第8話 王都へ向かう理由
ヴァイスベルゲン王国はオレの行動範囲でも山を登ったり、山の谷間に通した道を移動する必要がある。しかも国は随分と北にあるのか、冬の間は雪に閉ざされてまともに移動できなくなる。
確かに侵略する価値などなさそうだ。
「地形に助けられていたのですか」
「そうです。ですから今までは派閥が分かれていようとも気にはしてこなかったのです」
「それが急にこのようなことになったと」
派閥争いがあまりなかったのか。
貴族はドロドロとしている印象があったが、ヴァイスベルゲン王国は厳しすぎる環境ゆえに、派閥争いはあまりなかったのかも知れない。
「派閥争いから内戦に至るまでの最初のきっかけは王の発表からでした。内容は王太子を優秀なものにするというものです」
優秀なものを引き立てるのは良いことではあるが、混乱を招いては意味がない。
国の政策としては愚策ではないだろうか?
いや、それが目的だったのかも知れない。
「国が荒れそうです」
「ええ、同様の考えだった王子たちは止めに入ったようです。しかし、王は最初からグリュンヒューゲル帝国派貴族の力を削ぐことが目的で、止める気はなかったようです」
やはり最初から第三王子を勝たせる前提だったのか。
「第一王子は王の計画に気づくのが遅れ、気づいた時には王の計略は完成していました。第一王子は兵を集めるふりをして、逃がせる人を国外へと亡命させるのが限界でした」
「内戦が妙に早く終結したのは第一王子の計画だったのですか」
「そうです。国力をこれ以上落とさないようにとの考えでした」
徴兵されて参加した内戦は、戦いが始まったと思ったらすぐに終わる。
兵力差は一般兵のオレにでも分かる差で、まともに戦えば死ぬと思っていた。
魔眼を持っていると知られると、嫌がらせで前線に送られた。魔法眼の持ち主であるヴェリ共々オレは前線に送られ、二人で後衛向きの魔眼なのに前線かよと愚痴を言い合ったのを覚えている。
何とか二人で生き残ろうと考えていたら、敗戦があっさりと決まったわけだ。
死ななくてよかったと思っていたが、何が起きたのかは不思議だった。敗戦は元々計画だった訳か。
「そして一年前の内戦で負けた第一王子は処刑されたのですか」
「はい。側室の子供である王子たちと、側室は処刑されました。そしてグリュンヒューゲル帝国派の貴族も大半が国賊として処刑されています」
「それだけ一度に処刑して国を運営できるのですか?」
「王都すら治安が悪化しているのであれば、できていないのでしょう」
国のためを考えた王子を殺すのもどうかと思うが、違う派閥だからといって殺し過ぎだ。
王は一体何を考えているのだろうか?
侵略する価値のない国とはいえ、交易路の維持すらできなくなったら取って代わられるのが予想できる。
アンナ様と話をしていると、乾かしていた髪が乾いたようだ。
「髪が乾いたようです」
「ありがとうございます」
話を中断して、夕食を宿に用意してもらった。
シュネーの詫びに宿屋の主人が食事を豪華にしてくれたようだ。部屋へと運び込まれた食事を前に、オレはどうしようかと止まる。
部屋の中ではアンナ様と呼んだ方が良かったのではないだろうかと、今更ながらに気がついた。
「ゲオルクどうしました?」
「外ならともかく、部屋の中で一緒に食事をとるのはどうかと思いまして」
「気にする必要はありません。私は今ただのアンナですから」
「承知いたしました」
そう言われては断りきれない。
それにアンナ様は悪戯しているような笑顔を浮かべている。親兄弟が死に、予定になかった伯爵という重荷を背負った状態から、今は解放されているのかも知れない。
「では失礼して」
「ええ」
食事はマトンの肉を使ったものが多く、シチュー、ソーセージ、パン、果実といったものが出された。ツィーゲシュタイン領は山羊が多く棲息しており、領地を出入りするオレにも馴染みのある食材だ。
マトンと香味野菜で味付けされたシチューは美味しく温まる。大きなソーセージはハムのように切って出されており、中には胡椒のような辛味のある実が入っており美味しい。
