第4話 濁流カルトフルス
侍女のイナから荷物を手渡される。
荷物は本当に最小限の量しかないため、足りない場合は食料をどこかで調達する必要がありそうだ。
「食料を調達するための細かい銅貨と、不測の事態が起きた時に使うための金貨も入れてあります」
資金まで預けられるとはな。
普通の貴族であれば一人で買い物しないだろうから、オレが物資を調達しろと言うことだろう。しかし、アンナ様は少し触っただけでヘルプストを軍馬だと見抜いた、普通の貴族令嬢とは違いそうではある。
「ゲオルク、愛馬のシュネーです」
ヴァイスベルゲン王国の馬はサラブレッドより大きく、重量のある馬が多いため見た目がずんぐりしている印象が強い。しかし、アンナ様の愛馬は見事な白馬で、馬体がサラブレッドのようにすらりとしており奇麗だ。
見事な馬に見惚れていると、ヘルプストがチラチラと確認している。妙に人間臭い確認の仕方におかしくなる。
馬からしても奇麗なシュネーは気になるようだ。
「見事な馬ですね」
「カムアイスで飼育している軍馬の中でも特に優秀だと聞いています」
「軍馬なのですか」
「ええ、伯爵令嬢で会った時の私には過大な馬でしたわ」
アンナ様はシュネーを撫でながら笑っている。しかし、どこか悲しそうだ。
令嬢時代からの愛馬であるなら、前伯爵である父親から贈られた馬なのかもしれない。
「大事な馬なのですね」
「ええ。本当は船に乗せるつもりはありませんでした。最後にシュネーと乗馬がしたかったの」
シュネーを大事にしているようだ。
これは失敗できない理由が増えたな。
出発するためにシュネーを船に乗せるていく。
普段なら川に浮かべた船に馬を乗せる場合はそこまで大変ではないのだが、今回は船台の上に船があるため石を積んだり板を渡して何とか乗せられた。
シュネーが大人しく言うことを聞いてくれたので助かった。
アンナ様もシュネーと共に船の上に乗っている。
船尾に舵柄を握ったオレ、目の前にアンナ様とシュネーが並んでいる。シュネーは馬なのに猫のように香箱座りをしている。
「アンナ様、シュネーが暴れないように落ち着かせてください」
「分かりました」
アンナ様の表情は硬いが頷いてくれた。
「アンナ様、お帰りをお待ちしております」
「イナ、行ってまいります」
アンナ様がイナと別れを告げている間、オレはアルミンを呼び寄せる。
「アルミン、船の上からでは川の確認ができない。船を押し出す合図をお願いできるか?」
「分かった」
船を押し出すのは兵士たちがやってくれる。船に服などを引っ掛けないようにと注意しておいた。
アルミンの合図が出たらオレも魔法を使うため待機する。
「押せ!」
アルミンが普段は出さないような大声を出した。兵士たちによって船が押されて動き始めた。
『堅牢』
船に対して魔法眼によって魔法を使う。
言葉は魔法をイメージするのに必要で、普段は日本語を使っている。戦いになった場合でも言葉が分かりにくいほど有利となる。なので魔法を教わっているヴェリから、普段から日本語を使って魔法を使うようにと言われている。
船は坂に達したようで、ガラガラと凄まじい音を立てながら川に向かって落ちるように進む。
シュネーの横から川が近づいてきたのが分かる。
『浮け』
一瞬、魔法陣が浮かび上がる
船首が川につく寸前に、一瞬だけ船を浮かせる。
川に入る衝撃を少しでも和らげさせるために浮かしたが、それでも川に落ちるように進んでいたため船がミシミシと嫌な音を立てる。
壊れてくれるなよと思いながら船に刻印された魔術に魔力を全力で注ぎ始める。
船は船首を上流に向けて斜めに進み始める。
少しずつしか進めないが、横向きに移動させるには川が荒れすぎており、波に対して横向きに進めば転覆してしまう。
川の流れは想像以上に早く、船首を上流に向けているのに押されている。
『進め』
魔術に加えて、魔法で補助する。
