魔眼の転生者 〜忌避された者たちは、かけらの希望を渇望する〜
Ruqu Shimosaka
第一章 ヴァイスベルゲン王国
第1話 魔眼の転生者
数ヶ月ぶりに自宅のあるフィーレハーフェンへと帰ってきたら、何かあったようで広場に人が集まり騒がしい。
愛馬のヘルプストから降り、広場に集まった人をかき分けるように歩く。
——最近貴族は無茶ばかりだ。
偶然聞こえた貴族という言葉に、また徴兵かと警戒する。
——この時期に川を渡るって無理だろ?
——ああ、死ににいくようなもんだ。
不穏な会話が聞こえてきた。
思わず歩いて引いていた愛馬の手綱を握る手に力が入る。オレの緊張を感じ取ったのか、愛馬のヘルプストが顔を近づけてくる。
ヘルプストの首筋を撫でて落ち着かせながら、オレも落ち着こうと思考を巡らせる。
フィーレハーフェンは渡船場だが、春から初夏は渡し船を出さない。
渡し船が出ている川のカルトフルスはヴァイス王国で一番大きい山、ヴァイスベルクから雪解け水が流れてきている。しかも春から初夏にかけ大雨がヴァイスベルク周辺には降り、川は五倍近く増水し濁流のようになる。
今は春だ。
暖かくなってきて川は濁流だろう。
毎年のことで見なくとも分かる。
「最悪だな」
どこの貴族が船を出せと言っているかは分からないが、目の前にある増水した川を見て渡れると思うほど馬鹿ではないだろう。そもそもフィーレハーフェンから遠いが橋はある。反対側に渡る方法は別にあるのだ。
橋と渡し船の差は王都に近いかどうかだ。
——つまり貴族は王都へ向かうため急いでいるのだろう
急いでいるからと死んでは意味がないのだがな。
大きなため息をつきたくなる。
思考を巡らせたところでろくな結論にはならなかった。
いつもそうだがオレは本当についていない。
同時に最悪の状況としては運が良い。
フィーレハーフェンから今すぐ逃げ出したい気持ちを抑え、オレは弟のように可愛がっている友人のアルミンを急いで探す。
「アルミン」
「ゲオルク兄さん」
二十五歳という年齢の割には幼く見えるアルミンは、華奢な体に金髪の髪をオレと同じように肩ほどまで伸ばしている。男だが華奢な体つきのせいで中性的に見える。
親に捨てられたオレはアルミンの祖父に随分と世話になった。
オレが世話になり始めた時にアルミンが生まれ、アルミンはオレを兄のように慕ってくれている。
アルミンは渡し船の船頭をしており、フィーレハーフェンの中でも操舵技術は一番と言っていいほどだ。
つまりアルミンが船を出す可能性が高い。
今ならアルミンを止められる。船を出す前に間に合ったようだ。
クソッタレなオレの運は、最悪一歩手前では運が良い。
「川を渡るための船は誰が出すんだ?」
「聞いてたの?」
「誰かの会話が聞こえただけだ。詳しくは知らない」
「そっか。船を出すのは僕か船頭長かな。魔術の実力からすると僕の可能性が高いかも」
川を渡るための船は魔術を使って動かしている。
アルミンが華奢な体で操舵がうまいのは、魔術師としての才能があるからだ。もう少し生まれが良ければ魔術師として生計を立てられたほどに。
才能あるアルミンより、忌み嫌われるオレが船を出そう。
「アルミン、オレが船頭をする」
「ゲオルク兄さん、ダメだ。徴兵の時も代わると言って、戦場に行ってしまったじゃないか!」
「アルミンに戦場は無理だろ? オレは悪運だけはある。内戦の時と同じように、帰って来られるさ」
オレだって死ぬつもりはない。
忌み嫌われる眼帯の下にある左目を使うのだ、普段は眼帯も覆い隠すように伸ばした黒髪をかきあげる。
「ゲオルク兄さん、魔眼を使うつもり?」
眼帯の下には魔眼がある。
魔眼は転生者に現れる。オレは五歳で魔眼が顕現し、転生者としての記憶を取り戻した。
転生者はまるで子供を乗っ取るかのように顕現する。実際のところは元から転生者なのは変わらず、体の成長に合わせて記憶が蘇るだけだ。オレも意識を取り戻すまでの記憶もある。
