第10話 幼馴染
「ごめんなさい、
「あ? あぁ、別に構わないが……」
冬夜が了承するよりも早く、彬が彼の真正面の席を陣取り、続いてその横に桜が座る。彬と桜が冬夜と向かい合うような形であった。
「京花さん、俺いつものセット」
「私も。冬夜くんは?」
「オレはコーヒーお代わり……ってか二人はこの店よく来るのか?」
二人の慣れた風な注文が気になって、つい尋ねてみると案の定、
「そうそう。学校帰りとかに桜とよく寄ってるんだ。コーヒーと菓子が美味くてさ」
「確かにさっきスコーン食ったけど、美味かったな」
「だろ? そういや冬夜もお菓子うまいらしいじゃん? 今度食いに言っても良いか?」
「え? いや、オレは構わないが……」
ちらりと、桜に目をやると、彼女は軽く頷いて、
「お願いね、冬夜くん。彬くんとは小さい頃から一緒で、たまにうちにも来てご飯食べたりしてるんだよ」
「へぇ、幼馴染、ってやつか。羨ましいな」
本心からそう思った。
「そう? 幼馴染といえば、ここの店長さんもそうなの」
「え?」
桜の一言に冬夜が首をかしげると、狙いすましたかのようなタイミングで、店員が人数分のコーヒーとお菓子の乗ったトレーを片手に三人の席の横に現れた。
「ん? 何か面白そうな話しとるね? おねーさんも混ぜてや」
三人の前にそれぞれの注文を置きながら、店員は気軽な様子でそう言ってきた。
「丁度、京花姉さんの事を話してたとこだよ。あぁ、冬夜、この人は、」
「ほいほい!
彬が紹介しようとするのを遮って、彼女はにっこりとおどけた笑顔で冬夜に名乗った。
ショートカットの茶色がかった髪がよく似合う綺麗な女性だった。大人の落ち着いた雰囲気を持ちながら、それだけでなくどこか愛嬌のある顔立ちをしていた。
言葉のアクセントこそ関西方面のそれだが、話している言葉は関西弁というにはどこか不自然でわざとらしく、やけに印象に残る。
「んで、桜ちゃん。さっきからちょっと話聞いとったけど、このお兄さん、新しい下僕……じゃなかった使用人さん? えらい若い人やね?」
「おい、今下僕って言わなかったか?」
今の今まで普通に話していたこともあってか、思わず敬語も何もない素が出てしまった。
「あはは、うん。新しくうちに来た冬夜くん。料理がとっても上手いの」
「へぇ、その顔で?」
驚いたように目を丸くして、京花はまじまじと冬夜の顔を見つめる。
「顔は関係ねぇだろ? ……失礼。ただいま紹介に預かりました、津川……」
「ストップ。私にも別にかしこまらんでえぇよー。ほら、二人にあんなフレンドリーにしてるのに私にだけってなんか寂しいやん? ざっくばらんにいこうや」
どこかわざとらしい下手な関西弁で彼女はそう告げた。
「あぁ、そんじゃ、お言葉に甘えて。津川冬夜だ」
「うんうん。素直が一番、素が一番。かたっくるしいのはどうも好かんわ。私のことは軽―く、お姉ちゃんとでもよんでな?」
「それで、桜、彬。京花さんが幼馴染ってのは?」
「ちょ! お姉ちゃんって呼んでぇな!」
京花をスルーして、二人に問いかけてみた。見たところ彼女は二人よりも、冬夜よりもいくつか年上のようである。
「家が近かったから、小さい頃、よく遊んでもらってたんだ」
「小さい頃は彬も可愛くてなー。水たまりでコケてびしょびしょになって、お姉ちゃん、お姉ちゃんって泣きながら……」
「ちょっ! 昔のことだろうが!」
京花が語る過去の出来事に、彬が慌てて制止をかける。その様子は楽しげで、本当に彼らが気心の知れた仲なのだと見て取れた。
「そんな訳で、二人のお姉さんみたいなもんやっとります。仲良くしたってな?」
「あ、あぁ」
京花がウインクを投げかけてきて、冬夜は慣れない事にとっさに反応が出来なかった。
目を白黒させる彼を面白そうに見ながら彼女は、
