言の葉の力 〜一切経山〜

早里 懐

第1話

言葉は人の感情を揺さぶる。


言葉には力がある。



落ち込んでいる人がいたら励まし。


成し遂げた人がいたら讃え。


してはいけないことをしたら叱る。



また、言葉には責任が伴う。

相手に対してとても大きな影響を与えるからだ。



しかし、子育てをしていると、つい感情に任せて言葉を発してしまう時がある。


そのような時は子供に対しても素直に謝罪し、気持ちを改める。


人間は成長の過程で言葉を覚えていく。

また、言葉と共に成長していく。



そんな"言葉"に対して向き合ってみた。



私にとって、好きな言葉とはなんだろうか。



ふと1人になった時に向き合ってみたのだ。



誰かに好きな言葉はなんですか?と問われたら私の口からはどのような言葉が発せられるのか?


私は考えた。


数多ある言葉の中で一番好きな言葉とは?




すると私の頭の中にある言葉が浮かんだ。


とてもゆっくりと浮かび、はっきりと私の脳が認識した。



その言葉は…。







"三連休の中日"だ。





大好きだ。



なぜなら、前の日も休みだったのに次の日も休みなのだから…。



贅沢すぎる。



ということで、そんな三連休の中日に妻と一緒に登山をすることにした。


妻と山に登るのはとても久しぶりだ。



ここ最近は子供達の部活動やお互いの用事で忙しかったからだ。


登る山は私も妻も大好きな一切経山だ。


前日の夜からワクワクしたせいか寝つきが悪かった。


おそらくは睡眠も十分に取れていないだろう。

まるで子供だ。


準備を整えて家を出た。


外はまだ暗がりに包まれている。


ハンドルを握りながら妻のガトリングガンさながらのトークに耳を傾け、相槌を打ち続けた。


最近、頸部に違和感を感じるのは加齢のせいではないと私は常々考えている。

長年この行為を続けてきたからだ。


しかし、相槌をサボった時に妻から発せられる言葉の方が私には脅威である。


もう一度言おう。

言葉には力があるのだ。


よって、私は首を振り続ける。




脳震盪を起こす寸前になんとか浄土平に到着することができた。


時計を見ると朝の7時だ。


舗装された駐車場はほぼ満車であり、私たちの後続車は次々と砂利の駐車場に誘導されていた。


一切経山は何度か訪れているがここまでの混雑は初めてだ。


原因は明らかだ。


そう。


三連休の中日に加え紅葉シーズンに突入したからだ。


今年は例年に比べて暑さが長引いたことで木々の色付きが遅いとのことだ。


確かに駐車場から見える範囲は色付きはじめといったところだ。



私たちは準備を整え歩き始めた。


本日も山から噴き出される噴煙はとても勢いが良かった。


この風景を見ると地球も生きているのだなと実感する。


私たちは一切経山とは相性が良い。


天気が良い日を狙ってきているということはあるが、毎回晴天に恵まれている。


本日もとても澄んだ青空が広がっている。



当たり前のことだが車の数と登山者の数は比例する。


その多くの登山者が織りなす行列の一員として私たちも登った。


妻にとっては程よいペースだ。

普段であれば登りは一切の言葉を封印する妻が、本日はとても饒舌だ。


久しぶりの妻との登山を満喫した。


先ほども述べた通り私たちは一切経山と相性が良い。


本日も無事に魔女の瞳を拝むことができた。


山頂は大勢の人たちで賑わっていた。


次々に来る登山者からは魔女の瞳に対する感嘆の声があがっていた。


私たちはしばらく魔女の瞳を眺め下山した。


下山時は所々雲に包まれ辺りは白い世界となっていた。

その白いキャンパスに紅葉がとても映えていた。


下山後は桶沼周辺を散策した。

桶沼も魔女の瞳を思わせる輝きを放っていた。


桶沼に行くためにはスカイラインを横断するが、駐車場の空きを待っている車で道路に大渋滞が発生していた。


この時期浄土平に来る方は早めに到着することをお勧めする。



私たちは車に荷物を置いてレストハウスに向かった。

その際におしるこの販売を知らせる館内放送が流れた。


それを聞いた私と妻の瞳は魔女の瞳にも負けないぐらいに輝いた。


私たちはお腹が空いている。

おしるこ一択だ。


餅がとても柔らかく、あんこは程よい甘さでとてもおいしかった。


皆さんも浄土平を訪れた際は是非ご賞味頂きたい。



甘いものを食べるとしょっぱいものを食べたくなるのは世の常だ。


帰りにラーメンを食べることで私と妻は合意した。


私は近隣のラーメン屋さんを検索した。


特徴的な麺に惹かれた私たちは"めんや薫寿"を訪問することにした。


麺は太麺と平打ちから選択するようだ。


ラーメンで平打ちとは珍しい。

もちろん私は平打ちを頼むつもりだ。


妻はメニュー表を見ながら何を食べようか迷っているようだ。


しばらくすると妻の目付きが変わった。


どうやら注文が決まったようだ。


私は注文するために店員さんを呼んだ。


まず妻が注文した。


すると店員さんに麺はどうしますかと聞かれた。


妻は答えた。


「平手打ちで」


一瞬その場の時間が停止した。





気を利かせてくれた店員さんはこう言った。


「平打ちですね」


自分の犯したミスに気づいた妻は顔を真っ赤にして笑った。





冒頭にも述べた通り言葉には力がある。


このように時を止める力もあるのだ。




因みに私は人から好きな言葉は?と聞かれたら今日からはこう答えるだろう。




"平手打ち"と。

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