうことでしょう?」

「分かりません」

「中を確認してきます」

「はい」


 関所には門のようなものはないが、兵士が関所に留まるための建物がある。寝泊まりできるようにか大きく馬屋まであるようだ。しかも建物は石造りなためかなり立派なものだ。

 建物の出入り口を探すと、扉がすぐに見つかった。


「すみません」


 扉を叩いて中に声をかけるが返事はない。

 戸惑いながらも扉を開けようとするが開かない。どういうことだ?

 周囲に何かないかと探していると、何か書かれている板を見つけた。


「ツィーゲシュタインの関所を廃止いたします。……廃止?」


 なぜ?

 困惑しつつもアンナ様の元に戻る。


「アンナ、関所が廃止されていました」

「廃止ですか?」

「はい」


 アンナ様も心当たりがないようで首を傾げている。


「あ。ツィーゲシュタインは王領になったのでしたね。王領で管理する関所は貴族が管理する関所とは違います」

「そうなのですか?」


 そんな話初めて聞いた。


「王領がある場所の大半は、グリュンヒューゲル帝国とリラヴィーゼ王国の交易路に集中しています。関所で通行税を取りすぎると、交易路として使われなくなってしまうため、王領の場合は関所を置かない場合が多いのです」


 交易路は通行税を取るために関所を多く置きそうなものなのに。


「通行税を取らないように関所を置かないのですか?」

「ええ。ヴァイスベルゲン王国の食糧生産率は低く、収穫が少しでも悪くなると交易で食料を調達する必要があるほどです。各地を収める貴族もそれを理解しており、通行税はそれほど取っていません」


 確かに渡し船で荷物を運んだ場合に取られる通行税はそう高いものではなかった。


 しかし、祖国であるヴァイスベルゲン王国は聞けば聞くほど絶望的な立地をしている。

 以前は貴族同士の派閥争いがなかったと言っていた意味がわかった。なのに王が派閥争いを始めて、貴族を大量に殺してしまったのはかなり不味いのだと理解する。


「しかし、交易路以外では人の移動を管理するため、関所を置くのが普通ではありますが……。なんにせよ、関所が廃止されているならこのまま通って構いません」

「承知いたしました」


 関所は街道の脇に建物があるだけで進路を塞ぐようなものはない。オレはシュネーに乗ると再び街道を走り出す。

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