普通の人はそんな説明で納得できず、転生者は子供を奪った忌み子だと嫌う。魔眼は転生者の目印なのだ。
オレを産んだ親も子供が転生者に乗っ取られたとオレを捨てた。
最初は転生者が忌み嫌われる存在だと知って絶望したが、生きるために状況を飲み込むしかなかった。嫌う人だけではなく、アルミンのように心配してくれる人もいる。
(それに二十九歳にもなれば気持ちの折り合いもつくというものだ)
「魔眼は忌み嫌われるが役に立つ、このカルトフルスの濁流であろうとも渡れるさ」
「僕より可能性は高いだろうけど……」
アルミンはオレを見上げながら、何か言いたげな顔をしている。
心配してくれているのだろう。
兄として慕われているが、アルミンには心配をかけてばかりだ。一年前に徴兵された時は敗戦してしまい、脱走兵のような形で逃げ帰ってきてしまった。
内戦だったため、一般の兵士には罰がなかったので良かったが、それでも布告が出る二ヶ月間ほど隠れていた。なので、隠れていた期間は随分と心配された。
過去を思い出していると随分と心配させたことが理解でき、気まずくなってきた。
「貴族に魔眼を使うか聞いてみないか?」
「そうだね」
貴族が魔眼を使うのを嫌がるのならば、この話はそもそも無かったことになる。
普通の判断ができる貴族であれば魔眼を使うはずだが、濁流に挑む無謀な貴族となればどうなるか分からない。
(想像以上のバカでないことを祈ろう)
アルミンが近くにいた船頭長に事情を話すと、嫌そうな顔でオレの顔を見た。昔はアルミンの祖父が船頭長だったのだが、オレが十五の時に亡くなった。後任の船頭長はオレを忌み嫌っている。
昔はオレも船頭をしていたのだが、今は繁忙期くらいしか船頭をしていない。船頭長から仕事が回されないからな。
「アルミンが死ぬより、オレが死んだ方がいいだろ?」
「それはそうだな」
オレと船頭長の会話に、アルミンが兄さんと怒っている。
アルミンに言い方が悪かったと謝っておく。
船頭長の近くにいた兵士に、渡し船について相談があると説明する。オレたちの話を聞いていたであろう兵士は貴族がいる場所まで案内してくれる。
兵士は広場に張られた天幕まで案内をしてくれた。
天幕の中では、翠玉のように透明感のある緑色の髪を三つ編みにした女性が、侍女の格好をしている黒髪の女性と話している。侍女がこちらに気づいたようで視線が合う。少し遅れて緑色の髪をもつ女性がこちらを向く、視線が合うと瞳の色が金色に見えた。
どちらの女性も二十歳前後に見える。
兵士が跪く、オレとアルミンも兵士を真似する。
「どうしました?」
「この二人が渡し船について相談があるとのことです」
侍女の格好をした女性と兵士が会話している。
オレとアルミンは呼ばれるまで声を出さない。
「アンナ様」
「ええ、分かっています。船を出すのを嫌がっているのでしょう? 今のカルトフルスでは水葬にしかなりませんからね」
「アンナ様……」
侍女からアンナ様と呼ばれる女性が貴族か。
しかし、想像していた貴族とは違う。むしろこの状況を諦めてしまっているかのように投げやりに見える。
貴族の女性は水葬と言ったが、水葬を望んでいるかのようにも取れた。
オレは許可が出ていないので話せず、皆が何も言わないため沈黙が続く。
沈黙を破ったのは貴族の女性だった。
「申し訳ないけれど、王へ水死したことを証明するため付き合ってもらうわ」
貴族が国王陛下と言わず王と敬称もなしに呼ぶ。王への含みを持つことを隠そうとしようともしない。
彼女の金色の瞳は輝いてみえるのに、絶望を表すようにどこか薄暗く見えてしまう。
このままでは事情を説明する前に水葬に巻き込まれてしまう。直答を許されていないが、どちらにせよ付き合えば死んでしまう。
「ゲオルクと申します。直答をお許しください」
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