第7話 アンナの事情
外の人間であるオレの話を聞いてくれるか心配だったが、下働きの連れてきた男たちは盗人を宿屋から連れ出して行った。
オレとしては簡単で良いが、村としてこれで良いのだろうか?
「お客様、ご迷惑をおかけいたしました」
「構わない。しかし、簡単にこちらのことを信じるのだな?」
「盗人は村の宿をよく使う者なのですが、小さい揉め事をよく起こしておりまして……。今なら大きな犯罪を犯しても平気だと思ったのかもしれません」
「常習犯だったか」
「はい。うちの宿を使うような客ではないのですが、問題を起こす人物だと注意喚起をされてました。合わせて、問い詰めるとすぐに顔に出るとも」
確かに嘘がとんでもなく下手だったな。しかし、馬を狙っており、アンナ様を狙った者ではなさそうなのは良かった。
宿屋の人間がシュネーにこれ以上何かをするとは思えないが、シュネーはこれ以上何かあれば蹴り殺しそうだ。まだ付き合いは長くないが、オレが面倒を見たほうが良さそうだ。
「申し訳ないが、うちの馬は触らないでもらえるか」
「承知いたしました」
馬屋に戻ってシュネーの体をオレが洗って餌などを整えておいた。去り際に何かあったら蹴り飛ばして良いと伝えると、シュネーが元気に嘶いた。
オレの言葉を理解していそうだ。馬に蹴られれば大変なことになるので、もう何もないことを祈っておく。
部屋に戻るのが随分と遅くなってしまった。
六回連続でノックしてオレが戻ったことを伝えると、鍵を解除する音が聞こえた後に扉が開いた。
「ゲオルク、遅かったですね」
「申し訳ありません。少々問題が起きまして」
「問題ですか?」
長くなりそうだと、部屋に備え付けられていた椅子にオレとアンナ様は対面で座る。
オレはシュネーが狙われたことと、盗人を捕まえたのでシュネーが無事なことを順番に伝えた。
「シュネーが狙われるとは思いもしませんでした」
「わたくしも軍馬は売り先に困るため、狙われることは滅多にないだろうとは考えておりました」
「ええ、馬は血統が重要視されますから」
アンナ様は想像以上に馬について詳しいな。
宿屋の主人から聞いた、軍馬が売られていることをアンナ様に伝えると驚いている。
「シュネーを内戦で逃げた軍馬などと一緒に売ろうとしたわけですか」
「そうだと思われます」
「普段であれば血統が重要視されますが、捕まえた馬なので血統がわからないのですね。そこに盗んだ馬を混ぜても分からないと」
内戦で逃げ出した馬とはいっても、軍馬や良馬は捕まえて売っていいものではない。もし見つかれば胴体と頭が分かれるような処分が下される。
オレもヘルプストのことを考えると人のことは言えないのだが、ヘルプストの持ち主が現れたらその場で返す予定だった。手元にいれば面倒を見ていたと言えるが、売ったら言い訳ができないわけだ。
しかし、今回は馬を所有していた貴族が死んでいる可能性が高い。商人たちもそこに目をつけて、元軍馬や良馬を無名の馬として売りに出しているのだろう。
「王都は大変なことになっていそうですね」
「そちらに関しても話を聞けました」
王都や街道の治安が悪化していることを伝えると、アンナ様は大きくため息をついた。
何か思うことがあるのだろう、アンナ様は部屋にある窓の方を向いた。
アンナ様の横顔は儚げで、暖炉や燭台に照らされた翠玉のような緑色の髪と、金色の瞳は神秘的だ。同時に色っぽさを感じる。
咄嗟に横を向く。
アンナ様は綺麗な女性のため、意識しないようにしていたのにな。
横を向いた先には暖炉があり、夜になってきて冷えてきたこともあり薪を追加しておく。燃えている木の位置を調整すると、追加した薪がパチパチと爆ぜながら燃え始める。
気持ちが落ち着いた頃合いで、アンナ様に視線を戻すと髪が濡れていることに気がついた。
「アンナ、髪が乾き切っていないのでは?」
「ああ、そうですね。一人では難しくて……」
「失礼ですがお髪を触っても?」