どちらも山羊独特の風味はするが、パンと共に食べると気にならない。
アンナ様の口に合うか不安だったが、奇麗な動作で食べられている。
「料理は口に合いましたか?」
「懐かしい味です」
「懐かしいですか?」
「お母様がツィーゲシュタイン伯爵の娘ですので、食べ慣れている味なのです」
隣り合った伯爵同士が結婚するのは納得できる話だ。
何にせよ食事が食べられるのは良かった。王都まで三日ほどの距離とはいえ、体力が落ちては体調を崩してしまう。
「この時期に果実までつけてくれるとはありがたいですね」
春とはいえ、まだ雪が残っていることも多く、果実は珍しい。出された果実も干されたもので、去年の夏に採取したものだろう。
「シュネーの詫びだそうです」
「そういうことですか。シュネーにも何か食べさせないといけませんね」
確かに。シュネーにも何か考えておくか。
最悪また氷砂糖を食べさせれば良いかな。氷砂糖は使い道があるものなので、残りを見ながらあげないとダメだが。
果実を食べ終わったところで、食事を終えて食器を片付けてしまう。
食器を片付けるときにお湯をもう一度持ってきてもらって、オレは別室で体をふく。
宿屋の下働きにお湯を引き取ってもらい、今度はオレが暖炉の前で頭を乾かしていると、アンナ様が再び話を始めた。
「敗戦後、第一王子と第二王子は戦場で首を落とされ、第四王子は後日処刑されました。私も第四王子と処刑されるものと思っていましたが、お父様やお母様、お兄様が処刑されても私の番は来ませんでした」
貴族の覚悟なのだろうが、処刑を待つとは凄いな。
「王城から呼び出しを受けた時は処刑が決まったのだと思いました。しかし、処刑ではなく叙爵を宣言されたのです」
「伯爵になられたのですね」
「そうです。本来は叙爵を拒みたかった。ですが領地のことを考えると叙爵をするしかありませんでした」
望まれた叙爵とはいえない、伯爵とはいえ良い立場ではなかっただろう。
それでもアンナ様は領地のことを考えて叙爵を受けたのか。
「二日前に王より連絡が来ました。内容は配下の騎士と結婚し、爵位を譲るようにと一方的なものでした。伯爵家は王より叙爵された身分とはいえ独立した存在です。このような申し出は到底受け入れることはできません」
オレにでも分かるほど失礼な提案に顔が引き攣る。
せめて爵位が同等であればアンナ様も納得しただろうが、騎士を婿として迎えて爵位を譲るのは無理がすぎる。
ヴァイスベルゲン王国の騎士は最下級の位で、領地を持たない一代限りのものはずだ。貴族であれば爵位と同時に所有するのが普通で、平民の場合は上げられる位は騎士が最上級だったはずだ。
つまりヴァイスベルゲン王国の騎士は貴族ではない。
ヴァイスベルゲン王国の平民は騎士になるのが一番の夢で、村や町から騎士になるものが現れれば大騒ぎになる。
平民にとっては夢の位だが、貴族からすると持っていて当然のもの。ただの騎士を婿にとって爵位を渡せとは、屈辱的で王といえど提案することすら憚られる。
「しかも私が王都ヴェイスで直接断らない限りは話を進めると書かれていました」
「アンナが直接?」
「そうです。しかも期限は手紙を受け取った時点で一週間しか時間がありませんでした」
フィーレハーフェンから王都まで三日はかかる。
渡船場のあるフィーレハーフェンを経由しない場合は、王都に行くまで二週間近くかかると聞いたことがある。
徴兵された時、山の上から王都が見えたのにそこから何日もかかった。直線距離では王都まで近いのだが、山を避けたり登ったりするため時間がかかるらしい。
ヴァイスベルゲン王国は国土に山が多すぎる。
しかもアンナ様のカムアイス伯爵領はヴァイスベルゲン王国の領土としては大きい。フィーレハーフェンまで一日はかかるはずだ。
最初から王都に行くのが無理な時間を設定されている。
最初から叙爵してしまえば良いのに、アンナ様に爵位を叙爵した上で騎士に爵位を渡すようにとは陰湿すぎる。
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