第7話 不審

「おいてめぇ。どうなってやがる?」


一色家の姉妹に挨拶を終え、冬夜は荷物を取りにホテルの部屋に戻ると、彼は真っ先に業務用の携帯から直属の上司に電話をかけていた。


『やぁ、冬夜くん。いきなりご挨拶だね。仮にも僕は上司なんだけど、てめぇ呼ばわりとは恐れ入る。これは降格処分もやむなしかな?』


「黙れ。長期の仕事なんて聞いてない。しかも泊まり込みなんて初耳だ」

からかうような台詞に冬夜は憮然として、不機嫌を隠そうともせずにまくし立てた。


『泊まり込み? ……ごめん、僕も初めて聞いた。ちょっと待って』


電話口の向こうからがさごそと、紙のこすれる音が聞こえてくる。どうやら資料を漁っているらしかった。


『……うん。今確認した。長期仕事っていうのはごめん、僕の伝達ミス。だけど、それにしたって近場に宿をとっての仕事のはずなんだけど、どうなってるの?』


「どうなってるのかは、オレが聞いてんだよ! 何が悲しくて家政婦の真似事しなきゃならねぇんだ!」


罵声まがいの言葉をまぜて現状を伝えるが、返ってきたのは笑い声だった。


『あはは!びっくりだ。今度は営業部からの伝達ミスかな? それとも営業の説明不足?どっちにしても愉快なことになってるね』


「現場の人間からすれば不愉快も良いところだ。営業は何してやがる。ってか営業担当誰だ、直々に抗議してやる』


『ごめんごめん。営業部には僕から連絡しておくから。他部署に喧嘩を売るのは勘弁してくれ』


半ば本気で息巻く冬夜を制して、電話の向こうの彼はしばし沈黙し、


『うん。今、君の予定表確認したけど、しばらく大きな仕事は入ってないね。こっちは別の人間に振り直しておくから君は一色家の仕事に専念してくれ。で、状況はどんな感じ?』


課長の対応に大きな舌打ちをしてから冬夜は一色家家令、門司蓮三郎に告げられた内容を上司に淡々と告げる。

返ってきたのは意味深な声だった。


『ふーん……魔除けの呪符が? 言い伝えねぇ?』


「あぁ。いくら何でも対応が妙だ」


上司の反応に、冬夜も頷く。二人ともこの仕事に不審なところを感じているのだった。


『一色家は呪術の名家だった家。力を失っているとなれば、調査くらい頼んでくるのは分からない話ではないけど、いきなり見知らぬ男を家にあげるかな、普通』


「廃れたとは言え名家だ。外部の干渉は最低限にとどめるのが普通だろう?」


『そうだね。依頼人が当主本人じゃないって言うのも解せない。これじゃまるで……』


そこまで言って、彼は黙り込んだ。そこから先を口にするのはいささか早計すぎると踏んでのことだろう。

先入観を持って事を為そうとすれば、思わぬところで落とし穴に嵌りなりかねない。

冬夜も上司の言わんとする事が分かっていたからこそ、それ以上先を促しはしなかった。

この依頼は臭いというのが二人の共通の見解だった。変事の規模に反して、家令の求める対応が大げさ過ぎるのだ。まるでそれは原因に思い当たる節があるかのように。

だが、その考えは心の片隅に置くにとどめて、冬夜はそれから先を考える事を放棄した。いずれにせよ仕事を受ける以上、何かあるのならば遅かれ早かれ分かることなのだから。


『まぁ、君なら問題ない仕事だとは思うけど、何かあったら上にはきちんと連絡するように。携帯の電源切るのはやめてね?』


「分かってる。それより連戦で装備が足りてない。どうにかならないか?」


『了解。必要物をメールして。後で郵送するように手配しておくから』


頼む、とも言わず、話はこれで終わったとばかりに通話を一方的に切り上げた。

ホテルの下にまだ門司を待たせたままなのだ。あまり遅くなるわけにもいかなかった。

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