23 聖女をなくした国の末路
聖女失踪から約三カ月が経った。
神聖アルカディアは混乱に陥っており、まもなく戦争にも負けることになるだろうと噂されていた。
聖女を捜索して、遠方まで派遣されたミュトス皇子は、傷を癒す娘がいるという噂を頼りに港町にむかっていた。
港町に続く森の街道を進んでいると突如としてナイフが飛んできた。ミュトス皇子は咄嗟に剣を抜いて弾く。聖火を掲げて視線を凝らせば、森のうす暗がりを破って男が姿を現した。
異様な紅の眼。
聖女と接吻をかわしていた男だ。
「聖女はここにいるんだね」
「だとしたら?」
「逢わせてくれ」
「いやだね、あれはキミたちが捨てた聖女だろう?」
あの後、ミュトス皇子は教皇から酷く叱責を受けた。
「エリュシアほどの聖女はこれまで、いない。今後も現れないだろう。あれは大聖女になる器だ。教皇の許可も取らず、司祭の神託ひとつで婚約を破棄するなど」
エリュシアがいなくなってから、これまでは彼女のこなしていた政務がミュトス皇子にまわってきた。教会が徴税している税の振り分け、布施の管理等、ほんとうならば皇子である彼がするべき政務を彼女がどれだけ肩がわりしていたのか、今更になって知った。
上奏されてきた文書はどんどんつみあがり、眠る暇もない。
ハルモニアはあれきり、泣き続けるばかりで、なんの役にもたたなかった。落ちこんでいなかったとしてもハルモニアの頭では難しい執務をこなすことは無理だっただろう。
そうなると、ハルモニアのあのふわふわしたふんいきも、煩わしくなってきた。
失敗続きのミュトス皇子をみていて、ついに教皇の堪忍袋の緒が切れた。「聖女を連れてかえってくるまで教会に踏み入ることは許さん」と聖都を追放されてしまった。
聖女のせいでという恨みもある。
だが、噂だけを頼りに大陸を
屈辱をこらえ、ミュトス皇子は地に
「聖女エリュシアが失踪してから神聖アルカディアの民心は乱れ、兵は続々と死に、東のエデンに敗北しかけている。このままでは滅亡は避けられない。民は聖女の帰還を祈り続けている――どうか、助けてくれ」
「身勝手だなァ」
男はため息をつく。
「助けてもらえるのがあたりまえだとおもってるんじゃないのか?」
「なにをいってるんだ、聖女というのはそういうものだろう」
ミュトス皇子の言葉に男は眼を見張り、続けて愉快でたまらないとばかりに嗤いだした。だが、その眼には燃えるような怨嗟が滲んでいる。
「そうだなァ、彼女だったら、民の現状を聴けば心を動かされるかもな? だからこそ、彼女には逢わせない。それに彼女が帰らないとなれば、すぐにでも命を奪って、新たな聖女をつくる魂胆だろう?」
看破されたミュトス皇子は跪いた姿勢から瞬時に剣を拾って、男に斬りかかる。だが男のほうがはるかに速かった。ミュトス皇子の剣は空振りし、一拍後れて、剣を握っていた腕がずるりと落ちた。
「っ――――」
ミュトス皇子は声にならない絶叫をあげる。
「腕がちぎれたくらいで、
「せ、聖女は
「死ななければいいのか?」
男の真紅の眼が残虐に光る。男が指を弾いて鳴らすと、ミュトス皇子の腕が燃えあがった。彼は泣き喚き、草むらを転げまわる。戦争には赴いていたが、実のところは指揮官として兵に命令していただけで実戦経験は浅かった。
切断された傷が焼かれて、塞がれる。
「これで死なない。よかったな」
ミュトス皇子は綺麗な顔をぐちゃぐちゃに憎悪でひずませ、男を睨みあげる。
「この
男はにっと嗤った。
「おまえが聖女を誑かしたんだろう? あるいは誘拐したか、だ。あれは教会の命令に忠実だった。死ねといえば死ぬ
続けてミュトス皇子の足頚をナイフが貫いた。
「ぐっ、あああぁぁ」
新たなナイフを指で弄びながら、男は酷薄な眼で皇子を見くだす。
「殺すつもりだったが、やめたよ。もうすぐ最高の
利き腕を失い、片脚も動かず、ミュトス皇子は絶望する。喋るだけの気概も折れて言葉にならない嗚咽ばかりをこぼしていた。
そんな彼を嘲笑うように男は悠々と背をむけた。
「聖女のせいで、この地が滅びる、か」
想いだしたようにこぼして、男はくくっと喉を鳴らす。
「神託も意外と馬鹿にできないね。キミたちが聖女をたいせつにしなかったせいで、アルカディアは滅びるんだよ」
ミュトス皇子は絶望の底で、その声を聴いた。残された道は破滅だけ。
あるいはまだ、後悔すれば、新たな道もひらかれただろうか。だが、聖女を呪いながら泣き続ける彼には
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