第2話 お飾りの伯爵
オレが許可もなく喋り始めたことに侍女が目を見開いて驚いている。視界の端で一緒に跪いているアルミンもこちらに顔を向けて、目を見開きながら口を開けたり閉じたりしているのが見えた。
許可が出ていないのに喋りかけたから驚いているのだろう。
貴族の女性は苦笑しながらオレを罰することもなく喋りかけてきた。
「何? 水葬は嫌かしら?」
「嫌ですね」
「そうでしょうね」
「最初から水葬を前提は勘弁して欲しいです」
希望はまだあるのだと遠回しに伝える。
「何か方法があるのですか!?」
貴族の女性より侍女の方がオレの言葉に反応した。
少なくとも話を聞いてくれはしそうだと安心する。
最初から死ぬつもりで船は出したくない。
「魔眼を使う許可を頂きたい」
「魔眼?」
侍女と貴族の視線が眼帯をしている左目に向いたのが分かった。魔眼と聞いても視線に嫌悪感を感じる様子がなく、むしろ興味深そうですらある。もしかしたら魔眼を使う許可が出るかもしれない。
「転生者」
貴族が思わず口にしてしまったように呟いた。瞳に少しだけ光が差した気がする。
「そうです」
「我が領のフィーレハーフェンに転生者がいたのですか」
我が領?
フィーレハーフェンがあるのはカムアイス伯爵領。しかしカムアイス伯爵は内戦で敗者となり、勝者の王家によって処刑されたと聞いた。
彼女は何者?
「不思議そうな顔をしていますね。私が伯爵になったと布告もしておりませんから当然ですか」
確かに布告を聞いていない。
貴族が死んだら次の統治者が現れるのは当然だろう。しかし一般兵へ罰を与えないとの布告はあったが、伯爵を叙爵した人の名前は聞いた事がなかった。
なぜ今まで疑問に思わなかったのだろうか。
「私はアンナ・フォン・カムアイス。お飾りの伯爵にして、前伯爵の娘ですわ」
処刑された伯爵の娘!?
伯爵家に生き残りがいたのか。
お飾りの伯爵と自身で言い切っているということは、まともな爵位の継ぎ方ではないのだろう。
親を殺され、爵位を継がされるとはな。王を嫌悪するのも理解できる。
「ゲオルク、魔眼の能力はなんです?」
アンナ様は魔眼に能力があることを知っているようだ。
転生者が魔眼を持っていると知っていても、人によって魔眼の能力が違うのは意外に知られていない。
魔眼に一つだけつく能力は強力だ。しかし、戦闘に使えるものから何かを生産するための能力と様々なため、今の状況で使える能力かを尋ねているのだろう。
「わたくしの魔眼は転写眼にございます」
「転写眼? 初めて聞きますね」
やはり聞いた事がないか。
転写眼は聞いた事がないと思ってかしこまった喋り方をしておいた。オレの魔眼は無名で、しかもとても使いにくいという欠点まである。
「転写眼は他の魔眼を写し取ります」
「そんな魔眼があるんですか」
他の魔眼を写し取れるのはとても強力だ。しかし、写しとるための魔眼がなければ忌み嫌われる目でしかない。転生者は多いわけではない、むしろ少ないが故に理解されず嫌われていると言ってもいい。
二年前、徴兵された先で転生者に出会わなければ、オレの魔眼は邪魔なものでしかなかった。
「わたくしが写し取った魔眼は魔法眼にございます」
アンナ様と侍女は目を見開いており、驚いているのが分かる。
有名な魔眼はいくつかあるが、魔法眼は有名な魔眼の一つだ。最も有名な魔眼は治癒眼だろうか。欠損した四肢すら治し切ると言われる能力をいつか写し取りたいものだ。
「魔法眼は扱いが難しいと聞いた事がありますが使えるのですか?」
アンナ様は想像以上に魔眼について詳しい。貴族は魔眼について教わるのだろうか?
