第6話
【響視点】
いばら館の舞台。そこはあまりにも緊張感が漂っていた。練習だからと侮ってはいけない。彼らは真剣なのだ。蓮花さんの指導のもと、演技や演出を徹底的に磨き上げていく。
舞台と言っても、客席はそこまで多くない。せいぜい数百程度だ。練習としては十分どころか過剰であるのかもしれないが、劇場としては小規模もいいところだ。
しかし、舞台の造りそのものとしては一般的な劇場やホールと比較しても劣ってはいない。建物の2階に音響や照明のための装置があり、舞台の様子を見ながら裏方の作業もできる。照明機器も音響機器も、私にしてみれば十分すごいのだ。
それに、部員それぞれが自分のするべきことを徹底している。中学生だからと侮ってはいけない。見ていて役に引き込まれる。まるで、「ローゼ・ナイト」の世界そのものに入り込んでしまったみたいな、そんな感覚がしていた。本番に近い状態になるように衣装を着ていたことも影響しているかもしれない。
しかし、蓮花さんにとってはそうでもないようだ。
蓮花「春彦くん、そこのセリフが分かりにくい。もっとゆっくり言ってもいいかも」
蓮花「音響さん、今のドアの音が大きすぎ。もうちょっと小さくできる?」
蓮花「秋ちゃん、表情が見えなくなるからこの場面は絶対に顔に手をやらないで」
OGとして教えに来ただけのことはある。熱心だ。もしかしたら、部員の誰よりもこの劇に熱意を注いでいるかもしれない。
さて、今回の劇について、一度それぞれの役割を書き出してみよう。
【役者】
いばら姫役:日向 乙葉
ローゼ・ナイト役:日向 輝也
王子役:若狭 春彦
メイド役:下野 秋
魔術師役:石見 悠真
【裏方】
大道具:近衛 文也
照明:美作 芹菜
音響:和泉 まな
今回の合宿には乙葉さんがいないため、蓮花さんがセリフを代読しながら練習している。蓮花自身の声がよく響くので、そこで練習が滞ることはない。ただし、動きで練習が止まることは度々ある。人がいないだけでも以外と大変なようだ。
それと、見ている限り文也くんは忙しさのレベルが1人だけ極端なことになってしまっている。係自体は大道具となっているが、舞台袖では小道具の整理や着替えの手伝いなど、色々なことも任されている。
練習が始まって30分が経ったあたりで、それぞれの不安な所を蓮花さんが教えるという時間になった。そこで特に多く言われていたのは、劇の終盤でいばら姫とローゼ・ナイトが契約して同一の存在となる場面だ。
ここは照明を暗転させるタイミング、音響を鳴らすタイミング、ローゼ・ナイトが剣を置いて舞台袖にはける流れ、と難しい要素が多くある。しかし、蓮花さんの指導の上手さと部員のやる気とが合わさり、すぐに完成していった。
ローゼ・ナイト「姫様、本当によろしいのですか」
いばら姫「えぇ、心配はいりません。覚悟はもう決まっています」
ローゼ・ナイト「どうして、どうしてそこまでして私になりたいのですか?」
いばら姫「勘違いしないで。私は貴方になることは望んでいません。私が望んでいるのは、私という存在を消すこと。貴方になることはただの過程でしかありません」
ローゼ・ナイト「そう、ですか……」
いばら姫「貴方こそ、私が貴方になるなら、貴方はどうなってしまうの?」
ローゼ・ナイト「私がどうなるか、正直に申し上げると、私も知りません。私がいた痕跡すら綺麗さっぱり消えるのか、もしくは、貴方の身体を操るようになってしまうのか」
いばら姫「もしかして、怖いと思っています?」
ローゼ・ナイト「そんなことはありません。しかし、未知のものにはどう向き合えばよいのか分からず…」
いばら姫「やっぱり怖いんですね。安心して。私はいつまでも貴方と一緒にいますわ」
ローゼ・ナイト「ありがとうございます」
いばら姫「さぁ、もう時間よ。魔術師さんから言われた、あの言葉を言いなさい」
ローゼ・ナイト「承知しました。『私はあなたと共にあり続けます。たとえ地獄へ堕ちようと、たとえ私が朽ち果てようと、永久にあなたを守り続けます。私は、あなたと全てを分かちあいます』」
ここで暗転する。剣を置いてローゼ・ナイトが姿を消し、鐘の音が鳴ると同時に照明が再びつく。
メイド「失礼いたします。ご機嫌はいかがですか?」
いばら姫「昨日と何も変わっていません。……これを除いて」
メイド「っ!?ひ、姫様!?」
いばら姫「安心しなさい。あなたを切るなんて、まだ興味ないわ」
メイド「で、でしたら、そちらは…」
いばら姫「約束しなさい。私がこの部屋にいる間は何もしないから」
ここで本来は剣を持ったいばら姫が、メイドの首元に刃先を向ける。
いばら姫「だから、もう私に構わないで。嫌いなの。あらゆるものが。分かったら私の目の前から消えて」
____はい、オッケー!
蓮花さんの合図で練習が終わった。
蓮花「みんなお疲れ様。今日はこれから自由時間でいいよ。明日は7時までに起きること。じゃあ、解散」
こうして、この合宿における、このメンバーでの最後の練習が終わった。この台本の最後の練習が終わった。部活として、全員で集まる最後の時間が終わった。
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