第5話
「ゆき先輩、渚って誰ですか?」
由希のやつ、やってくれる。後でもう一度話す予定だったのに。
「はぁ......、俺の本名だよ。そうだよなぁ、由希。」
「ごめん。ほんとに間違えた。」
「なに、あんたたち知り合いだったの?」
「そうだよ、高校の同級生。」
ああ今日ここに来るまで霜月ゆきは棚橋由希じゃなくてゆきくんで、ただの推しでしかなかったのになぁ。どうしてこんなことになったのやら。
結局、あの後俺はすぐに帰った。というか帰らざるを得なかったと言った方が正しい。あの絶妙な空気は俺を帰らせるには十分すぎた。そうでなくてももっと早く帰りたかったのに。
さて、ここで棚橋由希という女と俺の関係性について説明しよう。読者諸君は先ほど高校の同級生だと言っていたではないかと思うかもしれない。それは間違っては居ない。しかし、俺の由希の関係性はそんなものではない。それでは枠組みとして大きすぎるのだ。できる限り簡潔な言葉で由希のことを言い表すなら。
あいつは俺の”元カノ”である。
高校時代に、俺から告白して付き合うことになった。最初はあいつのほうは、俺が好きというよりも断る労力を割くのもいやだっただけらしい。あいつは170cmの上背もあって顔も中性的で整っていて気も利く。モテない理由がないのだ。さすがにそのへんのラノベみたいにファンクラブができるほどではなかったが、1ヶ月に1回くらいの頻度で告白を受けていたらしい。そんなこともあって、顔やら好きになった理由やら告白の真剣さやらで俺と付き合うことにしたらしい。それでも、俺がずっと好きだと言い続けたのが功を奏して、付き合い始めて3ヶ月後に正式に両想いとなって恋人として新たなスタートを切った。結局俺らの交際は2年ほど続き、高3の終わり際には漠然と卒業しても由希と一緒に居るもんだと思っていた。最終的には卒業式の前日に喧嘩をし、そのまま疎遠になってしまったのだが。そのあとで自分が引っ越したこともその一助になった。俺は高校時代からプロゲーマーとして活動していたため、それなりにお金は持っていたため、チームのゲーミングハウスの近くに引っ越して一人暮らしを始めることにしたのだ。いちおうどの辺に引っ越すことにしたかは由希に教えていたのだが、詳しい場所は説明しておらず、喧嘩別れしてしまった後悔からか、あいつからあの日かけられた言葉のショックからかはわからないが、あいつと連絡をとることは一度もなく今日を迎えたのである。
まぁ、ざっと説明するならこんなもんだろうか。正直あいつのことはあまり話したくない。考えれば考えるほど胸が痛いから。
ため息を一つついて家の鍵を開ける。俺が高校卒業からずっと住んでいるこのマンションは古きよき鍵式である。もちろんオートロックもない。俺の実家もそうだったから、特に不便とは思わない。むしろこの鍵はうちの実家を思い出させる。環境や場所、時間が変わったとしても、変わらないものなどたくさんあるのだ、と。
無論、そうでないものもあるのだが。
Vでも恋していいですか? Zelli @Kioro2008hi
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