「ところで、とーやくん? 聞くところによると、今、桜ちゃんちで住み込みで暮らしとるそうやない?」
「あぁ、そうだが……」
そっと冬夜の耳元に顔を近づけて、彬や桜に聞こえない位の蚊の鳴くような声で、
「桜ちゃんが可愛いからって手ぇだしたらあかんよ?」
「……オレをなんだと思ってる?」
「んー? ケダモノ? ほら、桜ちゃん可愛いし? 年頃の男の子はみんな似たようなもんやし? あ、もしかして夢ちゃんの方が好みとか? やーい、このロリコ、」
気がついたら手が出ていた。
「あだっ! めっちゃ痛い!?」
渾身のデコピンをお見舞いされて、京花はのけぞると額を押さえてうつむいてしまう。
初対面の、しかも女性相手にあんまりと言えばあんまりで、やってから罪悪感に襲われたが、それも一瞬のこと。今回は京花が悪いと開き直ることにした
「ちょ、京花姉さん!?」
「冬夜くん? 京花さんと何のお話してたの?」
「何でもない。しかし、彬と良い京花といい、初対面だってのにグイグイくるのな……」
疲れたようにぼやく。こんな風に同年代と接するのは久しぶりのことで、思った以上に気力や体力を使ってしまった。だが、不思議とそれは仕事の時の疲れとは別で、存外に悪くない疲れだった。
普通の少年ならば、普段からこんな風に会話をして、こんな風に笑い合うのが日常なのだろうか?
そう思うと、胸の奥に何とも言えない感情が浮かび上がってくる。
それは嫉妬であり、羨望であり、憧憬だった。
物心ついた頃から人ならざる物事と係る人生を歩んできた。普通の生活などまともに送った記憶はなく、ついぞまともな友達などもいない。
それは決して冬夜が望んで選んだ生き方ではないが、別に不満があるわけではもない。今更そんな生き方を捨てて普通に生きるには、深みにどっぷりと浸かりすぎてている。
それでも、時たまこうして嫌が応でもその“普通”のあり方に憧れ、羨ましく感じてしまうことがある。
「おーい? 冬夜ー、どうした?そんな深刻そうな顔して?」
はっとして我に帰ると、彬が不思議そうに冬夜の目の前で手を上下に降っているのに気がついた。どうやら考えることに夢中で現実がおろそかになっていたらしい。
「何でもない。ちょっと考え事してただけだ」
しつこく目の前を行き来する彬の手を払って、何でもないと、再び彼は答えた。
そう、何でもないことだ。
こんな事を考えたところで何か得られるわけでもないし、何かが変わるわけでもない。
「冬夜くん、考え事するとき怖い顔する癖あるよね?」
「え? そうか?」
「門司さんと話してる時、よくそんな顔してるもん。怒ってるんじゃないかって、私も夢見もちょっと怖かったんだよ?」
「それは……すまない」
困ったように僅かに眉を下げて、冬夜はコーヒーを覗き込む。水面にうつる自分の顔は、確かに少しばかり強ばって見えた。
「なーに考えとんの知らんけど、表情硬すぎやで? ほれ、笑って笑って!人間、笑顔が一番!」
「いや、オレは夕食の献立をだな……って、何しやがる! や、ひゃめろ、へめッ!?」
ダメージから立ち直ったのか、京花がおもむろに冬夜の両頬をこねくり回した挙句つねって、強引に広角を持ち上げる。
デコピンの報復も兼ねているのか、凄い力で抵抗を許さない。
「ぷっ! はははッ! 冬夜、お前何て顔してんだよ?」
「ふふっ! あははは、冬夜くん、いつもの顔よりそっちの方がずっと良いよ?」
彬と桜はそんな冬夜を見て笑うばかり。
「お前ら、覚えとけよ……ふふっ」
ようやく京花の手を振り払った彼も、これには笑うより仕方がなかった。
こんな風に、自然に心から笑えたのはいつぶりだろうか。
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