5.遠くへ、遠くへ行こう――誰も見たことがない、高みへ

第29話 白銀のドラゴンを巡る争い①

「わたくしじゃありません。わたくしがそんなことをするはず、ないじゃないですか」

 エフィムは顔を強張らせて言った。

『レッドドラゴン族は三色の中で、一番力が強く発言権もあるというのに。そんな危険なことをする意味がないわ』

「なるほど」

 ユズはエフィムの心の声を聞いて頷いた。

 キアラとユズの朝食に毒を盛った使用人は、結局テラスから落ちて死んでしまった。そこで、ユズたちはエフィムの部屋に来て、使用人が死んだことを告げ、事情を訊いていたのである。


「でも、あの使用人はエフィムのところの者だろ?」

 キアラが冷ややかな目で言うと、エフィムは「ええ、そうですわ。でも、わたくしは毒を盛るよう指示した覚えはありません」と青い顔で応えた。

「身元は確かなのか?」

「ええ。アルニタスの王都の人間ですわ。貴族です」

「ふうん」


 人間はドラゴンとの繫がりを積極的に求めていた。なぜなら、ドラゴンの王宮に勤めることで、その家にはドラゴンの加護が与えられたからだ。また、運よくドラゴンと子を成すことが出来た場合、生まれた子が、ドラゴンの姿をしていたらドラゴンが引き取り、人間の姿をしていたら人間が引き取っていた。このドラゴンと人間とのハイブリッドは、ドラゴンならば強い力を持ち、人間ならば例外なく何かしらの能力を持っていた。人間は人間の権力争いに勝つために、加護と能力者の両方を求めていたのである。ゆえに、身元調査は徹底して行われていた。


「毒を盛ろうとした使用人の件、わたくしも調べますが、キアラ様もどうかお調べください。レッドドラゴン族はそのような卑怯なこと、いたしません。利がありませんもの」

「そうかな?」

 キアラの声は氷のように響いた。

「どういうことです?」


「レッドドラゴン族は、確かに三色の中で一番権力を持っている。しかし、僕の母はブルードラゴン族だ。レッドドラゴン族は、エマリア妃の元に生まれた王子のカデルを時期ホワイトドラゴンの王にしたいんじゃないのかな? 何しろ、カデルは、キセラ王の長子であるし、白銀の姿ではないものの、とても優秀な方だよね? 白銀のドラゴンが生まれなかった場合、他の色のドラゴンが王位に就いた例もある。だから、もし僕がいなかったら――と考えてもおかしくないよね? つまりそれは、カデルを王位に就けるために僕を排除しよう――殺そうという動機になるんじゃないかな?」


「キアラ様……」『見透かされている』

 エフィムは真っ青な顔でつぶやいた。

 でも、エフィムが犯人じゃないわ、とユズは思った。

 エフィムの、混乱して開け放たれた心の中は、誰が犯人か知りたいという強い気持ちと、こんなことでレッドドラゴン族が落ちぶれてしまっては自分の立つ瀬がないという焦燥感とで渦巻いていたのが分かったからだ。


「キアラ。エフィムも調べるって言っているし、あたしたちも別の角度から調べてみない?」『犯人はエフィムじゃないよ』

 キアラは蒼い瞳を大きく見開くと、次に「分かったよ、僕のユズ」と言って、ユズの耳のすぐ近くで「ありがとう」と囁いた。

 息! 息がかかるんですけど!

 ユズが真っ赤になっていると、エフィムは恐ろしげな顔でユズを睨みつけた。

『何よ、いい気になって!』……ああ、すみません。ユズは肩をすくめた。


「では、退出させていただきますね?」

 とユズはしまりのない顔で言い、キアラと共にエフィムの部屋を出たのである。

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