第19話

【犯人視点】


それから、私は指示された通りのことを準備した。あちらが用意してくれたものも多く、私はそこまですることは多くなかった。


私がしなければならなかったことは2つ。台本を練習にスっと入れるぐらいには頭に叩き込むことと、高塚先生を合宿に来れなくすること。正直回りくどいとは思ったが、他に頼れる人なんていないし、大人しく従うことにした。


台本を覚えることに関しては、そこまで苦労が多いわけではなかった。全員のセリフを覚えてようやく練習に参加できる、という状況だったから、かなり必死になりながら覚えることには成功した。感じたくないタイミングで自分の才能を実感させられた。


それよりも苦労した点は、輝也が使っていた台本を手に入れることだ。先生に家に荷物を取りに行かせてほしいと言っても、なぜか頑なに行かせてもらえなかった。しかし、最終的には先生を根負けさせることに成功した。それまでの苦労は、とてもだが思い出したくない。


とある真夜中に、先生の車で家まで向かった。鍵はかかっておらず、誰かが監視をしていた訳でもないので、すんなりと入ることができた。


家はあの日のまま時が止まっていた。誰も見ないのにバラエティ番組やドラマは勝手に録画され、冷蔵庫の中身は冷やされ続けても食べられることは二度とない。


そして、輝也の血が付いたままベッドは横たわっていた。家族との思い出が辛くなってくる。感傷に浸ることもなく、さっさと台本を回収して立ち去った。昔住んでいた家というだけで、寂しさとも言えないような、嫌な感情が湧き上がってきたからだ。


乙葉「ありがとう、先生」


拓海「こっちはいいんだけど、どうしてわざわざここに取りに来たの?台本なら欲しいって言ってくれたらあげたのに」


乙葉「どうしても、自分が使っていたやつが使いたかったから」


私は、自分の演技力に酔いしれながら嘘をついた。先生がちょろいのか、それともわざと騙されたのか、それは分からないが、輝也の台本を回収したという事実を伏せながらその場をやり過ごすことができた。


そこからしばらくは、台本を覚えていった。私は輝也として過ごすのだから、当然練習するのはローゼ・ナイトのセリフだ。しかし、少し前の文章に書いてあるように、覚えることに苦戦はしなかった。


合宿の3日前、私は、言われた通りの犯行のための準備を本格的に進めていった。まずは、先生を合宿に参加できなくすることだ。そうしろと言われたからするだけで、理由も何も分かっていない。


乙葉「ごめんなさい。輝也のためなの」


すっかり先生が深い眠りに着いてしまった真夜中に、こっそりと先生の部屋に入ってエアコンの温度を一気に下げた。次の日、先生が風邪を引いた。上手くいった。こうすれば、先生は合宿に参加できなくなる。


もしかすると、この時に先生は私のやろうとしていることが分かったのかもしれない。あるいは、もっと早いうちに気がついていたのかもしれない。元々は合宿に参加すると言ってもダメだと言ってばかりだったのに、何も言わなくなった。


そして、輝也として合宿に参加しようと学校へ向かった。それぞれが言いたいように様々な言葉を発したが、私に向けられたものではない。輝也に向けられていた。


いばら館に着き、食事も、演技までした。しかし、誰も私が輝也のふりをしているとは疑っていない様子だった。正直、嬉しかった。殺す前に計画が壊れることが防止できるというのもあるが、何より輝也を意識しているというのが。


練習が終わったその夜、犯行を始めた。まず、今回のトリックで重要になると言われた「秋に罪を擦り付ける」という部分。これの第1段階として、秋が風呂に入っている間に、彼女の下着を盗んだ。


こんなことに何の意味が?とはずっと思っていた。しかし、この計画を考えてくれた人はプロだ。きっと意味はあるはずだ、と言い聞かせて犯行に及ぶことにした。


盗んだ下着は一旦は自分で着た。下着泥棒探しが始まった時は正直ヒヤッとしたが、無事にバレることなく済んだ。むしろ、そっちに気持ちが集中してくれそうで安心した。


全員が寝静まったころ、いよいよ殺しを始めた。あいつらにあらかじめ渡しておいた手紙の時間通りに、それぞれを呼び出した。


最初に若狭を呼び出した。厨房から取り出したグラスで頭を殴った。その程度では何も起こらなかったが、相手がふらっとよろけた瞬間に階段から突き落とした。


そのまま引きずって、女子用の風呂にやった。そして、自分が着ていた下着を着せた。元々着ていた服はその後で若狭のかばんに入れ直した。グラスが割れて散らばってしまったが、そのうちの破片を1つだけ自分の物として回収し、残りは服で包んで若狭のかばんにまとめて入れた。


次に来たのは石見だ。石見は舞台に呼び出した。後ろからロープで首を絞めて殺した。そして、照明バトンを下ろし、そこにロープを掛け、死体に結びつけて、照明バトンを上げ直して、最後にイスを置いて自殺を偽装した。


私は厨房のキーハンガーから取ったものを使い、舞台に鍵を掛けて、さっさと立ち去った。舞台に入ることもできない。完璧な密室の完成だ。


そして、最後に近衛の部屋に入った。若狭を殴ったグラスの破片で首を切って殺した。そして、舞台や若狭の部屋、石見の部屋の鍵を飲み込ませ、さらに石見の犯行を意識させるような紙も置いた。


やっている段階で気がついた。殺し方が、私の家族の死に方にとてもそっくりだった。きっと、わざとだろう。復讐だから、とかそんな理由で考えてくれた演出の一部だ。


そして、最後に秋に罪を擦り付けて、全てが終わるはずだった。

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