第20話

【響視点】


乙葉「ホントさ、なんで?なんでそんな都合よく解決してくるの?」


彼女の目は、犯行を暴かれたことに対して、大事な家族を殺されたことに対しての怒りをそのまま私と一織ちゃんにぶつけてきた。無理もない。復讐に命を賭けていたのに、いきなり現れたよそ者にあっさりと犯人が自分だと暴かれてしまったのだから。


しかし、こちらにも引き下がる理由はない。見せしめる形で犯行を丁寧に解説している時点で何を今更、と言われてもおかしくないが、私たちは探偵なのだ。


探偵として、事件に遭遇してしまった以上、逃げるとこはできない。そういう運命、とでもいうべきだろう。


それに、万が一のことを考えるとこうしたほうがいいのは疑うまでもない。もし急に大暴れでもされてさらに多くの人たちが命を狙われるようなことがあったら。正しいやり方かは分からないが、私たちは犯人の暴走を食い止めることができる数少ない人間なのだ。


乙葉「せっかく頑張ったのにさ、全部水の泡だよ」


蓮花「頑張った、って…」


乙葉「何が分かるの?」


蓮花「何も、分からないけど……」


乙葉「じゃあ余計なこと口出ししないでくれないかな!これは私と秋の問題なんだからさ!」


そう言うと、乙葉さんはポケットからカバーをしていた包丁を取り出した。そして、秋さんの方へ刃先を向けながらこう言った。


芹菜「乙葉先輩!?」


秋「はぁ………はぁ………」


乙葉「全部アンタのせいよ!去年からずっと見てたくせに、知らんぷりして、放っておいて!」


秋「そ、それは……………」


乙葉「今更言い訳でもするつもり?ふざけないでよ!そんなにいじめが怖かった?自分がいじめに合うのが?そんなに自分が可愛かった!?」


秋「…………………」


乙葉「返して!私の家族を!輝也を返してよ!」


私は演劇については全く知識がない。しかし、これだけは自信を持って言い張ることができる。間違いない。あれは恨みを抱えた人が見せる姿だ。強い恨みを抱えて、相手を殺そうとする人の姿だ。


実際に経験したわけではないから、その苦しみを全て理解することはできない。話を聞いただけでは分からないことも多い。そのせいで、何をするかという予測を立てることができない。


しかし、「包丁で刺そうと相手の方へ走っていく」なんていう簡単に予測できるほどのことすらも予測できなかった。そのことは、どれだけ悔やんでも足りないものがある。


乙葉「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


一織「乙葉ちゃん!」


秋「きゃぁぁぁぁっ!!!」


おそらく、秋さんは焦っていたのだろう。乙葉さんのことを突き飛ばした。そして、運が悪かったのか、乙葉さんの腹部に包丁が刺さってしまった。


乙葉「……え?」


芹菜「いやぁぁぁぁっ!!!!!」


蓮花「乙葉ちゃん!大丈夫!?今抜いてあげるから!」


一織「待って!そんなことしたら…!」


そうだ。腹部に刺さってしまった包丁なんか抜いてはいけない。最悪の場合、死んでしまう。


乙葉「ケホッ、ケホッ!」


そして、本当に最悪の事態になってしまった。腹部からは大量の血が流れ、さらに吐血も大量にしてしまっている。乙葉さんはその場に倒れ込んでしまった。私はすぐに理解してしまった。もうすぐ、乙葉さんは死んでしまう。


秋さんがすぐに乙葉さんの身体を支えた。しかし、そんなことをしても結局助けられないのだ。死ぬまで、あとどれだけの時間かも分からないが、とにかく死ぬことに変わりはない。


