第21話
【一織視点】
いばら館での事件があった次の月曜日、私は連絡をして、高塚先生の家へ向かいました。私1人で行くつもりだったのですが、平日の昼間に高校生を外に1人で歩かせるのはなんか怖いとかいうことで、響さんも着いてくることになりました。過保護です。
一織「どうして着いてくるんですか。私1人で大丈夫なのに」
響「何が起こるか分からないのに、子供を1人にはできないよ」
一織「はぁ…心配しすぎですよ」
響「心配にしすぎも何もないと思うけど」
一織「ま、ありがとうございます」
正直、できるなら1人で行きたかったというか、響さんが着いてくるぐらいなら響さんに行かせれば良かったかなぁ。学校休んでまでこんなことしてるとか、今の私はただおかしいだけの高校生なんですよ。
一織「さて、ここですね」
高塚先生の家は非常に大きかったです。一人暮らしのくせに、並大抵の一戸建てか、あるいはそれ以上の大きさをしています。1人ぐらいなら家族が増えても問題なかったんでしょうね。
一織「すみませーん」
拓海「はーい」
一織「こんにちは。連絡させていただいた月影 一織です」
響「日野 響です」
拓海「高塚 拓海です。ささ、上がっていってください」
一織「お邪魔します」
ドアを開けた瞬間、自分の家とは比べ物にならないほどの大きさの玄関が私たちを出迎えました。そこにあった靴にの中は、デザインもサイズも成人男性には似つかわしくないものが1足ありました。
一織「響さん、これって…」
響「まぁ、そういうことだよね」
言われるだけでは実感できませんでしたが、実際に見てみると「ここで生活していたんだな」というふうに思わされます。
私たちは、先生の後をついて行って、リビングと思われる場所に着きました。そこにあったソファに腰掛けて、先生がコーヒーを淹れてくれるのを待ちました。
しばらくして、それぞれの前にコーヒーが置かれました。もし苦かったら、と言って砂糖を出してくれました。私は遠慮したのと多少なら苦くても飲めると思いちょっとだけ入れました。
ただ、響さん。あなたどんだけ砂糖入れるんですか。勢い良すぎなんですよ。しかも、それ飲んでボソッと「甘っ」とか言わないでください。何がしたいんですか。
拓海「さて、どうして急に来たいと思ったんですか?」
一織「あなたにお聞きしたいことがありまして」
拓海「僕にですか?なんでしょう?」
私は、ローゼ・ナイトを追い込んだときとはまた違った、冷ややかな目を向け、こう言いました。
一織「あなた……………」
響「………………?」
拓海「……………………」
一織「乙葉ちゃんのこと、売りましたよね?」
響「え?」
拓海「売った、とは?」
一織「乙葉ちゃんが言ってたんです。『電話がかかってきた』って。しかも、その電話の相手はこう言ったそうですよ。『あなた、家族がみんな死んじゃったんですってね』」
拓海「え!?本当ですか!?」
一織「乙葉ちゃんが言った内容に、嘘がないなら。それだけならあなたを疑うことなんかないのですが」
響「それじゃあ、どうして……」
一織「先生、金で意図的に情報を隠していたそうじゃないですか」
拓海「えぇ」
一織「だったら、そんな情報が漏れるとは考えにくい。だから、隠していた情報を、誰か別の人に売ったのではないかと思ったんですが、どうですか?」
拓海「それは僕から答えられるものではありませんね」
一織「それは、やましいことがあるから言えないのか、本当に知らないのか、どちらですか?」
拓海「………………ご想像にお任せします」
無言の肯定、とでも表現しましょうか。そんな雰囲気を感じる発言でした。
拓海「それじゃあ、今度はこちらから質問させてください」
一織「いいですよ。なんですか?」
拓海「根室さんから聞いたことなんですけど、下野さんの手が当たって、持っていた包丁が刺さったせいで日向さんは死んだそうじゃないですか」
一織「そうですけど、それがどうかしたのですか?」
拓海「いや、それって、正当防衛に含まれるのかと」
一織「えーーーーっと…………」
こういう場合はどうなるんだろう……。
響「おそらく、ですけど、正当防衛になるのではないですかね」
一織「そうなんですか?」
響「仮に包丁が刺さったとして、その場合は下野さんが死んでしまう可能性があります。それに、突然のことだったので、下野さんに明確な殺意が認められない。となると、正当防衛になる可能性は十分ありえます」
拓海「そうですか。良かった……」
響「ただ、最終的な判断に私は関与できないですし、一概に言い切ることはできません。それに、どの道この出来事は下野さんの心に深い傷を残してるでしょうし、正当防衛だと判断されても、ですけど」
拓海「そうですか…………」
言い方はどこか残念そうなのに、表情はそこまで残念そうでもない。なんだか不気味です。
響「さて、そろそろ帰ろうか」
一織「ですね。今日はありがとうございました」
拓海「いえ。それじゃあ、お気をつけて」
響「…………あ、そうだ。最後に一つだけお願いが」
拓海「どうかしました?」
響「日向さんが使っていたというパソコン、中身を見せていただいてもいいですか?」
拓海「あぁ、それなんですけど………」
一織「どうかしたんですか?」
拓海「なんか、ウイルスがダウンロードされたっぽくて、ずっと強制的にシャットダウンされるようになってるんですよね」
響「…………なるほど。それなら、大丈夫です」
拓海「では改めて、お気をつけて」
そこまでの成果も得られないまま、私たちは高塚先生の家を後にしました。
一織「結局、どうなんですかね、この事件の真相」
響「真相って?」
一織「高塚先生が情報を売ったのか、それとも何者かが情報を探し出して乙葉ちゃんに擦り寄ったのか」
響「それは分からない。けど、その何者かについて、思い当たる人物を思い出した」
一織「……………思い出した、ですか」
響「このことは、帰ってからゆっくり話すよ」
こうやって、響さんはわざと危険な世界に近づこうとするんです。
一織「この前みたいにならないといいけど………」
響「何か言った?」
一織「え?いや、なんでもないですよ」
もし失敗したら、今度こそは_____
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