ゴリゴリと魔力が減っていく感覚があり、対岸に渡るまで魔力が持つか不安になる。
転生者は持っている魔力量は多めとはいえ有限だ。
魔法を使い始めると船が流されるようなことは無くなった。
問題がなくなったわけではなく、船底からゴツゴツと何かが当たる音が響く。砕けた氷塊や石などが当たっているのだとは思うが、船体に穴を開けないか心配になる。
魔法で船体の強度を上げているので大きな物でなければ問題はない。そうオレは考えることで精神を安定させる。
川を半分ほどきたところだろうか、川が大きくうねった場所に差し掛かる。船が大きく揺れた。
「きゃっ」
アンナ様が思わずなのだろう叫んだ。
シュネーがアンナ様の服を咥えている。バランスを崩しそうになったアンナ様を支えたのだろう。頭の良い馬だ。
『安定』
魔法を追加する。
想像以上にうねりが強い。川の中心近くは浅くなっていたので、大量の水がぶつかって流れが大きく乱れていそうだ。
魔法を使っていると言うのに船がミシミシと嫌な音を立てている。物が当たっているというより、水の流れで船が悲鳴を上げているようだ。
船よ持ってくれ。
川の中心部を何とか抜けると、船からしていた嫌な音はしなくなった。
船を安定させていた魔法を解除する。
かなり魔力を使ってしまった。大きな魔法を使ったら魔力が空になってしまいそうだ。
「ゲオルク、氷河です!」
アンナ様の叫び声と共にオレも砕けた氷河の塊を認識した。
一個の塊で十メートル以上あるのではないだろうか。川の流れは予想ができないが、直線上にあるので直撃してもおかしくはない。
顔が引き攣る。
避けるのは進行方向がわからないのもあって無理、壊すのも水中にあって難しい。
ならどうする?
どんどんと近づいてくる氷の塊に思考が加速する。
浮かすのも無理、なら……。
『氷よ川底へと沈め』
長文で魔法を使う。
短文で魔力を節約していたところに長文を使ったことで、魔力がごっそりとなくなる。魔力が一気になくなったことで目眩のようなものを感じる。
それでも目の前に迫っていた氷の塊は川底へと沈んでいった。
対岸まであと少しなのに魔力の残りが怪しい。
このままでは流されてしまう。
「アンナ! 魔術に魔力を!」
「はい!」
「舵柄に魔力を思いっきり流して!」
アンナが魔力を流したことで船の勢いが増す。魔術に流す魔力を減らして舵を取ることに専念する。
船の速度が上がったことで岸が近づいてきた。
船を上げ下ろしするための坂道に向けて船を突っ込ませる。
魔術と魔力を合わせて突っ込んだため、凄まじい勢いで坂に突っ込んだ。船底からギャリギャリと嫌な音が響き渡る。
坂を越えて平地となっている場所まで来ると、船が飛び上がった。そのまま地面に叩きつけられ、ミシミシと嫌な音を立てて船体に大きくヒビが入った。
坂から落ちることがないと分かったところで、オレは魔法を切る。
「アンナ様、つきました。魔力を流さなくて良いです」
「は、はい」
オレの胸元から声が聞こえて、違和感を感じて下を見る。いつの間にかオレはアンナ様を抱きしめていたようだ。
慌てて離れようとするがアンナ様が服を掴んで離さない。
「アンナ様?」
「手から力が抜けません」
よく分かると思いつつオレも舵柄から手を離そうとしたら、手が強張っていて力が抜けない。
「私も同じようです」
舵柄を握っているのとは反対の手で強張った手を剥がす。
手を握ったり閉じたりしていると感覚が戻ってきた。アンナ様の手も剥がしていくが、手を痛めないよう慎重に行う。
「ゲオルクも怖かったのですか?」
「ええ。何度か沈むかと思いました」
「ですよね」
手から力が抜けるまで手をさすっていると、力の入れ過ぎで白くなっていた手が赤みを帯びてきた。
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