第13話:からかい半分の誘惑。

沙都希沙都希が美容室・反町に来てから2週間経とうとしていた。

沙都希はこの店に来てよかったと思っていた。

以前の美容室よりは働きやすくて気持ちが解放されていた。

いつまでこのお店で続くかは今の所分からなかったが、この状況と環境なら

長く勤めていられるかもって思った。


それに沙都希は口数の少ない、ぶっきらぼうな祐に少し興味が湧きてもいた。

もう人を好きにならないと決めていたので本気を出すつもりはなかったけど、

まあ店には祐と沙都希と客しかいないわけだから客にはお愛想を言うが、客が

いなくなると祐と沙都希しかいなくなる。


どうしたってお互いを意識する。

挨拶以外ほとんど喋らない、意思表示を見せない祐が沙都希はとても気になった。

謎めいた男ってどこか惹かれるもの。

それに祐とは一緒に働くんだから、いつまでも無視されるのは嫌だった。


ある日、お店にお客が途切れて、沙都希と祐がふたりきりになった時、

祐がどんな反応を見せるか、沙都希はちょっと祐をからかってやろうと思った。


なんで、その時、そんなことを思ったのか自分でも分からなかった。

悪魔が、いやいたずら好きのキューピットが「行け」って沙都希の背中を

押したのかもしれない。

沙都希としてはからかい半分だった。


お客さんもいなかったし、喜代さんは買い物に出かけていていなかった。


(ちょっと、からかってやろ)


「ね、君、・・・こっち来て、ここに座らない」

「男と女が同じ部屋にいるのに・・・しゃべりもしないなんてお葬式みたいじゃん」

「ちょっと話そうよ」


沙都希は客のいないソファをポンポン叩いて祐をうながした。

祐は何も言わず沙都希のほうを見ていた。


「はやく〜・・・こっちおいでよ」


「なんすか・・・」


床をホウキで掃いていた祐がめんどくだそうに沙都希にぶっきらぼうに

返事をした。


「いいから」


沙都希は、またソファーをたたいた。


「ここに座って」


祐はホウキをもったまま、しぶしぶソファまで来て沙都希の横に座った。

そして沙都希の顔を見もしないで、ただ俯いたまま言った。


「なんだよ・・・あ〜いや・・・何すか?」


「私を見て」

「ほら見なさいよ・・・君、人見知り激しい?」


そう言われて祐は沙都希のほうを見た。


「だからなんですか?」


「君、私のこと嫌い?」


「いきなりっすね・・・嫌いじゃないすよ・・・」


「この2週間、私にろくに口聞いてくれないでしょ、一緒にいてそう言うの

シカトされてるようで寂しいの」

「私も次期店長に嫌われたまま勤めるのは嫌だからさ・・・仲良くして」

「前にも言ったけど、コミュニケーションって大事だと思わない?」


「別に嫌いじゃないっすよ・・・」

「とくにしゃべることもないだけだし・・・」

「それに君って呼ぶのもやめろよ・・・あ・・・やめてください・・・」

「一個だけど、オレのほうが歳上だし」


「分かった・・・じゃ〜祐様、祐たん、祐ちん、祐君、どれがいい?」


「・・・俺をバカにしてんのか?」


「 じゃ〜なんて呼べばいいの?」


「いちいちめんどくさ・・・ん〜〜〜〜じゃ〜・・・普通にゆうでいいよ」


つづく。


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