第8話:またね。

「もしさ、もし沙都希が嫌じゃなくて、カレができたら紹介してよ」


「分かった、いい人できたらね」


一呼吸おいて少し落ち着くと颯太は再会を喜んでくれた。


「会えてよかった・・・沙都希の顔が見れて・・・」


「私も颯太に会えてよかった・・なんだか胸のつかえが取れた気がする」


颯太も苦しんだが、沙都希も良心の呵責に苦しんだんだ。

でも今の颯太にはもう過去の話・・・蒸し返しても意味などない。

恋の失敗は、お互い様な気がした。


「ゆっくり話してたいけど、仕事しなきゃ」


「ごめんね、お仕事の邪魔して」


「気にしなくていいから」


「・・・ねえ、お仕事終わったらちょっと話せない」


「ごめん、連れがいるんだ・・・待たせるわけにはいかないからさ」

「でも、仕事終わったら少しだけ顔を見せるよ」

「君に請求書、預けとくから・・・」


そう言って颯太は笑った。


別れたカレと偶然に遭遇するなんて・・・世間は狭い。

沙都希は本当は時間があったら、もっとゆっくり颯太と話したかった。

奥さんとの馴れ初めとか・・・友達として・・・。


(颯太、結婚したんだ・・・)

(私は、何やってるんだろう)


しばらくして仕事が終わったのか颯太がもう一度顔を見せてくれた。

沙都希は鏡の横の棚に化粧品を並べていた。


「じゃ〜ね沙都希・・・作業終わったから帰るから・・・元気で」

「店長さんによろしく言っといて・・・じゃ〜ね」

「これ、請求書ね」


「颯太、君が幸せになれて本当によかった」

「勝手に置き去りにしたから、どうしてるのか、ずっと心配してたの」


「大丈夫だよ僕は・・・君とはいい思い出だったと思いたいからね」


そう言って颯太はまた笑った。

これで前に向いて進めると沙都希は思った。


「じゃ、帰るね」


「お疲れさま、またね・・・颯太」


沙都希は、さよならは言えなかった。


今度は、さよならじゃなくて


「またね・・・」


まるで「明日もまた会おうね」って言ってるみたいに・・・。


沙都希は、いつかお互いの家族と再び会える時が来ればいいと心から思った。


「お世話になりました・・・ありがとうございました」


颯太は深々とお辞儀して店のドアを閉めた。

沙都希は颯太の後を追って店の外に出て手を振った。


「元気で・・・」


車に乗り込んだ颯太は、車の窓から顔をだして、大きく手を振った。

車が角を曲がって見えなくなるまで沙都希は手を振っていた。

でも何か肝心なことを聞き逃したような・・・何か言い忘れたような気がした。


「ああ、そうだ連絡先・・・」


(どうしよう・・・)

(あ、美咲に聞けばどこの看板屋さんか教えてくれるかな・・・)

(・・・でもいいや、私が連絡なんかしたら奥さんに変に疑われてもいけないしね)

(颯太には愛しい人が家で晩ご飯作って待ってるんだもんね)


もし颯太が今でも独身だったとして今日のふたりの出会いはもしかしたら再燃?

って具合にはならなかっただろう。


一度終わった恋は二度と燃え上がることはない。

離れていた時間が季節とともにふたりを変えていた。


沙都希は寂しいようでいて、とても爽やかな気持ちだった。


これで本当に過去を捨てられた気がした。


「私に自慢のカレ氏ができたら・・・気が向いたらだけど・・・紹介するね」


沙都希は颯太とはこのまま永遠の別れにはしたくないと思った。

奏太が幸せになってくれたことが沙都希はなにより嬉しかったから・・・。


つづく。

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