第5話

【響視点】


私たちがバスを降りて真っ先に見たのは、合宿所と呼ぶには妙な抵抗感を感じる建物だった。確かに広さは問題ないだろう。むしろ、練習用の舞台があるから単純な大きさで言えば並の合宿所は比べようもない。


しかし、らしくないと言えばらしくない。恐らく、やや洋風な建物であったため、そこが違和感なのだろう。私しかそんなふうに思っていないだろうが。


一織「めっちゃ広いですね!?え?これ学校のやつなんですか?」


蓮花「学校のものではないよ。高塚先生の家の私物、ってとこかな」


一織「こんなに広い建物が私物なんですか?」


蓮花「金は有り余るほどにあるみたいだし。そもそも、あの家系が昔から色んな事業やってるからさ」


響「学校もそのうちの1つなんでしょうか」


蓮花「そこまでは分かんないけど…ただ、この建物はかなり異質なものだよ」


響「異質…?」


蓮花「ここは元々劇場だったの。それを、別荘として高塚家が改造したの。だから、ホテルみたいな部屋があるの。こんな変なところにあるのもその関係ね」


言われてみれば、私たちが来たのは山奥だ。眺めこそいいが、ここに向かうには何かと不便だろうな。


蓮花「ほら、行くよ」


一織「はーい」


蓮花「………そういえばさ、2人はこの建物の名前って知ってるの?」


響「名前?」


蓮花「厳密に言えば、元々あった劇場の名前なんだけど…」


______いばら館。


蓮花「何の偶然なんだろうね。いばら姫なんて名前の役が出てくる劇の練習をここでするなんてさ」


響「……何が言いたいんですか?」


蓮花「………………なーんて、何にもありませーん!」


響「はぁ?」


蓮花「びっくりしたでしょ?これでも元演劇部だから、ちょっと驚かせてみたくなっちゃった」


なんじゃそりゃ。怒ってもいいよな?


蓮花「ただ、念の為気をつけておくようにね。君たちが何気なく発する言葉すらもあの子たちを傷つけてしまうことはあるから」


一織「そうですよね。中学生って、まだ自分が見えていない状態ですし」


蓮花「そんな中で自分と異なる者になるの。実はとんでもなく難しいんだから」


響「…なんか、難しいこと言いますね」


蓮花「えぇ〜、言い換えるなら、こうかな?絶対に気を抜かないこと」


響「気を抜かない?」


蓮花「考えすぎも良くないかもよ。案外直感が大事だったりするんだから」


一織「そうですよ、響さん。ずっと張り詰めていなくてもいいんですから」


一織ちゃん適当なこと言ってるなこれ。それっぽい感じで会話を合わせてるだけだな。


蓮花「さ、こんなとこで話し込んでも意味ないし、さっさと入ろうか」


響「は、はい」


結局何も分からないままペースに飲まれているような感じがする。どうしようか。


私たちが入った建物はさすがと言うべきか、あまりにも広かった。合宿所として使えるものなら狭いほうがおかしいのかもしれないが。


蓮花「ここが玄関だから……まっすぐ行ったら食堂、左が舞台で右が寝室だね」


響「蓮花さんは、ここに来たことはあるんですか?」


蓮花「ないよ。初めて。どうして?」


響「あっさりとどこに何があるか言っていたので。むしろ、どうして分かるんですか?」


蓮花「この間高塚先生から直接渡されたの。あ、2人はメール上でのやりとりだったから貰えてないのか」


響「そうですね。データとして渡していただければ良かったのですが」


蓮花「いきなりのことだったし、仕方ないんじゃないかな。さ、早く荷物置こう。もう夕食の時間だよ」


私たちはそれぞれの部屋に荷物を置くことにした。後から来た私と一織ちゃんは、私が高塚先生が使う予定だった部屋を、一織ちゃんは乙葉さんが使う予定だった部屋をそれぞれ使うことにした。


どうやら建物の2階にも部屋はあるみたいだが、ギリギリ1階の部屋だけで足りた。今回の合宿において2階の部屋に用事ができることはもうないだろう。


部屋にあったもので印象に残るようなものと言えば机とベッド、クローゼットと姿見ぐらいだろうか。これだけあれば合宿の期間は困ることもないと思うが。


夕食を食べに食堂に向かうと、蓮花さんが頭を抱えていた。


響「蓮花さん?どうかしました?」


蓮花「響ちゃん、見てよこれ」


そういうと、手紙を見せてきた。そこに書かれてあったものは合宿期間の食事は用意してあるから、温めて食べてほしいという内容だった。


響「何か問題でも?」


蓮花「問題ってほどでもないけど、日曜日の朝までここにいる予定なんだから、そんなに用意しておけるのかなぁ」


響「どうにかなったんじゃないですか?ひとまず、温めましょう」


蓮花「そうだね」


私たちは厨房へと向かった。そこにあったのは、やたらと多い電子レンジやガスコンロ、あとクソデカ冷蔵庫。


蓮花「なるほどね。食事で困ることはなさそう」


響「一安心、ですかね」


すぐに温められるものを選び用意を整えて、食堂に運んだ。飲み物はペットボトルのお茶や水がたくさんのダンボールにびっちり詰められていた。幸いにも準備自体はされていたのだ。


しかし、手紙の差出人は今何をしているのだろうか?わざわざここまで準備をしておいて、どうしてこのタイミングでいないんだ?中学生が嫌いなのか?


6時30分。時間通りに夕食は始まった。


秋「それじゃあ、いただきます」


ここに来るまでのギスギスした雰囲気は最初のうちはなかったので、なんとなく安心していた。しかし、その安心はあっさりと砕かれた。

あれほどは酷くないと思うが。


春彦「輝也、乙葉のやつは家で何してるんだ?」


輝也「知りませんよそんなこと」


文也「……知らない?」


輝也「だって、全然部屋から出てこないんだし。ま、風呂に入ってるタイミングでこっそり部屋覗いたけど、多分勉強は真面目にしてるんじゃないかな」


悠真「そこまでできるなら学校来たらいいのに」


輝也「あんたらのせいじゃないの?」


悠真「何だって?」


輝也「何でもないです」


一織ちゃんが慌てて止めようとしたところを、芹菜さんが遮った。


芹菜「まーまー、いいじゃん。きっと待ってたらいつか来るようになるよ」


秋「そう…かもね……」


秋さんの表示はどこか曇った様子であったが、気のせいだとして特に触れないことにした。


蓮花「じゃあ、食べ終わったら、各自必要な道具を持って舞台の方に。せっかくだし、響ちゃんと一織ちゃんも来たら?」


一織「いいんですか!?」


蓮花「せっかくの機会だから。ね?」


そういうわけで、私たちも舞台で練習する様子を見せてもらえることになった。演劇のことなんか分からないのだが大丈夫だろうか。

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