なんにせよ最初から魔法眼と言わないで、転写眼であることを説明して良かった。今は疑われたくはない、正直に話す。
「魔法眼の持ち主ほど使いこなせはしませんが、手ほどきは受けています」
「魔法眼の持ち主を呼べないのですか?」
オレの事情に魔法眼の持ち主であるヴェリは巻き込みたくはない。どちらにせよフィーレハーフェンにはいない。急げば二日で戻って来られるかもしれないが、普通は三日ほどかかる。
「近隣におりませんので、三日ほどお待ちいただけますか?」
「無理ですね。今は一日でもおしいです」
やはり随分と急ぎのようだ。
「このような状態で嘘をついているとは思えませんが、ゲオルクの魔眼を確認したいです」
「承知いたしました」
魔眼を覆う眼帯を外す。
元は黒目だったが今はアンナ様同様に金色に近い黄色の瞳をしているはずだ。しかも金色の虹彩は空を覆う星のような煌めき、炎のように揺れる。
眼帯で欠けていた視野が戻ってくる。
「確かに魔眼ですね」
こんな目立つ目は眼帯でもしなければ隠せない。
知らない土地に行っても魔眼だと分かれば忌み嫌われ、露店ですら物を売ってくれないことも多い。魔眼を隠してしまった方が生きやすかった。
片目で生活するのにも慣れたが、今回は両目で視野を確保した方が良いだろう。
「死ぬしかないと思っていましたが、王の思い通りになるのも不愉快ですね。もう少し足掻いてみましょう」
アンナ様は暗い笑みを浮かべている。
それでも天幕に入ってきた時の死を前にした暗い表情から、アンナ様の顔色が随分と戻ったようだ。
「しかし、川を渡った後が問題ですね」
川を渡った後のことを何も考えてなかったのか。
王へ会いに行くということは、王都へと向かうのだろう。ヴァイスベルゲン王国はやたら山のある土地柄、直線で移動するのが難しい。歩きでは川を渡れたとしても王都まで間に合わないだろう。
「対岸の町で手配できないのですか?」
「ツィーゲシュタイン領は伯爵の処刑後、王の直轄地となっています。どのような命令が出ているか分かりません」
隣の伯爵も処刑されているのか。
対岸で準備ができないのであれば、王都まで行くためこちら側から馬を一緒に連れて行くしかないだろう。
普通なら馬の二頭程度なら乗せるのだが、濁流の中船を出す関係上あまり馬を乗せたくない。
「乗せられる人数に限りがありますか」
「はい。普段なら二頭程度なら問題ありませんが……」
「仕方ありませんね。愛馬シュネーと私だけで王都へ参ります」
貴族令嬢、いや伯爵が一人で王都に向かうのはありなのか? ダメそうな気がするのだが。
「アンナ様、誰か護衛を連れて行ってください」
「明日にも伯爵家がどうなるか分からないのです。死ぬ可能性がある場所に連れて行く気はありません」
「アンナ様、では私が一緒に向かいます」
「イナ、ダメです」
アンナ様と侍女がお互いに譲る気がないのか、言い合いをしている。
オレとしては、どちらの言い分も分かる。
終わらない言い合いにため息をつきたくなる。
川を渡る面倒を見るのだから、その後が少し長くなっても問題はないだろう。
「わたくしがアンナ様を送りましょうか?」
「あなたが?」
「対岸から船で戻ってはこられません。馬でカムアイス領に戻ってくるなら少々遠回りですが、数日変わる程度です」
侍女がオレを品定めするように見つめてくる。
「イナ、提案を受けましょう」
「アンナ様、ですが彼は男です」
「見れば分かるわ。私は婚約や結婚なんてもうどうでも良いの」
「アンナ様……」
貴族の婚約や結婚には自由意志はないと思うが、婚姻が重要なことには変わりないだろう。アンナ様のように投げやりになることは普通なさそうだ。
川を渡る必要があるのも婚姻が関係しているのかと想像してしまう。
「ゲオルク様、アンナ様をよろしくお願いいたします」
イナと呼ばれた侍女が頭を下げてきた。
転生者であると伝えた状況で、ここまで丁寧に頭を下げられたのは初めてだ。今までにない体験に驚きつつも笑みを浮かべる。
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