「ええ」
髪が長いのはオレも同じで、一度濡れてしまった髪が中々乾かないのはよく理解できる。
アンナ様は三つ編みの時でも長かったが、髪を解くと腰ほども髪の長さがあるようだ。普段は侍女が髪を乾かすのだろう。早く気づくべきだった。
魔力が残っていれば魔法で乾かしたのだが、無くなるまで使ってしまった。起きているのもあって、まだ魔法を使えるほどに魔力は回復していないだろう。
暖炉のそばへと移動して、布に水分を吸わせつつ、櫛で髪を梳かして乾かしていく。
「ゲオルクは髪を乾かすのが上手ですね?」
「わたくしも髪が長いで、魔法を使えるようになるまでは自分で乾かしていました」
「そういえばゲオルクは髪が長いですね。お父様やお兄様も長かったので違和感がありませんでした」
前伯爵は髪が長かったのか。
船頭をしていた時に伯爵の関係者が船を使う場合もあったが、転生者で魔眼の持ち主であるオレが前に出ることはなかった。前船頭長の孫であったアルミンなら、もしかしたら見かけたことはあったかも知れない。
「ゲオルク、巻き込んでしまったのですから、私の事情を話しましょう」
「よろしいのですか?」
「ええ、私の立場は調べれば知れるほどのことですから」
髪を乾かしながらアンナ様の話を聞くことになった。
「私は元第四王子、エメリッヒ・フォン・ヴァイスベルゲン殿下の婚約者でした」
想像以上の立場だ。
王子の婚約者がいる貴族が処刑されているのも意味がわからない。
というか元第四王子?
「エメリッヒ殿下はお父様と同じように処刑されております。私もエメリッヒ殿下と同じように処刑されると思っていたのですが、王より伯爵に叙爵すると一方的に宣言されました」
第四王子が処刑されていたのか初めて知った。
貴族社会の話題だとしても重要なことなのに情報がなさすぎる。
「第四王子が処刑されていたのですか?」
「ええ。第一王子、第二王子、第四王子は処刑されています」
第一王子、第二王子、第四王子が処刑されるってどういうことだ!?
処刑されたのが一人でも話題になるだろうに、王子が三人も殺されて何の話題にもならないのは変だ。
しかも第四王子が反乱を起こして内戦になったのならまだ分かるが、第一王子が反乱を起こす必要性はないだろう。
「なぜ第一王子まで?」
「先の内戦は表向き第一王子の派閥であるグリュンヒューゲル帝国派の貴族と、第三王子の派閥であるリラヴィーゼ王国派の貴族との戦いになりました」
グリュンヒューゲル帝国は西の大国で、リラヴィーゼ王国は東の大国だったはずだ。オレは他国へと逃げられないかと考えており、地理について調べていたので分かった。
近年はグリュンヒューゲル帝国が目覚しい発展をしているとも聞いたことがある。
「それでしたら、グリュンヒューゲル帝国派の貴族と第一王子が勝つのでは?」
「いえ、実際リラヴィーゼ王国派の貴族たちを取りまとめたは第三王子ではなく、ヴァイスベルゲン王国の王であるローレンツです」
「第三王子ではなく、王と第一王子の戦いだったのですか?」
「王というよりは正妃と側室の戦いです。第一王子は側室の子供。第三王子は正妃の子供なのです」
「そこで派閥が分かれるのですか」
「はい。側室はヴァイスベルゲン王国の侯爵でグリュンヒューゲル帝国派。正妃はリラヴィーゼ王国公爵の娘」
正妃の方が圧倒的に立場が上だ。だから国王は正妃の派閥に力を貸したと。
それにしても親子で殺し合ったということか……。
「大国同士の戦いに巻き込まれたということですか」
「いえ、その可能性は低いと考えています。ヴァイスベルゲン王国は大国に挟まれた国で、国土の大半が山に覆われています。侵略する価値のない土地で、貿易の中継地点として利用されていますが、実情は整備するのも面倒だと思われているようです」
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