秋「乙葉!しっかりして!」


乙葉「はぁ……………」


まな「これ、どうにかならないんですか!?」


蓮花「ま、待ってて、今から救急車呼ぶから」


響「もう、遅いですよ……」


まな「……………え?」


響「こんだけの量の出血、どうしようもないんです。特に、こんな場所じゃ、救急車もすぐには来れないですし…」


芹菜「そんな…!それじゃあ…!」


響「…………そうだよ」


私がもっとしっかりしていれば、せめて乙葉さんぐらいなら死なずに済んだかもしれないのに。いや、殺された3人だって、もしかしたら殺されることもなかったかもしれないのに。


乙葉「いいよ……助けなんか………」


蓮花「そんな……」


乙葉「何人も殺したんだから、これは、罰なんだよ………」


蓮花「罰なんて……」


乙葉「それに、これで、家族に会えるなら、十分よ………ようやく、帰る場所ができるんだから………」


秋「ごめん、乙葉。本当に………」


乙葉「……………………謝るのは、私のほう、だよ」


秋「どうして…………?」


乙葉「……………ご……めん……………ね………」


秋「乙葉………!乙葉ぁぁぁぁっ!!!!」


このようにして、3人もの同級生を殺した殺人鬼「ローゼ・ナイト」はいばら館で散った。


蓮花さんが事情を説明してくれたおかげで、私たちはその日の夕方には帰ることができた。帰りのバスは人が少なくなっていて、さらにみんなの心が沈んでいたせいで、嫌な静けさを感じた。


まだ中学生の子が4人死んだ。赤の他人である私ですら悲しくなるのに、残された演劇部の3人、特に同級生の秋さんはどんな気持ちでいるのだろうか。


一織「………響さん」


響「どうかした?」


一織「…………いえ、やっぱりなんでもないです。話し相手が欲しかっただけで、特に話すことはないので」


響「………そう」


一織ちゃんも、今回の事件について、何か思うことはあるようだ。何を思っているのか、それは分からないが。


響「そういえばさ、一織ちゃん」


一織「なんですか?」


響「どうして犯人が乙葉さんだって分かったの?風呂場の犯行なんか、むしろ真っ先に容疑者から外れそうなのに」


一織「あぁ、あれですか。実は、練習を見たときから睨んでいたんです。輝也くんの正体が乙葉ちゃんだって」


響「どうして?」


一織「衣装着て練習していたじゃないですか。その時に、肩幅が余分に大きいように感じたんです。そう思ってちょっと意識して見てみたんですけど、喉仏もなければ声も中1の男の子にしては高いような気がして」


響「それだけなら、声変わりを迎えていないだけな可能性もあるけど…」


一織「その通りです。でも、私はそう疑っていた。そして、照明バトンと電子キーから、犯人は乙葉ちゃんだと思ったんです」


一織ちゃんは、証拠を結びつけ、犯人が乙葉さんだということを証明した。そのことは、本人にとってどのようなものだったのか、語られない限りは分からないままだ。


しかし、一織ちゃんが悪いと言いたいわけではないが、もしみんなの前で犯人だとばらさなければ、どうなっていたのだろうか?私も一織ちゃんも探偵として当然だと考えてやっているが、これは正しい行動なのだろうか?


響「…………はぁ」


一織「…………ねぇ、響さん」


響「何?」


一織「まさか、『犯人だってばらさなければ』とか、『自分がもっとしっかりしていれば』なんて考えてないですよね?」


響「………」


私は黙っていた。一織ちゃんには見抜かれていたようだ。


一織「……お願いです。そんなふうに、1人で抱え込まないでください」


響「……どうして?」


一織「怖いんです。響さんが何をするか、分からないのが、大事な人がいなくなるのが。だから、お願いです」


どうして一織ちゃんがそんなことを恐れているのか、私には理解ができなかった。決して一織ちゃんが殺人事件に遭遇するのは、復讐に取り憑かれた人を見るのは初めてではない。


しかし、今回の出来事がこれまでの経験と何か異なっているのかもしれない。証拠すらない適当な考えでしかないから、何も言いようがないが。


響「分かった」


私はそう一言だけ告げた。私は、これから先もずっとこの約束を守れるのだろうか。

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